<オーベン&コベンダーズ 4-6 ナース・ベイダー(意味深) >
2004年8月27日しばらくして夜になり、みなカンファ室で内職をはじめた。
あと1時間で循環器カンファレンスがある、その準備だ。
マーブル先生も一通り指示を出し終えたようで、戻ってきた。
「よっしゃあ、今日は泊まるぞ!」
上機嫌だ。
「トシキ、オレは今日は弁当にする。一番いいのを頼んでくれ」
「はい」
「金はあとで請求しろ」
「はい」
「ただし!オレのだけだぞ」
「ええ」
マーブル先生、これまで僕の立て替えた弁当代、2万円・・どうなったんでしょうか。元オーベンは5万ほど貸しがありますが。
緒方先生はじっと黙って洋書「ニューイングランド・ジャーナル」を読んでいる。顔はアイルランド系だ。
仮面様顔貌で、どこか話しかけにくい人だ。
次々と助手・院生が現れ、みな道具を片付け始めた。
司会の野中先生が入ってきた。
「窪田先生は講演会に出られるので、僕らでやりましょう!では・・」
「あの、いいでしょうか・・」
新人ナースがいきなりカンファ室へやってきた。
「トシキ先生は・・」
「はい。僕ですが」
「患者さんの家族の方からお電話が」
「はい。行きます」
野中先生が呼びつけた。
「そんなの待たせろ、トシキ!」
「僕がさっき電話したばっかりなんで」
「さっさと済ませろよ!」
僕は廊下へ出た。
幼い顔立ちの、新人の子はクスッと笑った。
「何?ヘン?」
「いえ。先生って、全然平気なんですね」
「平気って?」
「野中先生すごく怖くて。婦長さんも怖がってますよ」
「そりゃ怖いよ、僕だって。でも言ってることは正しいからね」
「あたしなんかもう、見ただけでビビッてしまって」
「動揺すると、余計悪影響だしね」
用件を済ませ、またカンファ室へ戻った。
入る前に少し振り向いた。
どこか天然ぽくって、印象に残る子だ。
まわりのセカセカしたナースとは、違う。
おっと。僕は何を・・・。
カンファも終了、僕は点滴を準備しに、病棟の処置室に入った。
ジャンケンで負けて、僕1人が当番になったのだ。
「うわあ、今日もかなりある・・・!」
準備だけで1時間くらいはかかりそうだ。
そのとき、横にスッと新人のあのナースが現れた。
「手伝いましょうか・・?」
「え?」
「点滴を混ぜるくらいだったら・・」
「ああ。助かるよ」
その子はうつむき加減に、手際よくアンプルを手にとって準備を始めた。
彼女の手、細くて白いな・・・。要領はイマイチだけど、一生懸命だ。
少しだけ見とれていた。
「おっとと!」
危うくアンプルで手を切りかけた僕は、平常心に戻って準備を加速した。彼女のおかげで半分の時間で済んだ。
「ありがとう」
「いえ。これくらいしか・・」
「君の名前は?」
「名札の通りです。ここ・・」
「あ、そうか。一条・・」
「よろしくお願いします。先生には感心してます」
「僕が?どうして?」
「患者さんに対して熱意を持ってられるし。思いやりもあって」
「そこまで・・?嬉しいような・・でもやっぱり嬉しいような」
彼女は目を合わそうとしなかった。
しばらく沈黙が続いた。
「先生、今日も泊まりなんですか?」
「いや、帰ってるよ、夜中には」
「大学ではプライベートもないですね」
「ないね、確かに。でももうあとちょっとすれば・・・」
「?」
「い、いや、何でもない。たまには海にでも行きたいよ」
思ってもない言葉が口から出てきた。
「本当に?」
「山はもういい。富士山はきつかったし。ところで君は、どこか出かけたりする?」
「いえ。1人暮らしだし・・」
「そうか・・・」
僕は生まれて初めてだが、一か八か言ってみた。
「時間があったら、またどっか行きたいね」
「え?『また』って・・?」
「あ、いやいや。1回も行ってないよね。一体何言ってるんだろう?」
僕はそそくさと引き上げにかかろうとした。
「じゃ・・」
「?」
彼女が重そうに口を開いた。
「じゃば・・」
「ジャバ?」
「じゃあ・・」
「ジャー?」
「じゃ・・・じゃあ、連れてってください!」
彼女はタタター、と物凄い早足で逃げていった。
安静時でも息切れがした。NYHA-4度の心不全だ。
病院の窓の外は相変わらず・・・太陽が燃えている。
(『帝国のマーチ』を若干流してください)
