< オーベン&コベンダーズ サード最終回 暗黒面 >
2004年8月16日大阪の大きなホテル。
巨大な会場で歓迎会が行われた。壇上には新入医局員が集まっている。
みなスーツ姿だ。他大学から来た7名。国家試験に合格し、はじめて医師となる男女2名。
会場中央に多数のテーブル、総勢200人余りの医局員・関連病院のドクターたち。
自己紹介も終わり、教授が壇上に立つ。僕とオーベンは壇の端っこに立たされている。
安井医局長が会を盛り上げる。
「新しい医局を作っていく、ドクターたちです!」
一斉に全員起立、大拍手が巻き起こった。こんな大歓声は聞いた事がない。
カメラマンなのか医局員なのか、10台ほどのカメラが次々とフラッシュをたたいた。
僕は大げさな感じがした。
「オーベン。今年の歓迎会は特に凄いですね」
「これから医局は変わるぞ」
「自分はとても・・」
「何言ってる。今年度からはお前らが主役なんだ」
「自分には人を引っ張る力が・・」
「ある。教授にもそう提言した」
「?」
「グループ決めは、あと1年猶予を与えられたんだろ?」
「そうです」
「なら頑張れ。そして俺らのグループに来い」
「それはまだ・・」
会場の向こうの隅っこに立っている草波氏を見つけた。こっちを見つめている。
何か薄ら笑いのような。低いところに立っていながら、人を見下した態度。
閉会の辞により、僕らは解放された。
人ごみの中、オーベンを見失った。
「おう」
山城先生が声をかけてきた。
「こんばんは、先生」
「まともな医者を育てろよ」
「えっ?」
「ユウキ、畑・・・どいつもこいつも、使えない医者ばかりだ」
「そうですか・・」
「お前、こちらへ来る気はないか?」
この先生の病院へ行くと僻地へ飛ばされるという噂がある。
気に入られたら別だが。
「今は・・・失礼します」
僕は後ろの4人をかいくぐって、立ちつくしている新人医局員の前に出た。
「キミら、この後は?」
まだ幼い表情の男女は、誰からも話しかけられずただ立ち止まったままだった。
「僕らは・・・いいんです。別に」
「編入生の7人が強烈すぎるんだよ」
男女はそれぞれ手を差し伸べた。
「石丸です。お願いします」
「長谷川です」
女の子のほうは、森さんをさらに太らせたような子だ。
「トシキ。副病棟医長」
石丸君はあたりを見回した。
「では、病棟医長は・・?」
「マイオーベンだよ。野中先生」
「僕のマイオーベンは・・・」
「もう決まったよ。石丸君は、循環器のマーブル・・・槙原先生」
「え?あの怖そうな先生ですか?」
「根は優しいよ、たぶん」
「やな感じ・・」
「長谷川さんは呼吸器の田島先生。女医さんだよ」
「あ、助かります」
「最近はセクハラとかいろいろ厳しくてね」
まあ、この子なら大丈夫だと思うが・・。
石丸君がふと何かひらめいた。
「トシキ先生のオーベンは・・?」
「僕はコベンから外されたよ。代わりにオーベンとコベンの間を取り持つ」
「それって・・・」
「チューベン、と影で呼ばれてる」
「チューベン?」
「じゃ、頑張って!」
どんどん人が立ち去る中、間宮先生が壁にもたれて立っていた。
こっちをずっと見ていたようだ。相変わらず派手な服装だ。
「間宮先生!」
「5月から、よろしくね」
「心強いです」
「あたしは院が中心だから、気が楽ね」
「先生、病棟も少し持っていただけ・・・いえ、持っていただきます!」
「うそ?」
「これからは20台が中心でやっていくんです!」
「若手が引っ張るの?」
「はい!若い医局を目指して!」
「あなた、口はほどほどにね」
「え?」
「あたしがまだ20代だと思って?」
「あ・・・・そ、そうなんですか・・・」
「大学入学前に年取る女もいるのよ」
マミー先生はさっと身を翻した。
グッチ先生が向こうで待っていた。
