< オーベン&コベンダーズ 3-14 明日に向って居て! >
2004年8月15日「遅くなりました」
オーベンは相変わらず呼吸器のマニュアルと奮闘していた。
「うーん・・・ようわからん」
「まだ鳴ってますね」
「データは?」
「これです」
「pH 7.292 , pCO2 54mmHg , pO2 76mmHg , HCO3- 10 , BE -2か。代謝性アシドーシス」
「メイロン要るでしょうか」
「 pCO2 54mmHg だぞ。むしろ足したらいかん」
「あ、そうでした・・」
「呼吸回数は設定では・・強制換気で20回。1回換気量が440ml。FiO2 70%。高いな」
「この赤いのが実際の呼吸回数ですね・・」
「40回くらいしている。で、気道内圧は30mmHgくらいある」
「自発呼吸が多すぎるんですね」
「待て!待て!言うな!混乱する!見た目は呼吸は穏やかだが・・」
確かに見た目はファイティングしているように見えないが・・・。
オーベンは聴診した。
「・・・小刻みな自発呼吸がけっこう出ている。鎮静が十分できてないな?」
「なるほど。今、鎮静剤は・・・」
「・・・・・」
「いってません」
「信じられん。ふつう、要るだろ?」
「そうですね」
「ドルミカムを用意しろ。まず静注して、持続でつなぐ」
「はい」
僕は注射器で吸って用意にかかった。
「オーベン。血圧が78/60mmHgですね」
「だから?」
「いえその・・・鎮静でさらに下がらないか心配で」
「だったら血圧上げたらいいだろ?今の輸液は?」
「中心静脈栄養です」
「昇圧剤がないな。エホチールいけ」
「はい、いきます」
5分たった。
「オーベン、血圧は70/44mmHgです」
むしろ下がってきた。
「お前、今のホントにエホチールだな?」
「は、はい」
「カタボンいけ」
「脈が140/minもありますが・・」
「いちゃもんつけるな!早くいけ!」
「はは、はい!」
あまり変わらない。
オーベンはカルテを見ている。
「低アルブミンがひどすぎて、水分が血管外にすべて漏れてるんだ。血圧が低くて当然だ」
「2日前が1.6g/dlですか・・」
「時々点滴でアルブミンを追加するよう指導していたが・・・それも効果なかったんだ」
「FFPも足してますね」
「あちこちに病態について相談したが、わからないままだ。アルブミンの合成障害か・・
根底に悪性腫瘍がるのか。机上の空論だ」
鎮静剤は追加できず、結局様子見となった。
「オイ、水野から連絡は?」
「ありません」
「あのバカ・・・やっぱり兵庫へ帰れ!」
ナースがやってきた。
「あの・・どうなったんでしょうか?」
オーベンはイライラしていた。
「未解決」
「アラームの原因は・・」
「気道内圧の上昇」
「ああ・・・」
「意味、わかってんだろうな?」
「で、対処は?」
「様子見」
「え?それでいいんですか?」
「そうするしかねえんだよ」
「でも、あたしたちは不安です」
「俺らもだよ」
「家族への説明を・・」
「勘弁してくれよ!」
「え?でもだんだん悪くなってるんじゃあ・・」
「そりゃ、もう知ってるだろ!」
「いえ。私達は病状の経過に関しては全く・・」
「おいおい。マジかよこいつら」
オーベンも病棟のナースにはかなり手を焼いているようだ。
「では先生方の誰かがここに待機されるということですね?」
「なに?」
「そうでないと困ります」
「主治医を呼べよ」
「まだ連絡なしですので・・」
「俺らは当分、この階にはいるよ」
「じゃあ、この部屋のことは任せますので」
「痰は取りに来いよ!」
あきれたナースだ。でもこの人40-50歳はいってるだろうに。
「トシキ、これが大学の看護婦だ」
「なんか、血が通ってないようですね」
「あれで俺らより給料貰ってんだぜ。あきれる」
「昇圧は・・」
「ドプトレックスを開始しよう。点滴は高浸透圧の3号液で。利尿はラシックスの持続で」
僕らは指示出しの上、輸液を直接つないでいった。
「水野のヤツ・・・!」
「自分から厳しく言っておきます」
「朝、現れなかったら俺がムンテラせにゃいかん」
僕らは廊下をフラフラと、まるでゾンビのごとくさまよい続けた。
僕らはドアから入るなり床にドスッと座り込み、お互い背中でドン、ともたれあった。
「ハアハア、トシキ・・・もう限界だな」
「オーベン、自分もです・・」
「なぜ皆、応援に来ないんだ?」
「ほかのレジデントはバイト。あと7人手伝える先生がいるはずなんですが・・」
「しょせん他人事か。ナースによると、電話対応はやってるって話だな」
「スタンドプレーですね、先生」
「ハアハア・・・あとどの患者を?」
