カテの準備をしていたところ、いきなり詰所から患者が降ろされてきた。みんな唖然としていた。

大蔵君が1人でストレッチャーを引っ張ってきたようだ。
「イレウス管、入れるんでしょう?」

みんな呆気に取られていた。
窪田先生は焦った。
「アンタ、ここは透視出るけども。イレウス管はあとでする予定だったの。別の部屋で!」

オーベンは顔色悪く、機嫌も悪いようだ。
「おちょくってんのか、てめえ!」

大蔵君はあくまでも天然だった。
「い、いけなかったかな・・」
窪田先生は肩を落とした。
「野中君。やってみなさい。イレウス管は何回か?」
「3回ほどは」
「じゃあ、いったん服脱いで、あっちの部屋でやってて」
「先生、僕はむしろカテのほうを・・」
「言われたとおりに!」
「・・・はい」

オーベンはしぶしぶ防護服を脱いでカテ室を出た。
ストレッチャーを押していく大蔵君の下腿に、
オーベンのライダーキックが小さくお見舞いされた。

「トシキ先生はオーベンの介助へ」
「わかりました」
「彼がまた下痢したら、そっちの介助もね。大便、いやオーベンのね」
「オオベン?」
「じゃ、三品くん。介助を!」

僕はオーベンを追っかけて廊下へ出た。
「トシキ。病棟は大変のようだな」
「MRAのようで・・」
「宮川先生、とんだ置き土産だな」
「はあ・・」
「なぜか分からないが、よくあるぞ、こういうことは」
「?」
「学会に出張したとたん患者が急変したり、主治医が代わったとたん悪くなったり」
「それは偶然だと・・」
「だったらいいが」

僕らは透視室に入り、電気をつけた。
大蔵君とともに患者さんを透視台へ移動。

「トシキ、ウェルカム石井大王は無理だったのか?」
「はい・・学会に間にあわないとのことで」
「学会、学会って、どいつもこいつも。第一、学会に行かなかったら死ぬってのか?」
「いいえ」
「ボン蔵、透視出すぞ。防護服を着ろ」

と言いながら、オーベンは透視のスイッチを足で押した。
防護服をまだ着てない大蔵君は間一髪で逃げ出した。

「トシキ。この人もお前の患者か」
「はい」
「持ちすぎじゃないか?12人くらいはいるだろ?」
「そのうち4人は軽症で、あと2人が共診です」
「オレは1人も持ってないが・・いいのか?」
「とんでもありません!オーベンには論文に専念していただかないと」
「すまんな」
「・・・で。先生、この方は胃チューブすら入れにくい方です」
「ああ」

僕は透視画像を見守った。
画面には首から上腹部までの骨部分が映っている。
オーベンは患者の鼻から太いチューブを入れていく。

「今は透視、出さなくていい」
画面は消えた。オーベンは盲目的にチューブを押し込んでいる。
「抵抗はない・・・」
チューブはどんどん入っていった。
「よし、透視出して!」

画面が映った。しかしチューブは胃の中に入ってない。食道にすら。
「あれ・・?ああ!」
患者さんの口からビヨ〜ンと、とぐろ巻きになったチューブが伸びてきた。
「咽頭で飲み込めなかったんだ、クソ!」
オーベンはチューブを抜き、また最初からやり直し始めた。

待つこと15分。

窪田先生がのぞきにやってきた。
「もうそろそろアッチは始めるね」
オーベンは視野狭窄で返事どころではない。

「ダメだ!俺、お手上げ!窪田先生!お願いします!」
「アタシでいい?はいはい」
「なんかもう、手がしびれてきた」
「じゃ、代わりましょうか」

窪田先生はキシロカインゼリーをたっぷり鼻の入り口に上乗せた。
「滑りをよくしないとね」

オーベンは横槍を入れた。
「なんか先生。先生の発言にはセクハラまがいの表現があるとの指摘が・・」
「セクハラ?僕がした?」
「いえ。その、言葉の表現でそれらしく聞こえるときがあると」
「だから何?そいつら、たまってんじゃないの?想像するヤツが、いやらしいわ」
窪田先生はチューブをゆっくり入れていった。
「透視出して!」

どうやら食道に沿って入った・・ようだ。
「じゃ、そのまま胃まで入るわね」
ところがチューブは食道の真ん中と思われる部位で右側へカクンと曲がった。
患者はかなり激しい咳に見舞われた。
「ああっと!キカンに入った?こりゃイカン!」
オーベンは楽しそうだった。
「先生。助教授のオヤジギャグですか?」
「うーん・・・難しいな、これ」
「でしょう?」
窪田先生がワイヤーを取り出した。
「これで入れてみて、あたりをつけましょう」
ワイヤーをチューブ内に通し、そのまま挿入。
「じゃ、まずワイヤー入れるわね。透視!」

透視画面ではワイヤーが咽頭部で何度も跳ね返っている。
「飲み込め、飲み込め・・・!」
患者は脳梗塞後遺症のため、喉頭の反射自体が低下している。よって嘔吐反射もみられない。
こうなると誤嚥をしょっちゅうするリスクが高い。ゆくゆくは気管切開の適応だろう。

「あ、入った!」
ワイヤーとチューブがもろとも入ったようだ。チューブはそのまま胃の中へ。
「ガス入れて、胃の形出すわよ」
注射器で空気を大量に注入すると、胃の形が浮かび上がった。
「幽門はアソコね。アソコ目がけて突入するわ」
オーベンがうつむいている。どうやら笑ってるようだ。

チューブは順調に幽門を突破、胃の外へ出たようだ。しかし途中でストップ、手前の部分が胃の中でとぐろを巻き始めた。
「押してもだめなら、引いて・・・」
チューブを戻し、ワイヤーだけ挿入。ワイヤーは少しずつ先へ進んでいく。するとまたチューブが手前でとぐろ巻く。またチューブ戻す。ワイヤー進める。の繰り返し。

ワイヤーを抜くと同時に、チューブが自発的に進み始めた。

「トライツ靭帯は越えたようね。これで終わり!固定!ふう・・・」
窪田先生は汗だくで、帽子とマスクを外した。少ない髪が濡れて焼きそばのようになっている。

腹減った・・・。

再び、カテ室へ。

<つづく>

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