僕は1人だけ会場に残った。
係の人が、片付けにかかる。
と、ある係の人が、テーブルに残った寿司を1つ、もぐもぐと食べ始めた。
そしてまた片付けにかかった。
「(ブドウ球菌には気をつけて・・・!)」
僕は会場をあとにした。
「トシキ先生!」
「またあなたですか・・・」
草波氏は会場の外でベンツに乗っている。
「乗っていきますか?」
「いいです」
ベンツは歩道の僕にゆっくり並走してきた。
「どうです、あの4人は?」
「よく働く先生方ですね」
「お役に立ててよかった」
「医局からいくらもらってるんです?」
「ハハ・・・何を?善意ですよ、善意!」
ベンツの助手席にはかなり若そうな女性が乗っている。
「草波さん、松田先生や宮川先生は?」
「ええ。お2人とも頑張っておいでです」
「そうですか・・」
「先生、遠慮しなくていいんですよ」
「え?」
僕は立ち止まった。ベンツも止まった。
「私には分かりますよ、先生」
「?」
「気が変われば、いつでも私に連絡を」
「・・・・・」
「この前先生が私につきかえしました名刺、ありますかね?」
「ありませんよ!」
「また医局に置いときます。それと先生、最後に!」
「はい?」
「先生にもお教えしましょう。今年の秋の人事ですが」
「秋の人事・・・秋の異動は少ないでしょう?」
「3年に1回の異動があります。そこなら高飛びできます」
「高飛び?」
「先生、何も情報がないんですね。これはまいった・・・」
「僕は医局のために頑張りますから」
「失礼失礼。ではまた」
ベンツはゆっくりと夜の闇に消えていった。
僕は立ち止まったまま、ゴソゴソと財布を取り出した。
中に入っている名刺。あの人のだ。
じっと見たまま・・・僕はもう一度、財布にしまった。
医局のための僕でも、僕のための医局ではない。
そんな考えが、やがて僕を支配しようとしていた。
<つづく>
巨大な会場で歓迎会が行われた。壇上には新入医局員が集まっている。
みなスーツ姿だ。他大学から来た7名。国家試験に合格し、はじめて医師となる男女2名。
会場中央に多数のテーブル、総勢200人余りの医局員・関連病院のドクターたち。
自己紹介も終わり、教授が壇上に立つ。僕とオーベンは壇の端っこに立たされている。
安井医局長が会を盛り上げる。
「新しい医局を作っていく、ドクターたちです!」
一斉に全員起立、大拍手が巻き起こった。こんな大歓声は聞いた事がない。
カメラマンなのか医局員なのか、10台ほどのカメラが次々とフラッシュをたたいた。
僕は大げさな感じがした。
「オーベン。今年の歓迎会は特に凄いですね」
「これから医局は変わるぞ」
「自分はとても・・」
「何言ってる。今年度からはお前らが主役なんだ」
「自分には人を引っ張る力が・・」
「ある。教授にもそう提言した」
「?」
「グループ決めは、あと1年猶予を与えられたんだろ?」
「そうです」
「なら頑張れ。そして俺らのグループに来い」
「それはまだ・・」
会場の向こうの隅っこに立っている草波氏を見つけた。こっちを見つめている。
何か薄ら笑いのような。低いところに立っていながら、人を見下した態度。
閉会の辞により、僕らは解放された。
人ごみの中、オーベンを見失った。
「おう」
山城先生が声をかけてきた。
「こんばんは、先生」
「まともな医者を育てろよ」
「えっ?」
「ユウキ、畑・・・どいつもこいつも、使えない医者ばかりだ」
「そうですか・・」
「お前、こちらへ来る気はないか?」
この先生の病院へ行くと僻地へ飛ばされるという噂がある。
気に入られたら別だが。
「今は・・・失礼します」
僕は後ろの4人をかいくぐって、立ちつくしている新人医局員の前に出た。
「キミら、この後は?」
まだ幼い表情の男女は、誰からも話しかけられずただ立ち止まったままだった。
