「ダメです。自分で調べるように」

みな笑いながら出て行った。
マーブル先生が後ろからやってきた。
「なあトシキ。ところでアレって何?」
「さあ・・」
田島先生がフィルム袋を持ったまま走っていく。
「あんたらアタマ、大丈夫!」

後日、PIE症候群と診断。こんな教科書程度の話が分からなかったりするようでは・・・。

僕の患者さんはもう1人、いた。
「66歳女性。甲状腺機能低下」
「ハイポ、ですかな・・循環器系のほうは?」
「心電図はこれです。特徴的な低電位もありません。ブロックもなし」
「ふうむ・・・カテのデータは・・」
「今回はカテは予定はなく・・」
「治療はこれからですな?」
「はい」
「治療の前後で、右心カテのデータを。三品君に協力してもらって」
「はい・・・」

またカテーテルか。イヤだな・・。

三品先生がしぶしぶと近づいてきた。
「トシキ、あのな・・・もういいよ。しなくても」
「え?でも・・」
「意味がない」
「でも今、教授から・・」
「次の回診からは、『解析中です』とか言っとけ」
「?」
「教授のことだから大丈夫。明日にはもう忘れてる。それにお前・・スランプだろ?」
「・・・・・」

教授は学生さんに質問している。リーダー格の男子学生が答える。
「甲状腺機能低下は、血圧は・・・」
「はい、上がります」
「それは、何がどうなるから上がるんかいな?」
「・・・心臓の、拍出量が・・」
「それはむしろ、下がるでしょ?」
「あ・・・」
「じゃあもう1つの因子が増えるから、ということになりますな」
「っと・・・・・」
「血圧を決める、もう1つの因子ですよ」
「血管抵抗・・」
「そう!このグループはよくできるね」

教授は出て行った。
学生達はフーッとため息をついていた。
「怖かったよー。対策ノート、やっぱいいわ、これ」

回診が終わり、みなカンファ室へ集まった。
医局長が入ってきた。
「あ、みんな。そのまま聞いてください」

みな一斉に注目した。
「これから地方会の準備に出かけます!レジデントの方々は・・・大丈夫ですか?時間と場所?」

僕らはもう打ち合わせていた。
「車2台で行きます」
「そうか。偉い先生方にもご挨拶しないといけないので。服装もきちんと!」

みなそのためにスーツを用意していた。

約束の時間。駐車場では次々と車が出て行く。学会自体は明日からで、僕らはその準備を手伝いに近隣の会場まで出向く。医師会の会場であり、そこにはOBの先生方が多数常勤している。

水野が機材を背負って車に近づいてきた。石丸君も荷物をかかえている。
「トランク、入るか?」
「入れて。ただしCDチェンジャーには入れないように!」
「この車は土禁か?」
「いや」
「長谷川・・・何やってる?」
「トイレだろ。女のトイレは長い」
「まったくだ。じゃ、先に乗る」

やっと長谷川さんが来た。
「じゃ、行くよ」
クラッチをゆっくりずらしながら、アクセルをふかした。

車は街を抜け、海が少し見える国道へ出た。周りにほとんど車はない。

「海か。久しぶりだ」

みんな眠っている。

この前、あのままデートしていたらこの海まで来ているはずだった。のに・・。
「いけないいけない!」
そうだ。今はあの患者さんを治さないと・・!
僕は雑念を振り払った。

車はすぐに会場へ到着した。
荷物を持って、入り口へ。
すでに宴会が始まっているようだ。

大きな会議室には40人くらいが長いすに腰掛けていた。
弁当も食べ終わって、びんビールが無数に置いてある。
大きな笑い声が響く。

僕らは助教授を見つけた。
「あ、先生・・・」
助教授は顔を真っ赤にして笑っていた。
「はっはは、は?おう!来た来た!レジデント諸君!」

すると周囲の3,4人がいきなりその場を立ち上がって席を譲り始めた。
みんな気遣いが過ぎるのか、それとも助教授から逃れたいのか。
「そこ、座れ!」
助教授は会議室の隅まで歩き、かなり年老いた老人を連れて来た。
アタマは完全に禿げており、杖歩行だ。
「ささ、どうぞ!」

僕らは助教授とその老人と向かい合った。
「ほら、立って挨拶しないか!自己紹介!」
僕らは誰かも知らないまま、1人ずつ挨拶した。

「すわれ!この方は、君らのOBでわしの恩師でもある名誉教授だ!」
名誉教授は少し微笑んだ。
「いやあ、今は名誉も何も・・」
「何をおっしゃいますか、先生。先生は貴重な方ですから。こうしてわざわざ残っていただいたのが
申し訳ないくらいで」
「それは気にしとらんよ。ただ・・」
「ただ・・?」
「晩ご飯がこの『から揚げ弁当』っちゅうのがのう!わっはは!」
「から・・・?あああ!失礼をばいたしましたあ!」

助教授は真っ青だ。空中で土下座までしている。

「わっはは。いい、いい。そう頭下げなさんな。病院ではいつも上げとるくせに!
ハゲ隠して?それはわしか?わっははは!」
「は・・・はっはは!」
助教授も少しずつ笑い始めた。
「レジデントの君らにも分かると思うが、この男は気が小さくて臆病でな」

僕らは冷や汗加減で頭を小刻みに横に振った。

「ついでにタマもな!うわっははははは!」
知らない間に会場が爆笑の渦に包まれていた。豪快な人だ。

僕は名誉教授にお願いした。
「ではこれより、2階の会場で準備を・・」
「ああ、ありがとう。なんなら・・」
名誉教授は助教授の腰に後ろから杖でたたいた。

「この男も使っていいぞ!うわっはははははは!」
また爆笑の渦になる中、僕らは2階まで上がっていった。

次回、完結。

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