< オーベン&コベンダーズ 4-10 2度目は・・ >
2004年8月31日消化器レジデントは余裕たっぷりに教壇の黒板に背もたれた。
進行係の野中先生は総統と顔を合わせ、お互い困り果てた表情になった。
総統は横からレジデントの顔を覗き込んだ。
「この肺水腫の患者の、もと外来主治医は・・?」
「石井先生です。消化管グループの」
「で、今回は心不全の原因をどうと?」
「ですから!こうして先生方にご相談しようと思いまして医局長へ掛け合いました!よろしいでしょうか?そろそろ私もカンファの続き・・」
「ふざけるな、おい!」
野中先生が立ち上がり、いきなり机を蹴り倒した。向い合わせの学生のテーブルにぶつかり、数人の学生が背中を打撲した。
「お前らが心不全にしたんだろうが!」
「・・・・・」
レジデントは蛇に睨まれたように、呆然と立っていた。
「てめえら自分の仕事だけサッサとやりやがって!のんびりポリペクなんかするんじゃねえ!」
「しかしそれはカンファレンスで・・」
「こんな輸液の指示があるか!ナトリウムどれだけ入ってるのか分かってんのか!」
「77X3で・・・231メックです。17で割ると・・」
「入れすぎだろが!」
「で、でも入院時からナトリウムは低下してて・・」
「少ないから足すのか、このバカ!」
「バ、バカ?」
彼はショックを受けたようだ。たぶん生まれて初めて言われたのだろう。
総統は白衣を翻し、前の写真をみつめていた。
「貧血がもともとあって、心不全傾向がもともとあって・・・今回急性増悪。倦怠感が出現。そこへ入院後のポタコール1日3本ペースで心不全がさらに増悪。肺水腫。レベル低いなあ・・」
レジデントは頭を掻いていた。
「あのう・・・私もまだカンファの続きがありまして」
「出たらダメ。これアンタ、訴えられたら負けるよ」
「で、でも僕はオーベンにもきちんと報告して、カンファでも・・」
「カンファで・・?多分みんな、寝てたのよ」
「とにかく今は心疾患が主体ですので。改善した場合は当科でまたご紹介いただければ、と」
レジデントは出て行こうとしたが、石丸君が遮った。
「石丸君、悪いけどそこを・・」
「ダメだよ、まだ・・!」
「カンファのあと、抄読会の順番が・・!」
「待てってのに!」
2人はおしくらまんじゅう状態だ。
総統は呆れかえっていた。
「もういいですよ、石丸くん。放してやりなさい。キャッチアンド、リリース!」
「いえ、先生。まだ続きを!」
「これが戦国時代だったら、首はねてその首だけ返すところよ」
レジデントは恐れおののきながら、廊下へと出て行った。
その患者は即日、うちの病棟へ転科した。
今日も僕が進んで請け負った注射当番だ。
しかし、彼女はいないようだ。その影響ではないと思うが、
どうもうまくいかない。点滴漏れが数人。携帯で助けを求めた。
「鈴木先生か西条先生を」
3人でダッシュで終わらせ、僕は1人で後片付けしていた。
ようやく彼女が現れた。彼女ももう帰る準備のようだ。
「あ・・・」
「こんばんは!」
僕は場違いな挨拶をした。
「今日も当番なんですねー」
「そうだよ。ジャンケンに負けて」
「頑張ってください」
「うん・・」
僕は翼状針をハサミで切り離し、別々に捨てていった。
「あの・・」
「ん?」
「あの・・」
彼女は棒のように立ち尽くしている。
「どうした?」
「この前の件・・」
「この前の?」
「ドライブ行くっていう・・」
僕は詰所の中のナースを避けるべく、カーテンで仕切った。
「ああ、うんうん。行けるの?」
「8月のこの週なら・・・」
「ホントに?」
「いいです。空いてます」
1回目は撃墜。しかし2度目は・・なんとかなりそうだ。
向こうから鈴木・西条先生が歩いてきた。
やってくる前に僕はヒソヒソ声になった。
「じゃあまた!」
「はい!」
鈴木先生がやってきた。
「やっと終わったね、トシキ先生。僕のときも手伝ってよ」
「う、うん」
「どうしたの?震えてるような・・悪寒?」
「オカン?」
「最近、変だよ。前ほどの気迫がなくなった」
「だらしないかい?」
「ではないけど。なんか悩みでもあるのかなと・・ははあ。なるほど」
「うっ・・」
感づかれたか。
「『センター』、あきらめかけてるの?マーブル先生に押されて」
「なに?」
「マーブル先生が今のところ最有力候補だって、医局長が言ってたよ」
「槙原先生が?」
「彼は教授の講演会の準備やら、講師陣の外来の手伝いとかまでコマメにやってるらしいよ」
「僕はそこまでは・・」
「残念だな。対決が楽しみなのに」
「対決?」
「みんな噂してるよ。2人のどちらがトップになるのかって」
「よせよ。マーブル先生は3年目。僕は2年目。結果は目に見えてるよ」
「慌てるなって。次の重症が入ったら、思いっきり活躍すればいいじゃないか」
そうだった。うつつを抜かしている場合じゃない。ないんだけど・・。
