急変騒動が落ち着いてからはしばらく平穏な日々が続いていた。

医局で文献検索をしていたところ、ひょんと田島先生が現れた。
男かと思った。影で『バスケス』と呼ばれてるが、僕は由来を知らない。

「この前はサンキュ」
「え?いえ」
「アイツ、たまにあんなとこあってなあ。重症の対応はうまいんだけど」
「軽症は苦手・・?」
「重症にしか興味ないんだよ」
「それって・・」
「だからICUにも入りびたりってわけさ」

彼女はタバコに火をつけた。呼吸器の先生・・だからか?

「そうですか・・よくなるといいんですが」
「肺水腫は順調に軽快してきてるよ」

彼女は煙のワッカをポンポンと飛ばしてきた。僕は避けながら会話した。

「そういやこの間急変でICUへ運んだときに、そこの部長からいろいろ言われましたよ。あんたらがホントに心・肺疾患診れるのかどうか、こっちは『心配』だって」
「あん?それ、シャレ?」
「のようです。助教授のギャグよりはマシですけど」
「助教授、そこにいるよ」
「ええっ?」

誰もいなかった。

「冗談」
「はあ・・・」
「でもアンタは副・病棟医長でしょうが?病棟医長が怒られたらいいのに」
「いえ、こういう洗礼は僕で十分です」
「ノナキーの尻拭い係ってこと?」
「言葉は違いますが・・・ある意味そうかも」
「ヘンなヤツよね。鼻つまみ者が・・!」
「あ、野中先生!」
「なに!」

彼女は反射的にタバコを消しにかかった。

「冗談ですよ。では」
「ちょい待ち、先生」
「はい?」
「先生は興味あるわけ?関東の・・」
「ああ、『センター』ですか」
「ええ。一応知りたくてね」
「別に興味は・・」
「そう。まあどうでもいいんだけど」
「先生方4人とも、かなり興味をもたれてるそうですね」
「3年に1回の人事だって?」
「ええ。具体的にどういうメリットがあるか僕には・・」
「ま、先生が興味ないのなら言おうか」
「え、ええ」
「最先端の臨床ができて、研究もできる」
「大学病院と同じですか・・?」
「でもスタッフが段違い。研究のレベルも。給与もね。そこに行けば、退職後はどの病院でも部長クラスでやってける」
「凄いですね・・」
「1つのステイタスね」
「先生、ひょっとして狙ってるとか・・?」
「まさか。私には無理よ。でも、一番優秀な若いドクターが行けるんでしょ?」
「らしいですね。3年目までのドクターならって聞いてます」
「じゃあみんなライバルってことね」
「1人しか行けませんからね」

僕はあまり知らないフリをしていたが、先月教授から直接聞いて知っていた。

3年目までのドクターで、『センター』を希望してなおかつ年数相応の優秀な成績をもつ者。

教授たちの選ぶその1名だけが、関東行きの切符を手に入れることができる。

これならば、医局を離れることなく束縛から逃れ、地位も名誉も与えられるわけか・・。

これをチャンスにしない手はなかった。

仕事を思い出し、病棟のカンファ室へ。コベンダーズへの指導までまだ時間があるので、それまで僕の復習の時間とすることにしよう。

夕方から、だんだん人が集まってきた。

どことなく緊迫した雰囲気になっている。それとも僕がそう思い込んでいるのか・・・。とにかく会話が全くない。

すると野中先生がカンファ室にいきなり入ってきた。
「救急が来る!AMIだ!」

みんな即座に立ち上がった。

イッツ、マイターンだ!

<つづく>

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