「僕らは・・・いいんです。別に」
「編入生の7人が強烈すぎるんだよ」
男女はそれぞれ手を差し伸べた。
「石丸です。お願いします」
「長谷川です」
女の子のほうは、森さんをさらに太らせたような子だ。
「トシキ。副病棟医長」
石丸君はあたりを見回した。
「では、病棟医長は・・?」
「マイオーベンだよ。野中先生」
「僕のマイオーベンは・・・」
「もう決まったよ。石丸君は、循環器のマーブル・・・槙原先生」
「え?あの怖そうな先生ですか?」
「根は優しいよ、たぶん」
「やな感じ・・」
「長谷川さんは呼吸器の田島先生。女医さんだよ」
「あ、助かります」
「最近はセクハラとかいろいろ厳しくてね」
まあ、この子なら大丈夫だと思うが・・。
石丸君がふと何かひらめいた。
「トシキ先生のオーベンは・・?」
「僕はコベンから外されたよ。代わりにオーベンとコベンの間を取り持つ」
「それって・・・」
「チューベン、と影で呼ばれてる」
「チューベン?」
「じゃ、頑張って!」
どんどん人が立ち去る中、間宮先生が壁にもたれて立っていた。
こっちをずっと見ていたようだ。相変わらず派手な服装だ。
「間宮先生!」
「5月から、よろしくね」
「心強いです」
「あたしは院が中心だから、気が楽ね」
「先生、病棟も少し持っていただけ・・・いえ、持っていただきます!」
「うそ?」
「これからは20台が中心でやっていくんです!」
「若手が引っ張るの?」
「はい!若い医局を目指して!」
「あなた、口はほどほどにね」
「え?」
「あたしがまだ20代だと思って?」
「あ・・・・そ、そうなんですか・・・」
「大学入学前に年取る女もいるのよ」
マミー先生はさっと身を翻した。
グッチ先生が向こうで待っていた。
僕は1人だけ会場に残った。
係の人が、片付けにかかる。
と、ある係の人が、テーブルに残った寿司を1つ、もぐもぐと食べ始めた。
そしてまた片付けにかかった。
「(ブドウ球菌には気をつけて・・・!)」
僕は会場をあとにした。
「トシキ先生!」
「またあなたですか・・・」
草波氏は会場の外でベンツに乗っている。
「乗っていきますか?」
「いいです」
ベンツは歩道の僕にゆっくり並走してきた。
「どうです、あの4人は?」
「よく働く先生方ですね」
「お役に立ててよかった」
「医局からいくらもらってるんです?」
「ハハ・・・何を?善意ですよ、善意!」
ベンツの助手席にはかなり若そうな女性が乗っている。
「草波さん、松田先生や宮川先生は?」
「ええ。お2人とも頑張っておいでです」
「そうですか・・」
「先生、遠慮しなくていいんですよ」
「え?」
僕は立ち止まった。ベンツも止まった。
「私には分かりますよ、先生」
「?」
「気が変われば、いつでも私に連絡を」
「・・・・・」
「この前先生が私につきかえしました名刺、ありますかね?」
「ありませんよ!」
「また医局に置いときます。それと先生、最後に!」
「はい?」
「先生にもお教えしましょう。今年の秋の人事ですが」
「秋の人事・・・秋の異動は少ないでしょう?」
「3年に1回の異動があります。そこなら高飛びできます」
「高飛び?」
「先生、何も情報がないんですね。これはまいった・・・」
「僕は医局のために頑張りますから」
「失礼失礼。ではまた」
ベンツはゆっくりと夜の闇に消えていった。
僕は立ち止まったまま、ゴソゴソと財布を取り出した。
中に入っている名刺。あの人のだ。
じっと見たまま・・・僕はもう一度、財布にしまった。
医局のための僕でも、僕のための医局ではない。
そんな考えが、やがて僕を支配しようとしていた。
<つづく>
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