「ピントはこういった感じかな・・?」
水野は高台からプロジェクターを投影していた。
僕はスライドを確認中。
「色がぬけてるのがあるけど・・・なんとかいけそう」
森さんは掃除。石丸・長谷川さんは演者の名前を筆で書いている。

僕はふとそこに置いてあるプログラムを見つけた。
「症例報告だな、ほとんど・・タイトルはほとんどが、『・・・の1例』だ」
演者の名前には、三品先生、安井先生があった。

水野もそれに目をやった。
「おいトシキ!発表の名前の中に、俺たちの名前があるぞ!」
「ああ。連名というやつだろ。後ろのほうだろ?」
「最後尾が教授。その手前に俺たち」
名誉教授がやってきた。みな急いで集まり、整列した。

「ああ、いいいい。続けて続けて。トシキ先生は・・」
「わわ!わたくしです!」
「ああ、さっきの君・・・」

なんだろう・・・?

「まあいい、またお願いすることがあると思うが。来月から
開業医のドクターのアルバイトを?」
「はい。週1回、行かせていただくことに」
「そうか。時が来たら、また言おう」

何の用件か分からないが、なぜ僕に・・・?

車での帰り、携帯が鳴った。

「もしもし」
「あ、あたしです・・」

この声は・・?

僕はブレーキを踏み、砂浜の近い国道脇に止めた。
みんな揺り起こされ、水野は前方に頭をぶつけた。
「な、なんだ?」
「みんな、ごめん。ちょっと・・!」

僕は急いで車から出た。

「もしもし?」
「あたしです・・」
「ああ。分かるよ。よく電話してくれて・・」
「今、いいですか?」
「いいよ」
「先生、この前はすみません」
「この前・・・・ああ、海遊館?」
「ではなくて、患者さんの・・」
「ああその件か」

耳を引っ張られた彼女を思い出した。

「あたしのせいで・・」
「そんなこと、言わないで!」
「あたしがちゃんと見てなかったから・・」
「でももう前のことじゃないか。これから気をつければ」
「あたしはイヤです!イヤ!イヤ!」
「ど、どうしたの・・?」
「ダメなんです。怖いんです・・」

僕は海岸線を見つめたまま喋った。

「怖い?じゃあ僕はどうなる?これからも・・」
「先生、先生・・・ううう・・」
「・・・・?」
「会えませんか・・?」
「会う?」

どうして今になって・・?不自然だ。
僕に本当に会いたいからなのか?

ホントは婦長にいじめられたから寂しくて、それで・・。

「先生、また今度会いたいって、行こうって・・・」
「うん、言ってたよ。たしかにそう言ったと思う」
「あたし、いいです」
「ああわかってる。けど・・・」
「・・・・・・」

「今は、1人で考えたい」
「・・・・・・」
「患者さんを1人、殺しかけた」
「あれはあたしが・・」
「うかつだった。油断した。あんなはずではなかったのに」
「あたしも悩んで、毎日眠れないんです!」
「だが僕は主治医なんだよ。主治医!あんなミスはもうゴメンだ!
くそう、なんとかしないと」
「・・・・・・」
「医局長は家族にウソのムンテラまでしてしまった。医局の誰も僕を責めたりもしない。
で、また何食わぬ顔で診療してる。これじゃ他のドクターと同じじゃないか!偽善者だ!」
「・・・・・・」
「立ち直りたい。もう余裕がないんだ。ごめん」

こういう仕事を始めてからか、表面上のことはうまくやれてはいる。
だが内面はかなり病んでいた。よりによって、彼女に吐き出してしまうとは・・。

僕は携帯を切った。

気がつくと、みな車から顔を乗り出して僕を見ている。
さっきの会話も全部聞こえたんだろう。

水野が降りてきた。
「トシキ。トシキ・・・。知ってる。でもムンテラはウソではないよ。家族の人は、お前を十分・・」
「ウソじゃなかったら、何なんだ?」
「どうしたんだよトシキ。どうせ俺たちは偽善者、なんだろ?」
「いいよもう」
「?」
「もうほっといてくれ。行くぞ」

ダメだ。みんな、腐ってる。

車は走り出した。大学に戻るまで、みな終始無言のままだった。

やがて車は大学病院の巨大な門に吸い込まれていった。

<<「帝国のマーチ」、持ってる方は大々的に流してください>>

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索