僕はモバイルを手にした。
「カニューレ交換、抜去されたIVHの再挿入、膿瘍の穿刺、気管支鏡によるトイレッティング(痰の吸引)・・・」
「これを今日までに2人で?」
「明日の月曜日は教授へのプレゼン、回診、カンファレンス・・・」
「つまり今日までにしとかないと、明日の報告にも困るわけか」
何よりも、患者さんが困る。
「トシキ、今何時?」
「朝5:00前です」
オーベンから返事がない。
寝ている。僕はゆっくりソファーに寝かせた。
詰所から内線が鳴る。
「もしもし、トシキです」
「詰所の準夜です。IVH抜いた患者さん、いいんですか?」
「もう行きますよ」
「あたしたちは3人しかいませんので、手伝えません」
「1人だけでもよこして・・」
「無理です。早めにお願いします。カニューレ交換も」
「ええ、それはできますが・・」
「膿瘍の方、未だに高熱ですが」
「他には・・?」
「イレウス管の造影はまだかと家族が」
「こんな時間にしませんよ、ふつう」
「先生から直接おっしゃってください。家族の方は朝8時から仕事があると」
「僕らはずっとですよ。あと無気肺の人は?」
「痰、多いです。人手が少なくなったので吸引の回数は減りますが。急いで気管支鏡、お願いします」
「気管支鏡は病棟には・・」
「知りません。1階の処置室じゃないんですか?。それと先生」
「はい・・・」
「afの人、レートが遅いですよ」
「どれくらい?」
「けっこう延びます」
「どれくらいです?記録は取ってます?」
ハッと僕は気づいた。これこそ、スタンドプレーなんだ。
「あ、あとで行きます・・」
電話を切った。
「オーベン、起こしてすみません。行ってきます。カニューレ交換なら自分が」
「そ・・・その患者は気をつけろ。せせ、切開口が狭くて、ヘタにやると出血する」
「そうですか・・じゃあ僕がしないほうが」
「あとで俺がやる。だが・・お、俺も怖い」
あのオーベンが「怖い」とは・・。
「俺はいつだって何だって怖い。そ・・そう思われてないのは、俺の芝居が上手だからだ」
「・・・・・」
「だが、医者が恐れてどうする?患者には俺たちにしかいないのに」
「・・・・・」
オーベンはまた起き上がった。
「2人でやろう」
「はい!」
フーフー、息を殺し・・・僕らは一斉に飛び出した。
<つづく>
オーベンは相変わらず呼吸器のマニュアルと奮闘していた。
「うーん・・・ようわからん」
「まだ鳴ってますね」
「データは?」
「これです」
「pH 7.292 , pCO2 54mmHg , pO2 76mmHg , HCO3- 10 , BE -2か。代謝性アシドーシス」
「メイロン要るでしょうか」
「 pCO2 54mmHg だぞ。むしろ足したらいかん」
「あ、そうでした・・」
「呼吸回数は設定では・・強制換気で20回。1回換気量が440ml。FiO2 70%。高いな」
「この赤いのが実際の呼吸回数ですね・・」
「40回くらいしている。で、気道内圧は30mmHgくらいある」
「自発呼吸が多すぎるんですね」
「待て!待て!言うな!混乱する!見た目は呼吸は穏やかだが・・」
確かに見た目はファイティングしているように見えないが・・・。
オーベンは聴診した。
「・・・小刻みな自発呼吸がけっこう出ている。鎮静が十分できてないな?」
「なるほど。今、鎮静剤は・・・」
「・・・・・」
「いってません」
「信じられん。ふつう、要るだろ?」
「そうですね」
「ドルミカムを用意しろ。まず静注して、持続でつなぐ」
「はい」
僕は注射器で吸って用意にかかった。
「オーベン。血圧が78/60mmHgですね」
「だから?」
「いえその・・・鎮静でさらに下がらないか心配で」
「だったら血圧上げたらいいだろ?今の輸液は?」
「中心静脈栄養です」
「昇圧剤がないな。エホチールいけ」
「はい、いきます」
5分たった。
「オーベン、血圧は70/44mmHgです」
むしろ下がってきた。
「お前、今のホントにエホチールだな?」
「は、はい」
「カタボンいけ」
「脈が140/minもありますが・・」
「いちゃもんつけるな!早くいけ!」
「はは、はい!」
あまり変わらない。
オーベンはカルテを見ている。
「低アルブミンがひどすぎて、水分が血管外にすべて漏れてるんだ。血圧が低くて当然だ」
「2日前が1.6g/dlですか・・」
「時々点滴でアルブミンを追加するよう指導していたが・・・それも効果なかったんだ」
「FFPも足してますね」
「あちこちに病態について相談したが、わからないままだ。アルブミンの合成障害か・・
根底に悪性腫瘍がるのか。机上の空論だ」
