平成8年、春。循環器カンファレンス。

司会は総統と、元マイオーベン。

「では、はじめまっか!」

真っ先に豪快なマーブル先生が出てきた。
「槙原いきます!よろしくお願いします!」

マーブル先生はおおよそ判読不能な文字を黒板に書き始めた。
「47歳男性のVSA(冠攣縮性狭心症)でかかってる人です!今回の主訴はふらつき」
僕は書記係で、司会と離れて座っている。

カンファ内容を、物凄い勢いでノートパソコンを打ち続けなければならない。

「vertigo(回転性めまい)よりもdizziness(動揺性めまい)のほうに近いです。脳外科も受診させました」
「ふん。それで?」
「CTでは異常なし。MRIは3日後です」
「ホルターは?」
「外来でやってますが無症状のときだったんで。もう1回やり直します」
「それはいつ?」
「3日後くらい」
「アンタそれ気をつけてよ。MRIと同じ日よ?」
「ああ!気をつけます!」
「外来主治医は教授ね。教授は最近、自律神経系のほうにも興味がおありだから。そこも重点的に調べるように」
「はい・・・では、負荷試験を?」
「5つくらいあるね。どれも早朝に来てやらないといけないから、大変大変」
「・・・やります」

数人助手が手を上げた。三品先生が代表した。
「検体はそれぞれ、何本か残しておいてくれ。遠心分離、血清を凍結して研究室へ持って来い」

マーブル先生、ある意味忙しい患者さんに当たったな。

「もう1人。DCM(拡張型心筋症)末期の43歳」
「ん?」
「主訴は労作時息切れ」
「末期ってどういう意味?」
「心不全を繰り返してまして、今回もなりかけで」
「だから末期?そんな表現、ないでしょう?失礼よ」
「・・・すんません。エコーではこの通り、壁は5mmくらいでヘロヘロの心臓です」
「そういう表現もやめなさいな」
「明日よりスワンガンツ・カテを留置して、血行動態を評価しつつ、最近発売のアーチスト。アカルディの併用も検討してます」

三品先生がまた挙手した。
「モニタリングした記録と、ラインからの採血検体をくれ。6時間毎で」
「6時間・・・」

野中先生は、ほぉーと口を開けた。
総統は悪戯っぽくマーブル先生を見つめた。

「こりゃ、もう当分帰れないね。ま、成果が出ればいいんじゃないの?ああそれと!原稿はできた?」
「いえ、まだです」
「早く教授に出さないと、教授に怒られるわよ。あちしはいいけど」
「あと1週間ほど・・」
「ダメだって!今日中!あんたが書く書くって言い出したんだから!」

そうだった。マーブル先生は「今日の治療薬」のとある項目について、教授のゴーストライターを引き受けてたんだ。

「じゃ、次ね。角刈り!」
「・・・・・腎不全。60歳。主訴、倦怠感。BUN (尿素窒素)76mg/dlでクレアチニン8.7mg/dl」
「それまでの経緯は?」
「・・・?」

野中ドクターが何も見ずに説明する。
「外来での記録では、半年前まではCr 3台だったんですが、以後2週間ごとに0.2-0.3mg/dlずつ上がってきましたね」
総統は頷いている。
「そう。内服はもう一通り出てる?」
「いえ、それが・・」
「外来は教授?」
「そうです」
総統と野中先生の問答で、緒方先生は取り残されていた。
「ノナキー、お前・・・わしのカルテ、盗み見しよったと?」
「盗み見って・・よせよ!」

総統は無視した。
「じゃ、内服を調整しなおし。ウロへの相談はそれからでいいでしょう。心臓への影響は?」
「LVEF (左室駆出率)65%」
「収縮力が全てではないでしょうが」
「う・・・」
「どいつもこいつも、考えながら診療やってんの?」

三品ドクターが立ち上がった。
「LVIF(左室流入血流)でE<A。年齢相応の変化です」
「じゃあ拡張障害というほでもないか・・角刈りさん。もう1人?」
「呼吸困難、男性。71歳。消化器から、昨日紹介」
「消化器科?あいつら、今度は何を・・」
「消化器科で潰瘍性大腸炎フォロー、3年間。その間再発なし」
「呼吸苦はいつから?」
「2週間前。で、消化器科に入院。胃カメラなど精査し・・」
「待ってよ?どうして呼吸苦で消化器科に入るのよ?」
「それは・・」

野中先生が挙手した。
「消化器科に入院するときの訴えは、呼吸苦というより吐き気、だったらしいです」
「それで消化器のほうになったわけ?」
「はい」
「胃カメラは異常なしで?」
「便潜血陰性で、貧血もなし」
「そのレントゲン、そう?全体的に白っぽいね」
「ラ音も大きいです。緒方、CTは?」

他の医師の経過をすらすら述べてしまう野中先生に、緒方先生は圧倒されていた。
「ラ音・・・いつの間に聞いとったと?」
「ちょっと気になってな」

さすが野中先生。誰よりも1枚上手だ。

総統は写真を戻した。
「循環器への紹介だから、まずうちで診ましょう。心疾患をルールアウトしたら呼吸器へ」
「はい・・」

「次は?」
「あ、僕です」
僕はその場で立ち上がった。
「54歳男性。DMフォロー中でしたがマスターダブルでST低下あり」
「何ミリ?」
「upslope(上行)型の2ミリ低下なので、有意かどうか不明ですが」
「水平かdownslope(下行型)なら即、カテーテルでもいいけどね。症状は?」
「ないです」
「そうか。DMだものね。SMIってことね。何の略かは分かるよね」
「Silent Myocardial Ischemiaです。無症候性心筋虚血」
「そう。最近トピックスね。RIはした?」
「今週末に入れました」
「そんなに早く予約が入った?」
「RIまで直接行って、割り込みさせていただきました」
「さすがね・・」

僕も、なかなかやる。

「次は?」
「あたし。間宮です」

マミー先生はコツコツ音を響かせながら、教壇に進み出て振り向いた。
「OMI(陳旧性心筋梗塞)で心不全、61歳女性」
「MIはいつ?」
「外来主治医によると半年前」
「主治医は・・」
「助教授です。喘息があって呼吸器外来を」
「なるほど・・半年前のMIは他院でフォロー?」
「はい」
「病変部位とかは分からない?」
「あたしも知りたかったんですが・・」
「じゃあ問い合わせなさいな」
「その病院ですが、潰れました」
「なぬ?」
「今は影も形もありません」
「あ、そう・・・で、今回はMIの再発でなく?」
「農作業がここ最近忙しかったようです」
「農家の人たちは収穫の時期は耐えるからね・・」
「収穫が終わって受診したら心不全になってたってことですね」
「そおね。じゃ、心不全治したら、カテを」
「治りました」
「?入院したのは・・」
「昨日ですが、今日はもう改善してます」
「そこにある写真は昨日の・・両側に胸水けっこうあるけど」
「これが今日の。胸水はありません」
「ありませんってアナタ、レントゲンでは・・」
「これがCT,超音波でも確認しました」
「よくそんな時間が・・」
「カテは2日後です」

マミー先生はさっそうと去っていった。
肩で風を切るような感じだ。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索