< オーベン&コベンダーズ 3-15 嘘もオーベン >
2004年8月16日僕らはフラフラになったままゆっくりと病棟の廊下へ出た。真っ直ぐ歩く事ができない。
詰所の中は誰もいなかった。モニター音がしつこく鳴っている。
「オーベン、あのモニター・・・」
「?」
「たしかに延びてます」
「・・・・・afの患者。3秒以上だな。行こう」
71歳の患者さんはベッドですやすやと寝ていた。
オーベンはさっそく起こしにかかった。
「大和田さん!大和田さん!」
「はっ?」
痩せた感じの大和田さんはガバッと飛び起きた。
「な、なんでっしゃろ?じ・・・地震でっか?」
「トシキ、モニターは」
「ここです。HR 70/min台です。復活しました」
大和田さんはまだ状況を把握・・できてるはずがない。
「あの・・・寝坊したんじゃろか、わし」
オーベンはひとまずホッとした様子だ。
「ふう。ひとまずこれでいこう」
「なんですの?」
「いえね、脈が少し遅めだったんです」
「ほう?じゃがわしは・・・速いことが多いんじゃが」
「ええ、以前はそうでした。しかし今回は遅くなることもちらほら」
「そんなことないでえ。昼間、いっつもこうやって乳首、いや、手首つかんで確かめておる」
「ええ、それも分かります。今回は寝てる間に起こったんですよ」
「寝てる間に?」
「ええ。私があなたを揺り起こす、その前です」
「いいや、覚えはない」
「いえ。現に起こってたんです」
「いや、それでも」
「(トシキ、頑固なじいさんだな!)」
ひとまず病室を出た。
呼吸器の患者を覗く。
やはりアラーム音がひびく。
オーベンは、おやっという表情をした。
「?挿管チューブ、入りすぎてないか?」
「え、ええ・・・」
確かにチューブが少ししか外に出ていない。
ナースが再固定を誤ったか・・。
オーベンは呼吸音を確認した。
「左が弱いな・・・チューブ、入りすぎか?」
「少し抜きますか?」
「レントゲンをオーダーしてくれ」
「はい」
「大学の放射線の技師は生意気だ。大至急とか言って焦らせろ」
「ええ。この前もそういうことがありまして・・1時間以上待たされました」
「ユウキのよく使ってた手段だが、教授命令だと言え」
「そんなムチャな・・」
「患者が教授の親戚、とか言ってたこともある。今回もそれで行け」
「え?いいんですか・・・?」
ポータブルは5分で到着した。技師が撮影ボタンを押す。
「はい、終わり!」
イヤイヤな表情で、技師さんは出て行った。
「ありがとうございます。教授に言っておきます」
こんなこと、いいんだろうか・・。
「トシキ、そこまで言えといったか?」
「いえ・・・」
詰所に入ると、オーベンは受話器を握っていた。
「ああ、なんとかそこまでは・・・頼む」
「オーベン、レントゲンできました。気管分岐部を越えて右に入ってます。5センチほど抜きます」
「ああ、やれ」
「ひょっとして、この状態だったんでしょうか・・」
「かもな」
チューブを引っこ抜くと、換気が徐々にスムーズになってきた。
気道内圧も高くなく、アラーム音もほとんど鳴らない。
僕は手帳に書き足した。
「気道内圧上昇・・・設定換気量増大、ファイティング、PEEP、喀痰によるチューブの亜閉塞、そして今回のケース、と」
木を見ずして、森を見るな・・・か。
オーベンは病室に入ってきた。
「次はトイレッティングだな」
「トイレ・・?」
「気管支鏡による痰の吸引だ。1階へ降りて、内視鏡室から気管支鏡を持って来い」
「はい。行って来ます」
「オレはその間・・イレウス管造影延期のムンテラしてくる」
日曜日の朝9時。
早足になる一方、少しあきらめに似た考えが頭をよぎった。患者さんをあきらめるのでなく、月曜日のカンファやプレゼン
などにこだわらず、純粋に処置や治療ができないものかと。それでいいのではないかと。それでもやはり中身だけでなく、
表面も完璧にしなければならなのだろうか・・。
だがオーベンの「大学病院だぞ」という言葉をまた思い出す。
1階に到着した。日曜日のためカギを閉められていたので、当直の事務員に開けてもらった。
ギイ・・・と開く扉。部屋は真っ暗闇。電気のスイッチも分からず、僕は廊下を蛍の光にしてなんとか視野を確保した。
「えーと、気管支鏡は・・・」
大きなガラス張りの棚の中に、何台もの内視鏡が入っている。側視鏡が3台くらい。気管支鏡は2台ある。
「これだ」
ガラス戸を開放し、1台取り出す。台といっしょに廊下へ運び出そうとした。
部屋を出ようとすると、2人の若い医師が行く手を遮った。
うち1人がこちらへ歩み寄る。
「何をしてるんですか?」
「?気管支鏡を取りにきたんですけど・・」
「事務から連絡があったんですけど」
「ええ。こちらも連絡した上で取りに来ましたが・・」
「時間外に勝手に取りに来ないで下さい!」
「え?」
「ここの部屋は主に私達、消化器内科が使用するのです」
「うちだってしますよ。気管支鏡で」
「週にたった2,3例じゃないですか」
「・・・?」
「それ以外の時間帯は、ちゃんと前もって私達に許可を求めるように・・
あれだけ言ったのになあ」
「この部屋は使用しません。内視鏡を借りに」
「ならちゃんと連絡をよこしてください」
「そんなこと、聞いてませんでし・・」
「そうなってるんですよ。医局長にはきちんと言いましたよ!」
「緊急なので、通してください」
「だいたい先生のところは、内視鏡使用後の後片付けとかがなってない!」
「すみません。医局長にまた問い合わせますので」
なんで僕が謝らないといけないのか・・・。