鎮静剤は追加できず、結局様子見となった。
「オイ、水野から連絡は?」
「ありません」
「あのバカ・・・やっぱり兵庫へ帰れ!」
ナースがやってきた。
「あの・・どうなったんでしょうか?」
オーベンはイライラしていた。
「未解決」
「アラームの原因は・・」
「気道内圧の上昇」
「ああ・・・」
「意味、わかってんだろうな?」
「で、対処は?」
「様子見」
「え?それでいいんですか?」
「そうするしかねえんだよ」
「でも、あたしたちは不安です」
「俺らもだよ」
「家族への説明を・・」
「勘弁してくれよ!」
「え?でもだんだん悪くなってるんじゃあ・・」
「そりゃ、もう知ってるだろ!」
「いえ。私達は病状の経過に関しては全く・・」
「おいおい。マジかよこいつら」
オーベンも病棟のナースにはかなり手を焼いているようだ。
「では先生方の誰かがここに待機されるということですね?」
「なに?」
「そうでないと困ります」
「主治医を呼べよ」
「まだ連絡なしですので・・」
「俺らは当分、この階にはいるよ」
「じゃあ、この部屋のことは任せますので」
「痰は取りに来いよ!」
あきれたナースだ。でもこの人40-50歳はいってるだろうに。
「トシキ、これが大学の看護婦だ」
「なんか、血が通ってないようですね」
「あれで俺らより給料貰ってんだぜ。あきれる」
「昇圧は・・」
「ドプトレックスを開始しよう。点滴は高浸透圧の3号液で。利尿はラシックスの持続で」
僕らは指示出しの上、輸液を直接つないでいった。
「水野のヤツ・・・!」
「自分から厳しく言っておきます」
「朝、現れなかったら俺がムンテラせにゃいかん」
僕らは廊下をフラフラと、まるでゾンビのごとくさまよい続けた。
僕らはドアから入るなり床にドスッと座り込み、お互い背中でドン、ともたれあった。
「ハアハア、トシキ・・・もう限界だな」
「オーベン、自分もです・・」
「なぜ皆、応援に来ないんだ?」
「ほかのレジデントはバイト。あと7人手伝える先生がいるはずなんですが・・」
「しょせん他人事か。ナースによると、電話対応はやってるって話だな」
「スタンドプレーですね、先生」
「ハアハア・・・あとどの患者を?」
僕はモバイルを手にした。
「カニューレ交換、抜去されたIVHの再挿入、膿瘍の穿刺、気管支鏡によるトイレッティング(痰の吸引)・・・」
「これを今日までに2人で?」
「明日の月曜日は教授へのプレゼン、回診、カンファレンス・・・」
「つまり今日までにしとかないと、明日の報告にも困るわけか」
何よりも、患者さんが困る。
「トシキ、今何時?」
「朝5:00前です」
オーベンから返事がない。
寝ている。僕はゆっくりソファーに寝かせた。
詰所から内線が鳴る。
「もしもし、トシキです」
「詰所の準夜です。IVH抜いた患者さん、いいんですか?」
「もう行きますよ」
「あたしたちは3人しかいませんので、手伝えません」
「1人だけでもよこして・・」
「無理です。早めにお願いします。カニューレ交換も」
「ええ、それはできますが・・」
「膿瘍の方、未だに高熱ですが」
「他には・・?」
「イレウス管の造影はまだかと家族が」
「こんな時間にしませんよ、ふつう」
「先生から直接おっしゃってください。家族の方は朝8時から仕事があると」
「僕らはずっとですよ。あと無気肺の人は?」
「痰、多いです。人手が少なくなったので吸引の回数は減りますが。急いで気管支鏡、お願いします」
「気管支鏡は病棟には・・」
「知りません。1階の処置室じゃないんですか?。それと先生」
「はい・・・」
「afの人、レートが遅いですよ」
「どれくらい?」
「けっこう延びます」
「どれくらいです?記録は取ってます?」
ハッと僕は気づいた。これこそ、スタンドプレーなんだ。
「あ、あとで行きます・・」
電話を切った。
「オーベン、起こしてすみません。行ってきます。カニューレ交換なら自分が」
「そ・・・その患者は気をつけろ。せせ、切開口が狭くて、ヘタにやると出血する」
「そうですか・・じゃあ僕がしないほうが」
「あとで俺がやる。だが・・お、俺も怖い」
あのオーベンが「怖い」とは・・。
「俺はいつだって何だって怖い。そ・・そう思われてないのは、俺の芝居が上手だからだ」
「・・・・・」
「だが、医者が恐れてどうする?患者には俺たちにしかいないのに」
「・・・・・」
オーベンはまた起き上がった。
「2人でやろう」
「はい!」
フーフー、息を殺し・・・僕らは一斉に飛び出した。
<つづく>
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