< オーベン&コベンダーズ 4-11 負けるな! >
2004年8月31日夜の11時だが、おなじみのメンバーはまだ誰も帰らない。
1年目の2人は僕に患者経過を報告していた。
石丸君からだ。
「消化器科から紹介された肺水腫の患者さん。緒方先生に、超音波してもらいましたが・・容量負荷は軽度だそうで、利尿はゆっくりやれと」
「心不全オンリーじゃない、かもしれないってことかな?」
「胸水は多いので、もっとガンガン利尿してもいいと思うんですが」
「・・・いや、いったんし始めた治療をまた気まぐれに変えると、評価がしにくくなるので。今は同じ治療の継続を」
「わかりました」
「明日もレントゲンを?」
「はい。座位で撮ります」
「頼む。長谷川さんは?」
「好中球減少が1人入りました。数は1200」
「熱はある?」
「出てます、39℃台。血液培養は静脈、動脈と出しました」
「いいと思う。そのあと抗生剤を?」
「オーベンからの指示で、カルバペネムを」
「好中球減少の原因はそこに書いてあるようだけど・・・薬剤?」
「はい。塩酸チクロピジンです」
「脳梗塞の患者?」
「いえ。狭心症で」
「予防か。初回投与?」
「そうです。内服数ヵ月後に」
「肺炎とかには?」
「それはないようです」
「クリーンルームに?」
「はい。G-CSFもいきました」
「明日もCBCを?」
「はい。確認します」
「いい機会だから、塗沫標本で直接見てもいいと思うよ」
「はい」
素直な子だ。
彼女は入院前のデータを余すところなく図式化していた。こういう癖をつけておくと、自ずとデータ整理が上手になる。
チェックを終えて、各オーベンへ連絡。みな料亭で豪勢に食事のようだ。
「・・・です。以上です」
実質的には僕が彼ら1年目のオーベンのような気がする。
しかし判断できない内容がまだ多い。
少しでもアイマイならカンファで提示すか、各オーベンへの判断に任せる。
毎日そこまで踏ん切りをつけないと、僕は家へ帰れない。
彼女とのデートの約束も、あと1週間に迫っていた。
消化器からの紹介は心不全ということだったが、利尿がついて心機能が改善したものの、かんじんの陰影・患者状態はいっこうに変わってなかった。アルブミン値は2.5g/dlと微妙な数値だ。
炎症反応も乏しい。しかし低栄養・老人のCRP(炎症反応)はあまりそのまま当てにはしてはいけない。CRPも蛋白の1つだからだ。
幸い血小板減少などのDIC兆候はない。
教授回診で、教授はフィルムを天井に向って透かした。
「いっこうに良くなりませんなあ」
主治医の石丸君は気まずそうに床を見つめていた。
「じゃあARDSということですかな?」
「はい、そこで鑑別の疾患を想定し・・」
「どれが考えられるのかな?」
「癌性リンパ管症、サイトメガロウイルスによる肺炎、もしくはそれ以外の肺炎・・・などです」
「マリグナンシー(悪性腫瘍)を1つずつ除外するのは、時間がかかるし大変ですなあ・・」
「はい・・・でもやります」
「うぬ?」
教授の前で「でも」「しかし」は、なしだ。
「心不全はほんとに除外したのかね?」
「はい」
「超音波っていうてもなあ。圧を直接測定したわけではないし」
「たしかにそうです」
「スワンガンツカテーテルを入れて、きちんと評価を」
「はっ」
「あと、窪田講師と相談して」
「ははっ」
「それではじめて心不全を除外できる。そのあとは呼吸器科と共診で」
「ははっ」
循環器の面々がおもむろに嫌そうな目つきにかわっていた。
呼吸器グループとタッグを組みたくないのだ。
呼吸器のメンバーにとっても同じだったに違いない。
石丸君は教授のアドバイスを書き込み、野中先生へ提言した。
「病棟医長。カテーテルは僕に入れさせてください!」
「お前が?まだ仕事初めて間もないだろ?」
「お願いします!」
「ダメだ。賛同できない」
「そこをなんとか!」
「3年目の俺たちでもそう機会はないんだ。この件は・・トシキ!」
「はい?」
「お前、やってみろ!」
「よ、よろしいですか?」
「IVH入れるようなもんだろ?ポイント稼ぎにもなるしな」
「そうですね。ありがとうございます」
最近僕はIVHもスムーズに入れれるようになり、少し慣れた気持ちでいた。今のところ6戦0敗だ。
野中先生はフィルムを見ている。
「肺がこんな状態だから、ソケイから入れるか?」
「しかし、留置のことを考えますと・・」
「確かにな。ソケイは菌が入りやすい。頸部で?」
「いえ。鎖骨下からしますよ」
「よし。じゃ、回診が終わったら・・・やってくれ!」
「はい!」
カテ室にてそれは行われた。だがIVHと同じ要領だ。
鎖骨下、消毒麻酔。穿刺。逆流あり。
間違いなく静脈だ。
皆が見てる。
5分で終わらせてやる。
測定を開始。
「じゃ、PA圧からいきます!」
記録された圧はいずれも正常範囲だった。
ただ今後輸液の追加、データ保存など医局の方針より、カテーテルは留置となった。
手袋を外し、廊下を出ると医局長がいた。
「上手くいったね」
「そ、そうでしょうか」
「マーブル大魔神に負けないように!」
「はい!」
主治医の石丸君は癌関係・ウイルス関連のデータの結果を待つ体制となった。
彼女とのデートまであと3日。あと3日しかない!
