< オーベン&コベンダーズ 3-13 sleep disturbance >
2004年8月15日僕は昨日急変したMRAの患者さんの家族に、病態がかなり進行性で手立てがほとんどないことを説明した。
その後は免疫抑制剤を経鼻チューブより注入することになった。肝障害がどうとか言ってる暇はない。
みな疲労とバイトなどで、まともに働けるのは僕とあと数人だけだった。
僕自身2日寝ておらず、思考速度もかなり低下していた。
内科学会からみんなが戻ってくるのは明日。
僕は医局のソファーに倒れこんだ。病棟へ行けば指示の要請・患者の報告がある。逃げてるわけではないが、
ある程度充電してから臨む必要がある。
今日は寝ないと。
ポケベルが鳴った。病棟だ。
「もしもし・・」
「先生、病棟で高熱の方がいまして」
「誰?」
「森先生の患者さんで」
「森さんに聞いてくれる?」
「それがつながらなくて・・」
「しょうがないなあ。どんな患者さん?」
「先生、とりあえず診ていただけますか」
「少し休んで・・」
「今どちらですか?」
「医局です」
「ではお待ちしています」
僕はそのまま眠りに落ちた。
プルルルルルル・・携帯の音!
「はっ?」
時計を見ると夜の11時。あれから3時間か。
この番号はオーベンだ!
「もしもし・・」
「オイ!一体どうなっているんだ?」
「あ、ああ行きます」
「何お前、返事だけして居眠りしてんだよ!」
「す、すみません」
「看護婦さんたちも困ってるだろ!」
「ま、参ります」
「急変は病棟で起こってるんだぞ。医局じゃない!スタンドプレーをするな!早く来い!」
僕は一目散に病棟へ走り出した。
「何してんだ、このタコ!」
「すみません」
「とりあえずの指示は俺が出した」
「ありがとうございます」
「ふー・・・だが、俺も疲れた・・」
「先生、肺血栓塞栓の方は・・」
「血行動態は徐々に改善に向っている。ICUのドクターに任せた」
「ありがとうございます」
「あとは、一般病棟の重症患者だな」
「はい・・・重症は膿胸、急性心不全の無尿、肺水腫もいます。af心不全も。IVH自己抜去1名、
尿道バルーン入れる人1名」
「ナースに聞いたら、指示がまだあと35、欲しいのがあるそうだ」
「そんなにですか・・」
「学会に行く前に、きちんとナースに伝えなかったんだ。それでこれだ」
オーベンの両目は充血していた。
アシュネルで両目をこすっている。
「トシキ・・・予定ではみんなのカルテをゲリラチェックするはずだが・・今日は見合わせだ」
「はい」
「学会からみんなが戻ってからにしよう」
「はい」
「横のカンファ室で少し寝ろ。お前、何日帰ってない?」
「家にですか・・・3週間くらいです」
「俺もそのくらいだな。で、この2日間か」
汚い話だが、2人とも着替えをほとんどしていなかった。シャツ・パンツは思い出したときに僕が病院購買
近くのクリーニングに出し、基本的には術衣を着ることが多かった。ひどいときには術衣をじかに着ている
こともあった。
とにかく1日1日、することが山積みなのだ。オーベンにはさらに実験があるから、かなりつらいはずだ。
詰所からお呼びがかかる。
「もしもし・・?」
「準夜からの申し送りであったんですが、肺水腫の方。呼吸器ついているんですけど。ピーピーいってまして」
「ピーピーって・・・アラーム音?」
「はい」
「いつから・・?」
「さあ、それは申し送られてませんが」
「どうして鳴ってるのかな・・?」
「診て頂けますか?お願いします」
オーベンがゆっくり立ち上がった。
「ほら、またスタンドプレーに・・なりかけてるぞ」
「は、はい」
僕らは肺水腫の患者さんの個室に入った。
確かにアラームが頻回に鳴っている。
オーベンは計器をひと通り目を通す。
「誰の患者だ?」
「水野です。低アルブミン血症があって、肺水腫で」
「いつの間に呼吸器がついてたんだ?オレは聞いてないぞ」
「昨日です。僕も知りませんでした・・」
「オーベンを差し置いて・・・ところで、尿は出てるのか?」
「ここにある重症板では・・・4時間で50mlか。少ない」
「主治医の指示は?」
「・・・書いてません」
カルテにも記載がない。指示内容からすると、呼吸器の助手の先生らしい。