<つづく>
詰所の中は誰もいなかった。モニター音がしつこく鳴っている。
「オーベン、あのモニター・・・」
「?」
「たしかに延びてます」
「・・・・・afの患者。3秒以上だな。行こう」
71歳の患者さんはベッドですやすやと寝ていた。
オーベンはさっそく起こしにかかった。
「大和田さん!大和田さん!」
「はっ?」
痩せた感じの大和田さんはガバッと飛び起きた。
「な、なんでっしゃろ?じ・・・地震でっか?」
「トシキ、モニターは」
「ここです。HR 70/min台です。復活しました」
大和田さんはまだ状況を把握・・できてるはずがない。
「あの・・・寝坊したんじゃろか、わし」
オーベンはひとまずホッとした様子だ。
「ふう。ひとまずこれでいこう」
「なんですの?」
「いえね、脈が少し遅めだったんです」
「ほう?じゃがわしは・・・速いことが多いんじゃが」
「ええ、以前はそうでした。しかし今回は遅くなることもちらほら」
「そんなことないでえ。昼間、いっつもこうやって乳首、いや、手首つかんで確かめておる」
「ええ、それも分かります。今回は寝てる間に起こったんですよ」
「寝てる間に?」
「ええ。私があなたを揺り起こす、その前です」
「いいや、覚えはない」
「いえ。現に起こってたんです」
「いや、それでも」
「(トシキ、頑固なじいさんだな!)」
ひとまず病室を出た。
呼吸器の患者を覗く。
やはりアラーム音がひびく。
オーベンは、おやっという表情をした。
「?挿管チューブ、入りすぎてないか?」
「え、ええ・・・」
確かにチューブが少ししか外に出ていない。
ナースが再固定を誤ったか・・。
オーベンは呼吸音を確認した。
「左が弱いな・・・チューブ、入りすぎか?」
「少し抜きますか?」
「レントゲンをオーダーしてくれ」
「はい」
「大学の放射線の技師は生意気だ。大至急とか言って焦らせろ」
「ええ。この前もそういうことがありまして・・1時間以上待たされました」
「ユウキのよく使ってた手段だが、教授命令だと言え」
「そんなムチャな・・」
「患者が教授の親戚、とか言ってたこともある。今回もそれで行け」
「え?いいんですか・・・?」
ポータブルは5分で到着した。技師が撮影ボタンを押す。
「はい、終わり!」
イヤイヤな表情で、技師さんは出て行った。
「ありがとうございます。教授に言っておきます」
こんなこと、いいんだろうか・・。
「トシキ、そこまで言えといったか?」
「いえ・・・」
詰所に入ると、オーベンは受話器を握っていた。
「ああ、なんとかそこまでは・・・頼む」
「オーベン、レントゲンできました。気管分岐部を越えて右に入ってます。5センチほど抜きます」
「ああ、やれ」
「ひょっとして、この状態だったんでしょうか・・」
「かもな」
チューブを引っこ抜くと、換気が徐々にスムーズになってきた。
気道内圧も高くなく、アラーム音もほとんど鳴らない。
僕は手帳に書き足した。
「気道内圧上昇・・・設定換気量増大、ファイティング、PEEP、喀痰によるチューブの亜閉塞、そして今回のケース、と」
木を見ずして、森を見るな・・・か。
オーベンは病室に入ってきた。
「次はトイレッティングだな」
「トイレ・・?」
「気管支鏡による痰の吸引だ。1階へ降りて、内視鏡室から気管支鏡を持って来い」
「はい。行って来ます」
「オレはその間・・イレウス管造影延期のムンテラしてくる」
日曜日の朝9時。
早足になる一方、少しあきらめに似た考えが頭をよぎった。患者さんをあきらめるのでなく、月曜日のカンファやプレゼン
などにこだわらず、純粋に処置や治療ができないものかと。それでいいのではないかと。それでもやはり中身だけでなく、
表面も完璧にしなければならなのだろうか・・。
だがオーベンの「大学病院だぞ」という言葉をまた思い出す。
1階に到着した。日曜日のためカギを閉められていたので、当直の事務員に開けてもらった。
ギイ・・・と開く扉。部屋は真っ暗闇。電気のスイッチも分からず、僕は廊下を蛍の光にしてなんとか視野を確保した。
「えーと、気管支鏡は・・・」
大きなガラス張りの棚の中に、何台もの内視鏡が入っている。側視鏡が3台くらい。気管支鏡は2台ある。
「これだ」
ガラス戸を開放し、1台取り出す。台といっしょに廊下へ運び出そうとした。
部屋を出ようとすると、2人の若い医師が行く手を遮った。
うち1人がこちらへ歩み寄る。
「何をしてるんですか?」
「?気管支鏡を取りにきたんですけど・・」
「事務から連絡があったんですけど」
「ええ。こちらも連絡した上で取りに来ましたが・・」
「時間外に勝手に取りに来ないで下さい!」
「え?」
「ここの部屋は主に私達、消化器内科が使用するのです」
「うちだってしますよ。気管支鏡で」
「週にたった2,3例じゃないですか」
「・・・?」
「それ以外の時間帯は、ちゃんと前もって私達に許可を求めるように・・
あれだけ言ったのになあ」
「この部屋は使用しません。内視鏡を借りに」
「ならちゃんと連絡をよこしてください」
「そんなこと、聞いてませんでし・・」
「そうなってるんですよ。医局長にはきちんと言いましたよ!」
「緊急なので、通してください」
「だいたい先生のところは、内視鏡使用後の後片付けとかがなってない!」
「すみません。医局長にまた問い合わせますので」
なんで僕が謝らないといけないのか・・・。
<つづく>
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