<つづく>
1年目の2人は僕に患者経過を報告していた。
石丸君からだ。
「消化器科から紹介された肺水腫の患者さん。緒方先生に、超音波してもらいましたが・・容量負荷は軽度だそうで、利尿はゆっくりやれと」
「心不全オンリーじゃない、かもしれないってことかな?」
「胸水は多いので、もっとガンガン利尿してもいいと思うんですが」
「・・・いや、いったんし始めた治療をまた気まぐれに変えると、評価がしにくくなるので。今は同じ治療の継続を」
「わかりました」
「明日もレントゲンを?」
「はい。座位で撮ります」
「頼む。長谷川さんは?」
「好中球減少が1人入りました。数は1200」
「熱はある?」
「出てます、39℃台。血液培養は静脈、動脈と出しました」
「いいと思う。そのあと抗生剤を?」
「オーベンからの指示で、カルバペネムを」
「好中球減少の原因はそこに書いてあるようだけど・・・薬剤?」
「はい。塩酸チクロピジンです」
「脳梗塞の患者?」
「いえ。狭心症で」
「予防か。初回投与?」
「そうです。内服数ヵ月後に」
「肺炎とかには?」
「それはないようです」
「クリーンルームに?」
「はい。G-CSFもいきました」
「明日もCBCを?」
「はい。確認します」
「いい機会だから、塗沫標本で直接見てもいいと思うよ」
「はい」
素直な子だ。
彼女は入院前のデータを余すところなく図式化していた。こういう癖をつけておくと、自ずとデータ整理が上手になる。
チェックを終えて、各オーベンへ連絡。みな料亭で豪勢に食事のようだ。
「・・・です。以上です」
実質的には僕が彼ら1年目のオーベンのような気がする。
しかし判断できない内容がまだ多い。
少しでもアイマイならカンファで提示すか、各オーベンへの判断に任せる。
毎日そこまで踏ん切りをつけないと、僕は家へ帰れない。
彼女とのデートの約束も、あと1週間に迫っていた。
消化器からの紹介は心不全ということだったが、利尿がついて心機能が改善したものの、かんじんの陰影・患者状態はいっこうに変わってなかった。アルブミン値は2.5g/dlと微妙な数値だ。
炎症反応も乏しい。しかし低栄養・老人のCRP(炎症反応)はあまりそのまま当てにはしてはいけない。CRPも蛋白の1つだからだ。
幸い血小板減少などのDIC兆候はない。
教授回診で、教授はフィルムを天井に向って透かした。
「いっこうに良くなりませんなあ」
主治医の石丸君は気まずそうに床を見つめていた。
「じゃあARDSということですかな?」
「はい、そこで鑑別の疾患を想定し・・」
「どれが考えられるのかな?」
「癌性リンパ管症、サイトメガロウイルスによる肺炎、もしくはそれ以外の肺炎・・・などです」
「マリグナンシー(悪性腫瘍)を1つずつ除外するのは、時間がかかるし大変ですなあ・・」
「はい・・・でもやります」
「うぬ?」
教授の前で「でも」「しかし」は、なしだ。
「心不全はほんとに除外したのかね?」
「はい」
「超音波っていうてもなあ。圧を直接測定したわけではないし」
「たしかにそうです」
「スワンガンツカテーテルを入れて、きちんと評価を」
「はっ」
「あと、窪田講師と相談して」
「ははっ」
「それではじめて心不全を除外できる。そのあとは呼吸器科と共診で」
「ははっ」
循環器の面々がおもむろに嫌そうな目つきにかわっていた。
呼吸器グループとタッグを組みたくないのだ。
呼吸器のメンバーにとっても同じだったに違いない。
石丸君は教授のアドバイスを書き込み、野中先生へ提言した。
「病棟医長。カテーテルは僕に入れさせてください!」
「お前が?まだ仕事初めて間もないだろ?」
「お願いします!」
「ダメだ。賛同できない」
「そこをなんとか!」
「3年目の俺たちでもそう機会はないんだ。この件は・・トシキ!」
「はい?」
「お前、やってみろ!」
「よ、よろしいですか?」
「IVH入れるようなもんだろ?ポイント稼ぎにもなるしな」
「そうですね。ありがとうございます」
最近僕はIVHもスムーズに入れれるようになり、少し慣れた気持ちでいた。今のところ6戦0敗だ。
野中先生はフィルムを見ている。
「肺がこんな状態だから、ソケイから入れるか?」
「しかし、留置のことを考えますと・・」
「確かにな。ソケイは菌が入りやすい。頸部で?」
「いえ。鎖骨下からしますよ」
「よし。じゃ、回診が終わったら・・・やってくれ!」
「はい!」
カテ室にてそれは行われた。だがIVHと同じ要領だ。
鎖骨下、消毒麻酔。穿刺。逆流あり。
間違いなく静脈だ。
皆が見てる。
5分で終わらせてやる。
測定を開始。
「じゃ、PA圧からいきます!」
記録された圧はいずれも正常範囲だった。
ただ今後輸液の追加、データ保存など医局の方針より、カテーテルは留置となった。
手袋を外し、廊下を出ると医局長がいた。
「上手くいったね」
「そ、そうでしょうか」
「マーブル大魔神に負けないように!」
「はい!」
主治医の石丸君は癌関係・ウイルス関連のデータの結果を待つ体制となった。
彼女とのデートまであと3日。あと3日しかない!
<つづく>
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