<つづく>
進行係の野中先生は総統と顔を合わせ、お互い困り果てた表情になった。
総統は横からレジデントの顔を覗き込んだ。
「この肺水腫の患者の、もと外来主治医は・・?」
「石井先生です。消化管グループの」
「で、今回は心不全の原因をどうと?」
「ですから!こうして先生方にご相談しようと思いまして医局長へ掛け合いました!よろしいでしょうか?そろそろ私もカンファの続き・・」
「ふざけるな、おい!」
野中先生が立ち上がり、いきなり机を蹴り倒した。向い合わせの学生のテーブルにぶつかり、数人の学生が背中を打撲した。
「お前らが心不全にしたんだろうが!」
「・・・・・」
レジデントは蛇に睨まれたように、呆然と立っていた。
「てめえら自分の仕事だけサッサとやりやがって!のんびりポリペクなんかするんじゃねえ!」
「しかしそれはカンファレンスで・・」
「こんな輸液の指示があるか!ナトリウムどれだけ入ってるのか分かってんのか!」
「77X3で・・・231メックです。17で割ると・・」
「入れすぎだろが!」
「で、でも入院時からナトリウムは低下してて・・」
「少ないから足すのか、このバカ!」
「バ、バカ?」
彼はショックを受けたようだ。たぶん生まれて初めて言われたのだろう。
総統は白衣を翻し、前の写真をみつめていた。
「貧血がもともとあって、心不全傾向がもともとあって・・・今回急性増悪。倦怠感が出現。そこへ入院後のポタコール1日3本ペースで心不全がさらに増悪。肺水腫。レベル低いなあ・・」
レジデントは頭を掻いていた。
「あのう・・・私もまだカンファの続きがありまして」
「出たらダメ。これアンタ、訴えられたら負けるよ」
「で、でも僕はオーベンにもきちんと報告して、カンファでも・・」
「カンファで・・?多分みんな、寝てたのよ」
「とにかく今は心疾患が主体ですので。改善した場合は当科でまたご紹介いただければ、と」
レジデントは出て行こうとしたが、石丸君が遮った。
「石丸君、悪いけどそこを・・」
「ダメだよ、まだ・・!」
「カンファのあと、抄読会の順番が・・!」
「待てってのに!」
2人はおしくらまんじゅう状態だ。
総統は呆れかえっていた。
「もういいですよ、石丸くん。放してやりなさい。キャッチアンド、リリース!」
「いえ、先生。まだ続きを!」
「これが戦国時代だったら、首はねてその首だけ返すところよ」
レジデントは恐れおののきながら、廊下へと出て行った。
その患者は即日、うちの病棟へ転科した。
今日も僕が進んで請け負った注射当番だ。
しかし、彼女はいないようだ。その影響ではないと思うが、
どうもうまくいかない。点滴漏れが数人。携帯で助けを求めた。
「鈴木先生か西条先生を」
3人でダッシュで終わらせ、僕は1人で後片付けしていた。
ようやく彼女が現れた。彼女ももう帰る準備のようだ。
「あ・・・」
「こんばんは!」
僕は場違いな挨拶をした。
「今日も当番なんですねー」
「そうだよ。ジャンケンに負けて」
「頑張ってください」
「うん・・」
僕は翼状針をハサミで切り離し、別々に捨てていった。
「あの・・」
「ん?」
「あの・・」
彼女は棒のように立ち尽くしている。
「どうした?」
「この前の件・・」
「この前の?」
「ドライブ行くっていう・・」
僕は詰所の中のナースを避けるべく、カーテンで仕切った。
「ああ、うんうん。行けるの?」
「8月のこの週なら・・・」
「ホントに?」
「いいです。空いてます」
1回目は撃墜。しかし2度目は・・なんとかなりそうだ。
向こうから鈴木・西条先生が歩いてきた。
やってくる前に僕はヒソヒソ声になった。
「じゃあまた!」
「はい!」
鈴木先生がやってきた。
「やっと終わったね、トシキ先生。僕のときも手伝ってよ」
「う、うん」
「どうしたの?震えてるような・・悪寒?」
「オカン?」
「最近、変だよ。前ほどの気迫がなくなった」
「だらしないかい?」
「ではないけど。なんか悩みでもあるのかなと・・ははあ。なるほど」
「うっ・・」
感づかれたか。
「『センター』、あきらめかけてるの?マーブル先生に押されて」
「なに?」
「マーブル先生が今のところ最有力候補だって、医局長が言ってたよ」
「槙原先生が?」
「彼は教授の講演会の準備やら、講師陣の外来の手伝いとかまでコマメにやってるらしいよ」
「僕はそこまでは・・」
「残念だな。対決が楽しみなのに」
「対決?」
「みんな噂してるよ。2人のどちらがトップになるのかって」
「よせよ。マーブル先生は3年目。僕は2年目。結果は目に見えてるよ」
「慌てるなって。次の重症が入ったら、思いっきり活躍すればいいじゃないか」
そうだった。うつつを抜かしている場合じゃない。ないんだけど・・。
<つづく>
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