水野、オーベンに声かけず、呼吸器グループの先生に・・。
「トシキ、オレは呼吸器はまだよく分からん。呼吸器グループに問い合わせよう」
「先生、たぶん水野がお願いしたのは助手の宮田先生です」
「宮田・・・?バイトばっかりしてて、影のうすい院生か」
「たぶん・・僕もほとんど話したことがないです」
「挿管はできるようだな。確認の写真は?」
「・・・撮ってないようです」
「信じられんな!」
僕は水野に連絡した。携帯はつながらない。ポケベル鳴らして待機。
オーベンは呼吸器の取り扱い説明を読んでいる。
「うーん・・・うーん・・・」
ピーピー警報がなるたび、僕らは呼吸器のほうに目をやる。
「トシキ、血ガスをとりあえず」
「は、はい。やります」
ボケッとしかけた僕は血ガスを準備、採取、検査室へ向った。
通りすがりでみた時刻は深夜の2時半。
とにかく1段ずつ正確に階段を下りることに専念する。
病院は夜間は冷暖房は切られるため、院内でも息が白い。
僕は検査室の機械に検体をセットした。
だが・・・作動しない。
「なんでだ?」
どうやら自動点検の時期になっていたようだ。こんな時間に
当たってしまうと、測定時間が大幅に遅れてしまう。
「ここじゃダメだ!」
ICUの測定器へと向った。
ICUの外では、そこに入院中の患者さんの家族が多数座っていた。
ソファーもすでに人でいっぱいだ。
ほとんどは半分寝てる状態で、僕の歩いてきた音で大半が目を覚ましてしまったようだ。
「すみません、入ります」
家族のうち1人の青年が立ち上がった。
「おい先生よ!わし、オオトリっていう患者の家族のモンで・・!」
「え?」
「なんか頭の血管が詰まって意識ないっちゅうことだが・・どうなったんや?」
どうやらうちの患者ではないようだ。
「え、ええ。聞いてきます」
「あんた、ここ大学病院やろ?最先端の治療ではよう治してえな!」
もう1人おばさんが立ち上がった。
「すみませんが、毛布をもう1枚貸していただけませんか?」
「え、ええ。聞いてきます。自分も急いでまして・・」
もう1人おじさんが立ちあがった。
「外科の村井先生は?呼んでもらえる?家族、揃ったから」
「ま、待ってください」
人ごみを掻き分けるように僕はICUへ入った。
検体の測定中、詰所ナースに伝言した。
「外で、問い合わせたいっていう人たちが大勢・・」
ナースはこちらを一瞥、そのまま無視してパソコン画面を凝視した。
「ねえ、聞いてます?外で・・」
「知ってます!」
「いや、知ってるじゃなくて。家族の方々がいろいろ・・」
「先生はどこのドクター?」
「え?循環・呼吸器の・・」
「ICUじゃないですよね?」
「そうですけど」
「何しに来たんですか?」
「血ガスの測定です」
「夜中にちょろちょろしないで下さい」
僕は少し頭にきた。
「今ヒマなんでしたら、1回外を覗いてきてください」
「わかったわよ!うるさいなあ」
その声に反応してか、向こうから口をムシャムシャさせた大柄なナースが2人やってきた。
僕はMRAの患者さんの経過を確認、血ガスデータを持ってそそくさと出口へ向った。
< つづく >
その後は免疫抑制剤を経鼻チューブより注入することになった。肝障害がどうとか言ってる暇はない。
みな疲労とバイトなどで、まともに働けるのは僕とあと数人だけだった。
僕自身2日寝ておらず、思考速度もかなり低下していた。
内科学会からみんなが戻ってくるのは明日。
僕は医局のソファーに倒れこんだ。病棟へ行けば指示の要請・患者の報告がある。逃げてるわけではないが、
ある程度充電してから臨む必要がある。
今日は寝ないと。
ポケベルが鳴った。病棟だ。
「もしもし・・」
「先生、病棟で高熱の方がいまして」
「誰?」
「森先生の患者さんで」
「森さんに聞いてくれる?」
「それがつながらなくて・・」
「しょうがないなあ。どんな患者さん?」
「先生、とりあえず診ていただけますか」
「少し休んで・・」
「今どちらですか?」
「医局です」
「ではお待ちしています」
僕はそのまま眠りに落ちた。
プルルルルルル・・携帯の音!
「はっ?」
時計を見ると夜の11時。あれから3時間か。
この番号はオーベンだ!
