< オーベン&コベンダーズ 4-12 主治医・クビ! >
2004年9月1日昼ごはん前。
病棟医長の野中先生がドアから顔だけ出した。
「トシキ、新入院。喘息だ」
「はい」
「感染がきっかけで増悪したようだ。外来主治医は助教授」
「わかりました」
そこにいる1年目の石丸君を、野中先生は見つけた。
「あ、主治医は変更。お前!」
「え?」
「ナンバー1になりたいだろう?」
「いえ、そんな・・」
「石丸は重症けっこう持ってるな。だが喜べ。もっと忙しくしてやるから」
「・・・・・」
彼の机の上は収拾がつかないほどに散乱している。
「急いでグラム染色やれ!他の先生ともよく相談して!」
「は、はい!」
「トシキ!チューベンとして今から指導しろ」
「わかりました!」
もう2時間。
彼はグラム染色を2回やったが、どうもうまくいかないようだ。トイレ行ってる隙に覗かせてもらった顕微鏡で見えるのは、ただただ紫の湖だけだ。
やがて彼が現れた。
「先生すみません。グラム染色したのですが、どうもうまくできなくて・・」
「ウソだろう?学生のときにやっただろう?」
「いいえ。入局したときに1回だけしました」
「参ったな。じゃ、教えるよ・・」
結果からインフルエンザ桿菌が疑われた。
僕は時計とにらめっこしている。次の仕事がある。
「石丸君、もういい。抗生剤を決めよう。この患者は・・」
「42歳男性です。喘息の既往が・・」
「外来でまさか、治療はされてないよね?」
「ステロイドが入ってます。抗生剤はモダシンが・・」
「あ。やられた」
「?」
「こっちはせっかく患者の素の状態を見てから投薬なり計画立てようと思ったのに・・」
検査以前に治療が開始されてしまっている。抗生剤いってから培養とるみたいにお粗末なものだ。
「助教授の指示だ。仕方ないね」
「では、この治療をそのまま続けるということで・・」
「安静を守らせて、治療は現状ってことだね」
「トシキ先生、レントゲンとCTを・・」
「困ったな。時間がない。オーベンに見てもらって!」
僕はそのままバイトへ出かけた。
民間病院の寝当直。
近々予定の抄読会の準備をしなくてはならない・・・・・。
ならないが・・・。横になったとたん、激しい眠気が。
そして時々ちらつくあの子の笑顔。
早く待ち合わせ場所と、時間とか決めなきゃ。でも、こんなに忙しくて果たして行けるのか・・・?
そのまま眠りに落ちた。
早朝、ポケベルが鳴った。この番号は・・病棟医長?引き続き、携帯が鳴った。
「トシキ!お前ちゃんと指導しているのか!」
野中先生からだ。
「え?」
「石丸のカルテ見てるが、あいつ喘息患者の分、ほとんど書いてない!」
「石丸君・・どこに?」
「今日はまだ現れてないみたいだぞ!」
朝の9時半。
「体調でも悪いんでしょうか・・」
「患者に聞いたら、最近あまり顔を出してないらしいしな。お前、チェックはしてたのか!」
しかしそれはオーベンの役目だ。
「3日前には・・」
「ダメだよお前!毎日チェックしないと!」
「オーベンは・・」
「オーベンの前にお前の指導が要るんだよ!」
そうなのかなあ・・・。
結局石丸君は朝の11時に現れた。
デューティの呼吸機能検査は助手の先生がしてくれていた。
僕と野中先生は昼過ぎに彼をカンファ室へ呼び出した。
彼は青白い顔をして入ってきた。
「すみません・・・」
野中先生は決して容赦しなかった。
「何、してたんだよ?何を?え?」
「起きたらもう10時廻ってて・・」
「起きたら、だと?何、朝寝坊してんだよ!小学生か!てめえは社会人だろ!」
「目覚ましをかけるのをうっかり・・」
「言い訳言い訳!そんなの!お前のせいでどんなに皆が迷惑したか・・!患者にも迷惑かけやがって!」
「申し訳ありません」
「謝ってすむことか!入院患者もロクに見ずに!患者の入院費、払え!」
「・・・・・・」
「俺らのときはもっとひどかったんだぞ!これくらいで音を上げるな!」
野中先生の声が病棟中に響き渡った。
僕にはどうすることもできなかった。
「何がセンターだ、何がトップだ?そんなものに魅力を感じてどうする?それにそんなとこ、お前にとって100年早いぜ!」
「・・・・・」
「入院患者って、重症3名とあと6人だけだろ?」
「・・・はい」
「これで限界か?なあ」
「いえ!限界では」
「じゃあなんで遅れて来るんだよ!俺たちへのあてつけか?」
「そんな!」
「喘息患者は、もうお前に診てもらうのは嫌だと言ってる!