<つづく>
あと1時間で循環器カンファレンスがある、その準備だ。
マーブル先生も一通り指示を出し終えたようで、戻ってきた。
「よっしゃあ、今日は泊まるぞ!」
上機嫌だ。
「トシキ、オレは今日は弁当にする。一番いいのを頼んでくれ」
「はい」
「金はあとで請求しろ」
「はい」
「ただし!オレのだけだぞ」
「ええ」
マーブル先生、これまで僕の立て替えた弁当代、2万円・・どうなったんでしょうか。元オーベンは5万ほど貸しがありますが。
緒方先生はじっと黙って洋書「ニューイングランド・ジャーナル」を読んでいる。顔はアイルランド系だ。
仮面様顔貌で、どこか話しかけにくい人だ。
次々と助手・院生が現れ、みな道具を片付け始めた。
司会の野中先生が入ってきた。
「窪田先生は講演会に出られるので、僕らでやりましょう!では・・」
「あの、いいでしょうか・・」
新人ナースがいきなりカンファ室へやってきた。
「トシキ先生は・・」
「はい。僕ですが」
「患者さんの家族の方からお電話が」
「はい。行きます」
野中先生が呼びつけた。
「そんなの待たせろ、トシキ!」
「僕がさっき電話したばっかりなんで」
「さっさと済ませろよ!」
僕は廊下へ出た。
幼い顔立ちの、新人の子はクスッと笑った。
「何?ヘン?」
「いえ。先生って、全然平気なんですね」
「平気って?」
「野中先生すごく怖くて。婦長さんも怖がってますよ」
「そりゃ怖いよ、僕だって。でも言ってることは正しいからね」
「あたしなんかもう、見ただけでビビッてしまって」
「動揺すると、余計悪影響だしね」
用件を済ませ、またカンファ室へ戻った。
入る前に少し振り向いた。
どこか天然ぽくって、印象に残る子だ。
まわりのセカセカしたナースとは、違う。
おっと。僕は何を・・・。
カンファも終了、僕は点滴を準備しに、病棟の処置室に入った。
ジャンケンで負けて、僕1人が当番になったのだ。
「うわあ、今日もかなりある・・・!」
準備だけで1時間くらいはかかりそうだ。
そのとき、横にスッと新人のあのナースが現れた。
「手伝いましょうか・・?」
「え?」
「点滴を混ぜるくらいだったら・・」
「ああ。助かるよ」
その子はうつむき加減に、手際よくアンプルを手にとって準備を始めた。
彼女の手、細くて白いな・・・。要領はイマイチだけど、一生懸命だ。
少しだけ見とれていた。
「おっとと!」
危うくアンプルで手を切りかけた僕は、平常心に戻って準備を加速した。彼女のおかげで半分の時間で済んだ。
「ありがとう」
「いえ。これくらいしか・・」
「君の名前は?」
「名札の通りです。ここ・・」
「あ、そうか。一条・・」
「よろしくお願いします。先生には感心してます」
「僕が?どうして?」
「患者さんに対して熱意を持ってられるし。思いやりもあって」
「そこまで・・?嬉しいような・・でもやっぱり嬉しいような」
彼女は目を合わそうとしなかった。
しばらく沈黙が続いた。
「先生、今日も泊まりなんですか?」
「いや、帰ってるよ、夜中には」
「大学ではプライベートもないですね」
「ないね、確かに。でももうあとちょっとすれば・・・」
「?」
「い、いや、何でもない。たまには海にでも行きたいよ」
思ってもない言葉が口から出てきた。
「本当に?」
「山はもういい。富士山はきつかったし。ところで君は、どこか出かけたりする?」
「いえ。1人暮らしだし・・」
「そうか・・・」
僕は生まれて初めてだが、一か八か言ってみた。
「時間があったら、またどっか行きたいね」
「え?『また』って・・?」
「あ、いやいや。1回も行ってないよね。一体何言ってるんだろう?」
僕はそそくさと引き上げにかかろうとした。
「じゃ・・」
「?」
彼女が重そうに口を開いた。
「じゃば・・」
「ジャバ?」
「じゃあ・・」
「ジャー?」
「じゃ・・・じゃあ、連れてってください!」
彼女はタタター、と物凄い早足で逃げていった。
安静時でも息切れがした。NYHA-4度の心不全だ。
病院の窓の外は相変わらず・・・太陽が燃えている。
(『帝国のマーチ』を若干流してください)
<つづく>
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