「もしもし・・」
「オイ!一体どうなっているんだ?」
「あ、ああ行きます」
「何お前、返事だけして居眠りしてんだよ!」
「す、すみません」
「看護婦さんたちも困ってるだろ!」
「ま、参ります」
「急変は病棟で起こってるんだぞ。医局じゃない!スタンドプレーをするな!早く来い!」
僕は一目散に病棟へ走り出した。
「何してんだ、このタコ!」
「すみません」
「とりあえずの指示は俺が出した」
「ありがとうございます」
「ふー・・・だが、俺も疲れた・・」
「先生、肺血栓塞栓の方は・・」
「血行動態は徐々に改善に向っている。ICUのドクターに任せた」
「ありがとうございます」
「あとは、一般病棟の重症患者だな」
「はい・・・重症は膿胸、急性心不全の無尿、肺水腫もいます。af心不全も。IVH自己抜去1名、
尿道バルーン入れる人1名」
「ナースに聞いたら、指示がまだあと35、欲しいのがあるそうだ」
「そんなにですか・・」
「学会に行く前に、きちんとナースに伝えなかったんだ。それでこれだ」
オーベンの両目は充血していた。
アシュネルで両目をこすっている。
「トシキ・・・予定ではみんなのカルテをゲリラチェックするはずだが・・今日は見合わせだ」
「はい」
「学会からみんなが戻ってからにしよう」
「はい」
「横のカンファ室で少し寝ろ。お前、何日帰ってない?」
「家にですか・・・3週間くらいです」
「俺もそのくらいだな。で、この2日間か」
汚い話だが、2人とも着替えをほとんどしていなかった。シャツ・パンツは思い出したときに僕が病院購買
近くのクリーニングに出し、基本的には術衣を着ることが多かった。ひどいときには術衣をじかに着ている
こともあった。
とにかく1日1日、することが山積みなのだ。オーベンにはさらに実験があるから、かなりつらいはずだ。
詰所からお呼びがかかる。
「もしもし・・?」
「準夜からの申し送りであったんですが、肺水腫の方。呼吸器ついているんですけど。ピーピーいってまして」
「ピーピーって・・・アラーム音?」
「はい」
「いつから・・?」
「さあ、それは申し送られてませんが」
「どうして鳴ってるのかな・・?」
「診て頂けますか?お願いします」
オーベンがゆっくり立ち上がった。
「ほら、またスタンドプレーに・・なりかけてるぞ」
「は、はい」
僕らは肺水腫の患者さんの個室に入った。
確かにアラームが頻回に鳴っている。
オーベンは計器をひと通り目を通す。
「誰の患者だ?」
「水野です。低アルブミン血症があって、肺水腫で」
「いつの間に呼吸器がついてたんだ?オレは聞いてないぞ」
「昨日です。僕も知りませんでした・・」
「オーベンを差し置いて・・・ところで、尿は出てるのか?」
「ここにある重症板では・・・4時間で50mlか。少ない」
「主治医の指示は?」
「・・・書いてません」
カルテにも記載がない。指示内容からすると、呼吸器の助手の先生らしい。
水野、オーベンに声かけず、呼吸器グループの先生に・・。
「トシキ、オレは呼吸器はまだよく分からん。呼吸器グループに問い合わせよう」
「先生、たぶん水野がお願いしたのは助手の宮田先生です」
「宮田・・・?バイトばっかりしてて、影のうすい院生か」
「たぶん・・僕もほとんど話したことがないです」
「挿管はできるようだな。確認の写真は?」
「・・・撮ってないようです」
「信じられんな!」
僕は水野に連絡した。携帯はつながらない。ポケベル鳴らして待機。
オーベンは呼吸器の取り扱い説明を読んでいる。
「うーん・・・うーん・・・」
ピーピー警報がなるたび、僕らは呼吸器のほうに目をやる。
「トシキ、血ガスをとりあえず」
「は、はい。やります」
ボケッとしかけた僕は血ガスを準備、採取、検査室へ向った。
通りすがりでみた時刻は深夜の2時半。
とにかく1段ずつ正確に階段を下りることに専念する。
病院は夜間は冷暖房は切られるため、院内でも息が白い。
僕は検査室の機械に検体をセットした。
だが・・・作動しない。
「なんでだ?」
どうやら自動点検の時期になっていたようだ。こんな時間に
当たってしまうと、測定時間が大幅に遅れてしまう。
「ここじゃダメだ!」
ICUの測定器へと向った。
ICUの外では、そこに入院中の患者さんの家族が多数座っていた。
ソファーもすでに人でいっぱいだ。
ほとんどは半分寝てる状態で、僕の歩いてきた音で大半が目を覚ましてしまったようだ。
「すみません、入ります」
家族のうち1人の青年が立ち上がった。
「おい先生よ!わし、オオトリっていう患者の家族のモンで・・!」
「え?」
「なんか頭の血管が詰まって意識ないっちゅうことだが・・どうなったんや?」
どうやらうちの患者ではないようだ。
「え、ええ。聞いてきます」
「あんた、ここ大学病院やろ?最先端の治療ではよう治してえな!」
もう1人おばさんが立ち上がった。
「すみませんが、毛布をもう1枚貸していただけませんか?」
「え、ええ。聞いてきます。自分も急いでまして・・」
もう1人おじさんが立ちあがった。
「外科の村井先生は?呼んでもらえる?家族、揃ったから」
「ま、待ってください」
人ごみを掻き分けるように僕はICUへ入った。
検体の測定中、詰所ナースに伝言した。
「外で、問い合わせたいっていう人たちが大勢・・」
ナースはこちらを一瞥、そのまま無視してパソコン画面を凝視した。
「ねえ、聞いてます?外で・・」
「知ってます!」
「いや、知ってるじゃなくて。家族の方々がいろいろ・・」
「先生はどこのドクター?」
「え?循環・呼吸器の・・」
「ICUじゃないですよね?」
「そうですけど」
「何しに来たんですか?」
「血ガスの測定です」
「夜中にちょろちょろしないで下さい」
僕は少し頭にきた。
「今ヒマなんでしたら、1回外を覗いてきてください」
「わかったわよ!うるさいなあ」
その声に反応してか、向こうから口をムシャムシャさせた大柄なナースが2人やってきた。
僕はMRAの患者さんの経過を確認、血ガスデータを持ってそそくさと出口へ向った。
< つづく >
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