気管支鏡と台を抱えて、エレベーター前へ。

近くのイスで腰掛けていた白衣の男性3人がいきなり立ち上がった。

この人たちも、消化器軍団か?

僕は知らないフリをした。

エレベーターの数字は7・・・6・・・・ゆっくり下がっている。

「トシキ先生・・ですね?」
「え?」
3人のうち真ん中の1人、巨体の男性がかしこまって礼をしている。3人ともかなり清潔な白衣っぽい。

この白さ・・・放射線科か?

「わたくし、中部の大学から来ました、島といいます・・・」
見かけによらず、礼儀正しい人だ。

ほぼ同時に2人の男性も自己紹介をしてきた。
「関西の西条です」
「関東のスズキです」

聞いたことない、見たこともない人たち。彼らは一体・・・?

知らない間に開いていたエレベーターに、僕ら4人は乗った。

「すみませんが・・・?」
「あ、島と申します」
「ええ、それはさっき・・・」
「私達のことは・・・お聞きになっておりませんでしょうか?」
「いえ・・・?」
「今年から・・・厳密には4月から先生の医局で勤務させていただくことになりました」
「新入・・・医局員ですか?」
「はい。ただ私達はよその大学病院からということで。学年は先生と同じです」
「そういえば、夏ごろに助教授が言ってたなあ・・じゃあ、途中で辞められたので?」
「ええ。前の医局には、もう愛想を尽かしまして」

僕も尽かしかけてるんだけど・・・。

「先生方のご活躍は、近畿の医学雑誌の秋号でじっくり読ませていただきまして」
「雑誌?秋号?」
「こういう医局なら、僕らもやりたいことができると実感しまして」
「?」
「何度か面接にも来まして、試験にも受かりました」
「試験?うちの入局に試験が?」
「ええ。何人かは落ちたようです」
「なんてことを・・」
「これからは、ぜひ先生方についていきたいと思っている次第でありますので!な!みんな!」
あとの2人は同時に声をそろえ、深々とおじぎをした。
「どうか、よろしくお願いいたします!」

雑誌でうちの医局が紹介されていた・・?

「(あとで後悔しなければいいけど・・!)」

エレベーターが到着した。

病室へ入り、セッティング。
大柄の島先生はベッドをずらした。
「ああ、すみません」
「どうぞどうぞ。力は誰にも負けませんし」
「あれ?あとの2人は・・」
「野中先生をお呼びに行かれたと思います」
「さっきオーベンと電話してたのは・・」
「?いえ。それは私達ではないです。ひょっとしたら・・」
「?」

残り2人がオーベンを引っ張ってきた。
「おう、ご苦労さん!島!」
オーベンは以前から知ってるような口ぶりだった。
島先生はかなり感激した様子だ。
「野中先生!お久しぶりでございます!」
「ちゃんと大学と手は切ってきたんだろうな?」
「ええ!教授がやっと紹介状を書いてくれまして」
「勤務は明日からか?」
「ええ。自分達3人は、明日からです」
「医療行為以外はオッケーだな?」
「それはもう!なんなりと!」
「じゃ、オレ、痰を吸引するから。介助してくれ!」
「ははっ!」

島先生は吸引チューブを取り出し、気管支鏡に接続した。
オーベンは画面を見ながら気管支鏡を挿入。
「島。オレは呼吸器科じゃないからな。聞いても分からんぞ」
「いえいえ!そんなつもりは!ははあ!」
 小柄の西条先生が一歩、歩み寄った。
「先生。私、気管支鏡係をしてましたので。基本的な走行ならば・・」
「そうか。じゃ、島と代われ」
「はい!すまないね、島さん」

島先生は少しムッとなって引き下がった。
彼らの間にもどことなく緊張感がある。
オタクっぽいスズキ先生はメモを取っている。一体何を・・。

オーベンは独り言で苦戦しながらも、なんとか痰を大量に吸い上げた。
「しっかし!キリがねえなあ!おい!」
 西条先生が上目遣いでみている。
「先生、私がしましょうか?」
「医療行為は明日からだろ?」
「痰吸うだけですから」
「だがな・・」
僕はちょっと意見した。
「西条先生。勤務はあくまでも明日なんですから、今日のところは・・」

西条先生は無視したままオーベンに催促した。
「いかがでしょうか、先生・・」
「うん・・・まあ、いいか」
オーベンは気管支鏡を西条先生に渡した。
西条先生は人が変わったように、内視鏡を慣れた手つきで扱いだした。
「じゃ、進めていきます。キミ、SpO2見てて」
 寡黙なスズキ先生はコクリと頷いた。

ファイバーは奥へ奥へと進んでいった。
「中間幹に粘調の痰多量。吸引します。スズキ先生、生食ある?洗浄するので」
鈴木先生は瞬時に反応し、準備にかかった。
「物品の徹底もしないといけませんね・・」
そう呟いただけだった。

西条先生は実に素早く、吸引、洗浄、吸引を繰り返していった。
約2分後、ファイバーは引き上げられた。
「粘液栓、取れました」
オーベンはうつろな表情で頷いた。

いつの間にか消えていた島先生が戻ってきた。
「野中先生、全員到着されました」
「そうか・・じゃ、行こうか」
僕は意味が分からなかった。
「全員って・・・オーベン?」
「新入医局員、全員集合だよ」

全員集合?

<つづく>

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