< オーベン&コベンダーズ 4-16 神よ、救い給え・・! >
2004年9月1日僕はいつものように、患者の診察、続いて経過・所見のまとめにかかった。
18時。
「えーと、内服は・・」
カンファ室にいきなり野中先生が入ってきた。
「おやおや。今日はもう内職ですか?」
「え・・ええ。この前は申し訳ありませんでした」
「こっちは教授のゲストの接待係、学生の授業の準備・・・大変だったぞ」
「すみません、手伝えなくて」
「自分の持ち場が片付いたら、ほかも手伝ってくれよ」
「・・・すみません。バタバタしてまして」
「それはそれ。業務はみんなで協力して終わらなきゃな。抜け駆けは許さん」
野中先生は「とっとと帰るな」ということを遠まわしで言ってるのだろう。
野中先生はカルテを覗いている。
「肺炎?」
「そこのCTがそうです。右下肺に浸潤影」
「ああ・・あるな」
「中葉症候群ですかね。でも喘息の音も聞こえます」
「さあな。呼吸器の事はオレに聞くな」
「グラム染色しましたが、今日はうまくできなかったです」
「珍しいな。やってやろうか?1回千円で」
「いえいえ。そんな!」
「今回のグラム染色がうまくいってないのは、お前の手を見りゃわかる」
両手指、紫色だ。
「トシキ。自分を染色してどうする?ハッハハ・・」
小休止のあと、野中先生は尋ねた。
「最近お前、どうしたんだ?」
「えっ?」
「過労でかなり疲れてんだろうな。それは分かる。ストレスの塊だ」
「先生もストレスは?」
「あるが、まあ食事も女が作ってくれるし、遊びたいときは遊んでくれるし」
野中先生の女性関係は相変わらず派手だった。
いきなりあの子がカンファ室へやってきた。
「す、すみません!」
「え?」
みんなでディスカッションする中、僕は即座に反応した。
「カテーテルが抜けてしまって・・!」
「なんだって?」
この前スワン・ガンツカテーテルを留置した患者さんだ。石丸君が主治医だったが、
クビになって僕にバトンタッチしていた。各種ウイルス検査は陰性。悪性腫瘍に関してはマーカー
陰性、喀痰細胞診陰性。CTは限界があり撮れてない状態だった。
つまり宙ぶらりんの状態が続いていた。抗生剤も漫然といってるが効果ないようだった。
僕は個室へと駆けつけた。
「ほんとだ・・」
カテーテルは床に落ちていた。刺入部にガーゼが置いてある。
「何だよ、ガーゼ置くだけで!止血しないと!」
僕は押さえにかかった。
彼女はすまなさそうに入り口に立っていた。
かなり焦りまくっている。
「すみません、すみません・・。」
「しかし、どうして?」
「し、シーツ交換の際に体位を変えたんですが、そのときカテーテルが引っ張られて・・」
「それで抜けたのか・・・」
だが、僕の固定が甘かったのかもしれない。
僕はカンファ室の同期3人に連絡した。
「すまないが、カテが抜けた。今から入れ換えようと思う」
すぐに3人は来てくれた。
島先生はさっそく準備にかかった。
「カテ室でやらなくて、いいですか?」
「なあに、同じ場所に入れればいいわけだし。ここでやれるよ」
彼女は入り口で突っ立っていた。
「だ、大丈夫でしょうか・・・」
「ああ。こんなケース。前にもあったしね!」
彼女に自分をよく見せようとしていたことは否定できない。
2人の助っ人が到着。
西条先生が介助についてくれた。
おとなしい鈴木先生は腕組みして見学。
西条先生は要領よく注射器やセットを次々に用意した。
島先生が詰所からカテーテルを持ってきた。
「トシキ、これでいいな?」
「ああ」
「これも5分でやるか?」
「3分だな!」
僕はあまり緊張感を感ずることなく、局所麻酔にかかった。
ためしの逆流は・・・・ないな。
しかし、ここからまた入るはずだ。さっきまでカテが入ってたんだし。
逆流をもう1度確認。少し帰ってくる。
「さ、いくぞ」
僕は太く長い穿刺針を差し込んだ。すると・・・
