< オーベン&コベンダーズ 5-1 過労 >
2004年9月13日プルルルル!
けたたましく鳴りつづける黒電話。この時代で未だダイヤル式の電話。
目覚まし時計、変えたんだったっけ・・?
「そうか!」
一気にカテコラミンが噴出。そうだった。外病院の当直バイトに来てたんだった。
週1の定期バイトだ。まるまる24時間で8万。
「・・・もしもし」
「詰所です。腹痛で苦しそうな高齢男性がいまして・・」
「基礎疾患は何でしょう」
「は?きそし・・?」
「ここに入院している原因の病気」
「・・・表紙では、老人性痴呆・・・」
「今、何か治療を?」
夜中の3時だ。一番起こされたくない時間だ。
「治療は・・・していません」
「腹痛は、今?」
「たぶん・・」
いけない。スタンドプレーは禁物だ。
ここ数日、不眠不休に近い状態が続いている。
大学病院では先日の人工呼吸管理となったARDSの患者を中心に、実験の補助、学生への指導、副病棟医長としての仕事が山ほど。
センターは一時はあきらめてはいたが、だが少し悔やまれる。
昨日、医局長と話したときのことだ。
『トシキ先生は、専門はまだ?』
『・・・はい。まだです』
『今年度末には決めてもらわないとね』
『はい』
『山城先生の病院はどうだい?』
『え?あそこは・・』
『循環器として働いてもらおうと思ってるんだが』
研修医が半年毎に変わるという、悪名高き病院だ。
『自分はちょっと・・』
『だろうね。私としても、君を離したくはないしね』
『・・・・・』
『元気がないですね。ははは、大丈夫ですよ』
『?』
『この間、教授たちと中間集計なるものをしましてね。成績評価』
『僕らの?』
『もちろん。センターに行ける人間は、だいたい絞られました』
『・・・・・』
『教えてあげましょうか?』
『・・・・・よければ』
『君と、槙原先生。希望者ではね』
希望してない人間もいるのか・・。
『槙原先生は循環器領域に極めて積極的で、手技もセンスがあります。欠点としては対人関係でちょっと失礼なところがあるくらいですね。ですが教授など昔の人間としては、好ましいタイプの人間です』
『・・・そうですね。こういう先生は悪い意味で減ったような気がします』
『ほほう。君からそんな言葉が出るとは・・いやはや驚いた』
『先生、自分は一度ミスを・・』
『大丈夫ですよ先生。あれはもう過ぎたことです。これから巻き返せばいいのです』
僕は詰所に入った。
「このカルテですか?」
「先生、患者さんはあっち!」
「知ってますよ。その前に情報を・・」
「かなり痛がってますから!ささ、こっち!」
「ちょっと・・」
寝起きの悪い僕は高齢のナースに腕を引っ張られ、カルテごと病室へ。
70代のおじいさんが苦しそうに側臥位で横になっている。
バイタルを確認。脈が速い。
「看護婦さん、熱は・・」
「昼間は36.6℃です」
「じゃなくて、今の!」
「検温は昼間1回だけで・・」
「何言ってるんですか!腹痛は今、始まったんでしょう?」
「・・・・・」
ナースは言葉を無視して体温計を取りに戻った。
腹部を診察。腹部は膨満している。便の回数を確認するが記録抜け。
圧痛が著明。腹膜炎・・?ブルンベルグは・・・ハッキリしない。
いろんな鑑別疾患が浮かんだ。何か探るよりも、せめて重大な疾患は除外しておきたい。
ナースが検温。
「38.3℃」
「検査をお願いします」
「え?」
ナースは眉をしかめた。
「検査ですよ。検査。採血にレントゲン・・」
「え?今するんですか?」
「そうですよ。診断のためです」
「呼ぶんですか?」
「だれを?」
「検査技師さん、放射線技師さん」
「泊まりではないんですか?」
「ハイ。うちの病院は、検査係は待機制となってますので」
「待機。必要時、呼び出しってことでしょう?」
「はあ。まあそうですが」
「呼んでいただけませんか」
「・・・・・うーん」
「でないと、見当もつかないですよ!」
「・・・・・うーん。困るなあ」
「困るのは、この患者さんですよ」
ナースはまた無視して詰所へ戻っていった。
とりあえずもう1人のナースに声をかけ、点滴ルートだけ確保した。
