6月。次第に暑くなってきた。梅雨のメリットは日差しが弱くなることだけだ。

僕ら3年以下メンバーは午前中の外来業務のあと、ひたすらカンファ室、あるいは病棟患者、詰所の往復を続けていた。

日ごとにみんなの気合が入っているように見えるのは、気のせいだろうか?

第六感からか、ふと耳を澄ました。
「?今、何か聞こえなかった?」
僕の空耳か。すると廊下の奥から確かな声が聞こえた。

「急変!手伝ってえええ!」
呼吸器3年目の一応女医さん、田島先生の叫び声が響く。

条件反射的に僕と1年目2人がカンファ室を飛び出した。
あとの人間には聞こえなかったようだ。

僕はカンで個室を目指した。
「たぶんあそこだ。ついてきて!」

3人駆けつけると、田島先生が心マッサージしている。手は唾液と痰でまみれている。
「アンビュー、持ってきてぇ!」
石丸君が即座に反応した。
「持ってきます!」
長谷川さんはビビッて立ち尽くしていた。

僕はモニターを接続にかかった。
「この人は、たしか先日・・」
「そうよ!角刈り野郎の患者よ!腎不全の患者!」
「CTで胸水がけっこうありまして、利尿剤開始してるようですね」
「1日800mlくらいしか出てないじゃない!」

石丸君はアンビューを押し始めた。
田島先生は汗だくでマッサージしている。両前腕の筋肉がたくましい。

「角刈りを呼んで!挿管、しましょう!」
「呼吸が止まってたんですか・・?」
「家族が気づいたのよ!」
「なんてことだ・・石丸君。アンビュー代わるから、挿管チューブを持ってきて!」
「はい・・・?何チューブですか?」
「そうか、まだちゃんと教えてなかったな・・赤い救急カートをこっちへ!」
「はい!長谷川!行くぞ!」

1年目の2人は救急カートを取りに向った。

「トシキくん、他のドクターは?」
「カンファ室に」
「薄情な奴らね?耳鼻科で耳掃除したら?」
「今から呼びます・・・・島先生、聞こえますか?大至急、こちらまで!」

僕は同期を呼び、携帯を切った。バスケス先生は不思議そうな表情だった。
「こちらまでって・・・それで分かるの?」
「あ・・・そうですね。すみません。もしもし!713号室!」

2年目の3人がやってきた。さらにその後ろから、救急カートが物凄い勢いでやってきた。

カートはそのまま3人を押し出し、彼らは患者のベッドの柵にドスンと叩きつけられた。

「すみません。ブレーキが分かりませんでした」

島先生は柵によりかかったまま立ち上がった。
「バカ野郎・・・!ブレーキなんか、あるかよ?」
残りの2人がカートの引き出しからチューブを取り出した。
しかしなかなかこちらへチューブが来ない。

「オレが!」「いや、今度はオレ!」
どうやらこの2人、チューブを取り合ってるようだ?
僕はイライラした。
「何やってんだ!」

西条君と鈴木君の動きがピタリと止んだ。

「う・・・というか、早くチューブを!長谷川さん、そこでボサッとしてないで!吸引!」
「え?あ、う・・・」
「吸引だよ!」
 僕はチューブを確認、スタイレットを差し込んだ。

「どけ!1年目!」
島先生が長谷川さんを突き飛ばし、吸引し始めた。
西条先生は田島先生とマッサージを交代した。
スズキ先生は除細動器をガラガラ引っ張ってきた。

「何やってんねや!」
廊下から図太い声が響いた。どうやらマーブル先生のようだ。
「お前ら、とっとと出ろや!とっとと!」
レジデントが1人ずつ廊下へ引っ張り出されていく。
彼は僕の眼前にまでやってきた。
「挿管チューブ、まだ入らんのか!」
「今から入れるんです!」
「はようせい!はよう!」

至近距離で怒声をかまされた。反射的に手が震えた。

「挿管もろくにできんのか!」
彼は挿管チューブをおもむろに取り上げた。
「先生、何を?」
「どけ!オレがやる!」

心マッサージも知らない間に角刈り先生が代わっている。
「これはいったい、どうしたと?」

みんなの冷ややかな視線が注がれた。

「だまってても分からんと。一体全体、何があったと?」
田島先生が腕組みして彼を足でどついた。
「このアホ!なーにやってんの!」
「な、何をすると?」
「主治医がこんなんじゃ、困るんだって!」
「利尿はかけとったがぁ」
「この状態じゃ、たぶん肺水腫よ!」

ボスミンで患者は復活、呼吸管理が開始された。
その後はICUでの透析管理に。

角刈り先生はそれ以来、うつ傾向にあった。

<つづく>

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