「うわっ?」
物凄い勢いで血液が返ってきた。真っ赤だ。静脈じゃない、動脈血だ。
続いてエア(空気)がボコッと戻ってきた。
「と、と・・・!」
反射的に針を引っこ抜き、止血のため押さえた。
「ふう・・・」
鈴木先生がモニターを見つめた。
「なんか、変じゃないですか・・・?」
僕らはみなモニターを覗き込んだ。
Aラインの血圧が、徐々に低下してきている。
脈もかなり促迫している。VPCも。
意識レベル200は300へと変わっていた。
僕はすぐ頭に浮かんだ。
『血気胸かもしれない・・?』
僕はみんなの顔を見渡した。みな無反応だ。
僕はまだ経験がない。
「れ、レントゲンを・・」
鈴木先生は少し焦っていた。
「ここのレントゲンじゃ、かなり遅くなるよ」
「で、でも・・」
「酸素が落ちてる!」
アンビュー10リットルでSpO2 95%をキープしていたものの、今は80台へ下降中だ。
「島君!酸素を増やして!」
「15!これが限界だ!」
だがどうも上がってくる様子はない。
西条先生は急いで人を呼びに向った。
僕は完全にパニックになってしまっていた。
針つき注射器を取り出した。
「こ、これで刺したほうが・・し、しかし!」
そんな勇気がない。
島君は聴診器を当てている。
「呼吸音、たしかに右は弱い」
「ほ、細い針で刺そうか・・・細い針は?」
例のナースの子はあわてて処置台の引き出しを開けた。
引っ張りすぎて引き出しごと床に物品が散らばった。
と、ドアの向こうから田島先生が現れた。欝っぽい緒方先生もだ。
「どきなさい!」
さらに後ろから西条先生が超音波を持ってきた。
彼はベッドサイドへそれを運んできた。
田島先生がプローブを当てている。
「やはり血気胸だね!やっちゃったね!」
緒方先生がプローブを奪い、観察。
「手袋する暇ないね。ドレーン出して」
田島先生は既にドレーンを両手で持ち、構えていた。
「挿管の準備!」
オオ、ガッド!
<つづく>
18時。
「えーと、内服は・・」
カンファ室にいきなり野中先生が入ってきた。
「おやおや。今日はもう内職ですか?」
「え・・ええ。この前は申し訳ありませんでした」
「こっちは教授のゲストの接待係、学生の授業の準備・・・大変だったぞ」
「すみません、手伝えなくて」
「自分の持ち場が片付いたら、ほかも手伝ってくれよ」
「・・・すみません。バタバタしてまして」
「それはそれ。業務はみんなで協力して終わらなきゃな。抜け駆けは許さん」
野中先生は「とっとと帰るな」ということを遠まわしで言ってるのだろう。
野中先生はカルテを覗いている。
「肺炎?」
「そこのCTがそうです。右下肺に浸潤影」
「ああ・・あるな」
「中葉症候群ですかね。でも喘息の音も聞こえます」
「さあな。呼吸器の事はオレに聞くな」
「グラム染色しましたが、今日はうまくできなかったです」
「珍しいな。やってやろうか?1回千円で」
「いえいえ。そんな!」
「今回のグラム染色がうまくいってないのは、お前の手を見りゃわかる」
両手指、紫色だ。
「トシキ。自分を染色してどうする?ハッハハ・・」
小休止のあと、野中先生は尋ねた。
「最近お前、どうしたんだ?」
「えっ?」
「過労でかなり疲れてんだろうな。それは分かる。ストレスの塊だ」
「先生もストレスは?」
「あるが、まあ食事も女が作ってくれるし、遊びたいときは遊んでくれるし」
野中先生の女性関係は相変わらず派手だった。
いきなりあの子がカンファ室へやってきた。
「す、すみません!」
「え?」
みんなでディスカッションする中、僕は即座に反応した。
「カテーテルが抜けてしまって・・!」
「なんだって?」
この前スワン・ガンツカテーテルを留置した患者さんだ。石丸君が主治医だったが、
クビになって僕にバトンタッチしていた。各種ウイルス検査は陰性。悪性腫瘍に関してはマーカー