ブスコパンとかペンタジンとか使う前に、検査の確認はしとかないと。
ナースが遅いので、詰所へ戻った。電話してるようだ。
「しょうがないじゃないですか!私らでは指示出せないのに!」
僕に気づかず、ナースはヒステリックに受話器を掴んでいた。
「はい。はい。え・・・?いますよ、病室に。何してんだか・・」
僕のこと言ってるんだな。人を見下して・・。
「ごめんなさい先生!やっぱり先生から直接言ってください。
私たちでは判断できかねますし!あ!」
やっと僕に気づいたようだな。
「いました、ここに。代わります。はい?とにかく代わります!」
ナースはぶっきらぼうに僕に受話器を伸ばしてきた。
常勤のドクターへ直接かけたわけか。
「もしもし。夜分遅く申しわけありません・・」
「うん。腹膜炎なの?」
「いや、そこまでは・・」
眠そうな中年男性の声だ。
「分からない?ブルンベルグは?陽性?」
「それが、その。分かりにくくて」
「ショック状態ではないんだね?」
「はい・・と、思います」
「この人はさあ、これまで何度かイレウス起こしてるわけ。今回も多分そうだよ」
「そ、そうなんですか・・」
カルテは記載がほとんどなく、処方の記録も見たことのない名前の薬ばかり。
これでは訳が分からない。
「先生、失礼だけど何年目?」
「に、2年目です」
「ノイへか。指示を言うから、メモして」
「はい、どうぞ」
「生食 500mlでルートキープ」
「・・速さは?」
「ゆっくり」
「ゆっくり・・・その先生、速さを数字で」
「何?ったく・・・・もう。代われ代われ!」
「?」
「ナースと代われ!さっさと!」
後ろで片手を壁についていたナースは、勝ち誇ったように歩み出た。
「代わりました。はい。ふんふん。わかりました。そうですね。はあい」
電話を切り、ナースは無言で準備にかかった。
僕も詰所を出た。
外が明るい。朝の6時ころだ。ま、3時間は寝れた計算かな。
最近は睡眠時間を計算するのが怖くて、時計はなるべく見ないことにしている。
いや、見てないふりをしている、といったほうが正確か。
<つづく>
けたたましく鳴りつづける黒電話。この時代で未だダイヤル式の電話。
目覚まし時計、変えたんだったっけ・・?
「そうか!」
一気にカテコラミンが噴出。そうだった。外病院の当直バイトに来てたんだった。
週1の定期バイトだ。まるまる24時間で8万。
「・・・もしもし」
「詰所です。腹痛で苦しそうな高齢男性がいまして・・」
「基礎疾患は何でしょう」
「は?きそし・・?」
「ここに入院している原因の病気」
「・・・表紙では、老人性痴呆・・・」
「今、何か治療を?」
夜中の3時だ。一番起こされたくない時間だ。
「治療は・・・していません」
「腹痛は、今?」
「たぶん・・」
いけない。スタンドプレーは禁物だ。
ここ数日、不眠不休に近い状態が続いている。
大学病院では先日の人工呼吸管理となったARDSの患者を中心に、実験の補助、学生への指導、副病棟医長としての仕事が山ほど。
センターは一時はあきらめてはいたが、だが少し悔やまれる。
昨日、医局長と話したときのことだ。
『トシキ先生は、専門はまだ?』
『・・・はい。まだです』
『今年度末には決めてもらわないとね』
『はい』
『山城先生の病院はどうだい?』
『え?あそこは・・』
『循環器として働いてもらおうと思ってるんだが』
研修医が半年毎に変わるという、悪名高き病院だ。
『自分はちょっと・・』
『だろうね。私としても、君を離したくはないしね』
『・・・・・』
『元気がないですね。ははは、大丈夫ですよ』
『?』
『この間、教授たちと中間集計なるものをしましてね。成績評価』
『僕らの?』
『もちろん。センターに行ける人間は、だいたい絞られました』
『・・・・・』
『教えてあげましょうか?』
『・・・・・よければ』
『君と、槙原先生。希望者ではね』
希望してない人間もいるのか・・。
『槙原先生は循環器領域に極めて積極的で、手技もセンスがあります。欠点としては対人関係でちょっと失礼なところがあるくらいですね。ですが教授など昔の人間としては、好ましいタイプの人間です』
『・・・そうですね。こういう先生は悪い意味で減ったような気がします』