先日トシキがカテーテルを留置した肺水腫の主治医も、降りてもらうからな!」
『診てもらうのは嫌』って、野中先生。そんなウソまで言わなくても・・。
石丸君は肩を奮わせはじめた。
喘息の患者さん、先日のARDSの患者さんの主治医は、こうして僕にとって代わられた。
いつものように、僕は注射当番の準備中、彼女を待っていた。
運良く出くわし、デートの待ち合わせ場所・時間の打ち合わせにかかった。
「先生、わかりました」
「くれぐれも、ナイショで」
「はい。待ち合わせはここでいいんですね?」
「そう。来れない時は・・・ここへ電話を」
「わかりました」
妙に丁寧だと、全然デートという気がしない。彼女、なんか事務的なんだよなあ・・。
その日はもう目前にと迫っていた。
病棟医長の野中先生がドアから顔だけ出した。
「トシキ、新入院。喘息だ」
「はい」
「感染がきっかけで増悪したようだ。外来主治医は助教授」
「わかりました」
そこにいる1年目の石丸君を、野中先生は見つけた。
「あ、主治医は変更。お前!」
「え?」
「ナンバー1になりたいだろう?」
「いえ、そんな・・」
「石丸は重症けっこう持ってるな。だが喜べ。もっと忙しくしてやるから」
「・・・・・」
彼の机の上は収拾がつかないほどに散乱している。
「急いでグラム染色やれ!他の先生ともよく相談して!」
「は、はい!」
「トシキ!チューベンとして今から指導しろ」
「わかりました!」
もう2時間。
彼はグラム染色を2回やったが、どうもうまくいかないようだ。トイレ行ってる隙に覗かせてもらった顕微鏡で見えるのは、ただただ紫の湖だけだ。
やがて彼が現れた。
「先生すみません。グラム染色したのですが、どうもうまくできなくて・・」
「ウソだろう?学生のときにやっただろう?」
「いいえ。入局したときに1回だけしました」
「参ったな。じゃ、教えるよ・・」
結果からインフルエンザ桿菌が疑われた。
僕は時計とにらめっこしている。次の仕事がある。
「石丸君、もういい。抗生剤を決めよう。この患者は・・」
「42歳男性です。喘息の既往が・・」
「外来でまさか、治療はされてないよね?」
「ステロイドが入ってます。抗生剤はモダシンが・・」
「あ。やられた」
「?」
「こっちはせっかく患者の素の状態を見てから投薬なり計画立てようと思ったのに・・」
検査以前に治療が開始されてしまっている。抗生剤いってから培養とるみたいにお粗末なものだ。
「助教授の指示だ。仕方ないね」
「では、この治療をそのまま続けるということで・・」
「安静を守らせて、治療は現状ってことだね」
「トシキ先生、レントゲンとCTを・・」
「困ったな。時間がない。オーベンに見てもらって!」
僕はそのままバイトへ出かけた。
民間病院の寝当直。
近々予定の抄読会の準備をしなくてはならない・・・・・。
ならないが・・・。横になったとたん、激しい眠気が。
そして時々ちらつくあの子の笑顔。
早く待ち合わせ場所と、時間とか決めなきゃ。でも、こんなに忙しくて果たして行けるのか・・・?
そのまま眠りに落ちた。
早朝、ポケベルが鳴った。この番号は・・病棟医長?引き続き、携帯が鳴った。
「トシキ!お前ちゃんと指導しているのか!」
野中先生からだ。
「え?」
「石丸のカルテ見てるが、あいつ喘息患者の分、ほとんど書いてない!」
「石丸君・・どこに?」
「今日はまだ現れてないみたいだぞ!」
朝の9時半。
「体調でも悪いんでしょうか・・」
「患者に聞いたら、最近あまり顔を出してないらしいしな。お前、チェックはしてたのか!」
しかしそれはオーベンの役目だ。
「3日前には・・」
「ダメだよお前!毎日チェックしないと!」
「オーベンは・・」
「オーベンの前にお前の指導が要るんだよ!」
そうなのかなあ・・・。
結局石丸君は朝の11時に現れた。
デューティの呼吸機能検査は助手の先生がしてくれていた。
僕と野中先生は昼過ぎに彼をカンファ室へ呼び出した。
彼は青白い顔をして入ってきた。
「すみません・・・」
野中先生は決して容赦しなかった。
「何、してたんだよ?何を?え?」
「起きたらもう10時廻ってて・・」
「起きたら、だと?何、朝寝坊してんだよ!小学生か!てめえは社会人だろ!」
「目覚ましをかけるのをうっかり・・」
「言い訳言い訳!そんなの!お前のせいでどんなに皆が迷惑したか・・!患者にも迷惑かけやがって!」
「申し訳ありません」
「謝ってすむことか!入院患者もロクに見ずに!患者の入院費、払え!」
「・・・・・・」
「俺らのときはもっとひどかったんだぞ!これくらいで音を上げるな!」
野中先生の声が病棟中に響き渡った。
僕にはどうすることもできなかった。
「何がセンターだ、何がトップだ?そんなものに魅力を感じてどうする?それにそんなとこ、お前にとって100年早いぜ!」
「・・・・・」
「入院患者って、重症3名とあと6人だけだろ?」
「・・・はい」
「これで限界か?なあ」
「いえ!限界では」
「じゃあなんで遅れて来るんだよ!俺たちへのあてつけか?」
「そんな!」
「喘息患者は、もうお前に診てもらうのは嫌だと言ってる!
先日トシキがカテーテルを留置した肺水腫の主治医も、降りてもらうからな!」
『診てもらうのは嫌』って、野中先生。そんなウソまで言わなくても・・。
石丸君は肩を奮わせはじめた。
喘息の患者さん、先日のARDSの患者さんの主治医は、こうして僕にとって代わられた。
いつものように、僕は注射当番の準備中、彼女を待っていた。
運良く出くわし、デートの待ち合わせ場所・時間の打ち合わせにかかった。
「先生、わかりました」
「くれぐれも、ナイショで」
「はい。待ち合わせはここでいいんですね?」
「そう。来れない時は・・・ここへ電話を」
「わかりました」
妙に丁寧だと、全然デートという気がしない。彼女、なんか事務的なんだよなあ・・。
その日はもう目前にと迫っていた。
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