陰性、喀痰細胞診陰性。CTは限界があり撮れてない状態だった。
つまり宙ぶらりんの状態が続いていた。抗生剤も漫然といってるが効果ないようだった。
僕は個室へと駆けつけた。
「ほんとだ・・」
カテーテルは床に落ちていた。刺入部にガーゼが置いてある。
「何だよ、ガーゼ置くだけで!止血しないと!」
僕は押さえにかかった。
彼女はすまなさそうに入り口に立っていた。
かなり焦りまくっている。
「すみません、すみません・・。」
「しかし、どうして?」
「し、シーツ交換の際に体位を変えたんですが、そのときカテーテルが引っ張られて・・」
「それで抜けたのか・・・」
だが、僕の固定が甘かったのかもしれない。
僕はカンファ室の同期3人に連絡した。
「すまないが、カテが抜けた。今から入れ換えようと思う」
すぐに3人は来てくれた。
島先生はさっそく準備にかかった。
「カテ室でやらなくて、いいですか?」
「なあに、同じ場所に入れればいいわけだし。ここでやれるよ」
彼女は入り口で突っ立っていた。
「だ、大丈夫でしょうか・・・」
「ああ。こんなケース。前にもあったしね!」
彼女に自分をよく見せようとしていたことは否定できない。
2人の助っ人が到着。
西条先生が介助についてくれた。
おとなしい鈴木先生は腕組みして見学。
西条先生は要領よく注射器やセットを次々に用意した。
島先生が詰所からカテーテルを持ってきた。
「トシキ、これでいいな?」
「ああ」
「これも5分でやるか?」
「3分だな!」
僕はあまり緊張感を感ずることなく、局所麻酔にかかった。
ためしの逆流は・・・・ないな。
しかし、ここからまた入るはずだ。さっきまでカテが入ってたんだし。
逆流をもう1度確認。少し帰ってくる。
「さ、いくぞ」
僕は太く長い穿刺針を差し込んだ。すると・・・
「うわっ?」
物凄い勢いで血液が返ってきた。真っ赤だ。静脈じゃない、動脈血だ。
続いてエア(空気)がボコッと戻ってきた。
「と、と・・・!」
反射的に針を引っこ抜き、止血のため押さえた。
「ふう・・・」
鈴木先生がモニターを見つめた。
「なんか、変じゃないですか・・・?」
僕らはみなモニターを覗き込んだ。
Aラインの血圧が、徐々に低下してきている。
脈もかなり促迫している。VPCも。
意識レベル200は300へと変わっていた。
僕はすぐ頭に浮かんだ。
『血気胸かもしれない・・?』
僕はみんなの顔を見渡した。みな無反応だ。
僕はまだ経験がない。
「れ、レントゲンを・・」
鈴木先生は少し焦っていた。
「ここのレントゲンじゃ、かなり遅くなるよ」
「で、でも・・」
「酸素が落ちてる!」
アンビュー10リットルでSpO2 95%をキープしていたものの、今は80台へ下降中だ。
「島君!酸素を増やして!」
「15!これが限界だ!」
だがどうも上がってくる様子はない。
西条先生は急いで人を呼びに向った。
僕は完全にパニックになってしまっていた。
針つき注射器を取り出した。
「こ、これで刺したほうが・・し、しかし!」
そんな勇気がない。
島君は聴診器を当てている。
「呼吸音、たしかに右は弱い」
「ほ、細い針で刺そうか・・・細い針は?」
例のナースの子はあわてて処置台の引き出しを開けた。
引っ張りすぎて引き出しごと床に物品が散らばった。
と、ドアの向こうから田島先生が現れた。欝っぽい緒方先生もだ。
「どきなさい!」
さらに後ろから西条先生が超音波を持ってきた。
彼はベッドサイドへそれを運んできた。
田島先生がプローブを当てている。
「やはり血気胸だね!やっちゃったね!」
緒方先生がプローブを奪い、観察。
「手袋する暇ないね。ドレーン出して」
田島先生は既にドレーンを両手で持ち、構えていた。
「挿管の準備!」
オオ、ガッド!
<つづく>
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