『ほほう。君からそんな言葉が出るとは・・いやはや驚いた』
『先生、自分は一度ミスを・・』
『大丈夫ですよ先生。あれはもう過ぎたことです。これから巻き返せばいいのです』
僕は詰所に入った。
「このカルテですか?」
「先生、患者さんはあっち!」
「知ってますよ。その前に情報を・・」
「かなり痛がってますから!ささ、こっち!」
「ちょっと・・」
寝起きの悪い僕は高齢のナースに腕を引っ張られ、カルテごと病室へ。
70代のおじいさんが苦しそうに側臥位で横になっている。
バイタルを確認。脈が速い。
「看護婦さん、熱は・・」
「昼間は36.6℃です」
「じゃなくて、今の!」
「検温は昼間1回だけで・・」
「何言ってるんですか!腹痛は今、始まったんでしょう?」
「・・・・・」
ナースは言葉を無視して体温計を取りに戻った。
腹部を診察。腹部は膨満している。便の回数を確認するが記録抜け。
圧痛が著明。腹膜炎・・?ブルンベルグは・・・ハッキリしない。
いろんな鑑別疾患が浮かんだ。何か探るよりも、せめて重大な疾患は除外しておきたい。
ナースが検温。
「38.3℃」
「検査をお願いします」
「え?」
ナースは眉をしかめた。
「検査ですよ。検査。採血にレントゲン・・」
「え?今するんですか?」
「そうですよ。診断のためです」
「呼ぶんですか?」
「だれを?」
「検査技師さん、放射線技師さん」
「泊まりではないんですか?」
「ハイ。うちの病院は、検査係は待機制となってますので」
「待機。必要時、呼び出しってことでしょう?」
「はあ。まあそうですが」
「呼んでいただけませんか」
「・・・・・うーん」
「でないと、見当もつかないですよ!」
「・・・・・うーん。困るなあ」
「困るのは、この患者さんですよ」
ナースはまた無視して詰所へ戻っていった。
とりあえずもう1人のナースに声をかけ、点滴ルートだけ確保した。
ブスコパンとかペンタジンとか使う前に、検査の確認はしとかないと。
ナースが遅いので、詰所へ戻った。電話してるようだ。
「しょうがないじゃないですか!私らでは指示出せないのに!」
僕に気づかず、ナースはヒステリックに受話器を掴んでいた。
「はい。はい。え・・・?いますよ、病室に。何してんだか・・」
僕のこと言ってるんだな。人を見下して・・。
「ごめんなさい先生!やっぱり先生から直接言ってください。
私たちでは判断できかねますし!あ!」
やっと僕に気づいたようだな。
「いました、ここに。代わります。はい?とにかく代わります!」
ナースはぶっきらぼうに僕に受話器を伸ばしてきた。
常勤のドクターへ直接かけたわけか。
「もしもし。夜分遅く申しわけありません・・」
「うん。腹膜炎なの?」
「いや、そこまでは・・」
眠そうな中年男性の声だ。
「分からない?ブルンベルグは?陽性?」
「それが、その。分かりにくくて」
「ショック状態ではないんだね?」
「はい・・と、思います」
「この人はさあ、これまで何度かイレウス起こしてるわけ。今回も多分そうだよ」
「そ、そうなんですか・・」
カルテは記載がほとんどなく、処方の記録も見たことのない名前の薬ばかり。
これでは訳が分からない。
「先生、失礼だけど何年目?」
「に、2年目です」
「ノイへか。指示を言うから、メモして」
「はい、どうぞ」
「生食 500mlでルートキープ」
「・・速さは?」
「ゆっくり」
「ゆっくり・・・その先生、速さを数字で」
「何?ったく・・・・もう。代われ代われ!」
「?」
「ナースと代われ!さっさと!」
後ろで片手を壁についていたナースは、勝ち誇ったように歩み出た。
「代わりました。はい。ふんふん。わかりました。そうですね。はあい」
電話を切り、ナースは無言で準備にかかった。
僕も詰所を出た。
外が明るい。朝の6時ころだ。ま、3時間は寝れた計算かな。
最近は睡眠時間を計算するのが怖くて、時計はなるべく見ないことにしている。
いや、見てないふりをしている、といったほうが正確か。
<つづく>
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