数日後、僕は医局長に呼び出された。

「トシキ、入ります」
「どうぞ」
医局の講師陣の部屋に入った。ドクターは板垣医局長のみだ。
僕は腰掛けた。

「トシキ先生。軽症の患者さんは続々退院できているようですね」
「はい・・・」
「ARDSの方は、難しいですね」
「レントゲンの影が少しずつひいてきてるような」
「ああ、そのようですね。私も見ました」
「PEEPをかけはじめた、そのおかげでしょうか?」
「そうでしょうね。というか、強制換気そのものが陽圧呼吸みたいなもんでしょう」
「はい」
「でも高熱はありますね。抗生剤は効いてなさそうで・・」
「はい。カンファでいろいろと指示はいただいているのですが・・」
「ふうん・・・・でね、トシキ先生」
「はい」
「かなりお疲れでしょう?君」
「い、いえ・・」
「もう何週間も、家に帰ってないはずですよ」
「・・・・・」

自分でも分からなかった。しかし2週間は帰ってないのは確かだ。

だが、それが何だ。

「休養をとりなさい」
「え?」
「充電のためってことですよ」
「充電・・」
「この前教授からの説明があったように、君はなくてはならない存在なのです」
「・・・・・」
「来年の入局を考えている学生がけっこう多いらしいんです」
「ええ・・・」
「その多くが、君が医局にいるなら、という条件で入局を考えているのです」
「僕が?」

「先生の真摯な態度に、みな魅かれたようです。凄いですね、君は」
「僕がそのような・・」

「ですから先生。周りはちゃんと見てるんですよ。むしろ周りのほうが君をよく知ってるのかもしれない」
「・・・そうでしょうか。しかし今は・・」

「スランプの時期は誰にでもあります。それに先生は働きすぎです」
「先生、休養は嬉しいのですが・・」
「代医はきちんと私が振り分ける。教授の指示なのだから、全く問題はないですよ」
「教授が・・・」
「センターに関しては、まだ誰もがトップを狙える位置にあります。君も休養が終わったら頑張って」
「はい・・・」
「その日に備えなさい。では今度の教授回診が終わったら帰宅。次の日は完全休暇で!」

学生が、条件付きでか・・。学生も偉くなったものだな。

でももし僕がセンターに行ったら、彼らどうするんだ?入局者は激減する?

なら僕は、センターに行ったらいけないじゃないか・・。

やれやれ。まだ僕はこだわってるようだな。センターに・・・。


 教授回診で報告。
「右S6の肺炎は、下肺野にも拡大。動脈血ガス分析は・・・これです。条件は強制換気のFiO2 0.5、
1回換気量400mlに呼吸回数20回、PEEPが8」
「抗生剤はバンコマイシンと、セフェム4世代とミノマイシンですか・・」
「変更して2日です」
「ふむ・・・心機能は?」

教授は自分の専門に結びつけた。

「昨日施行しました超音波はこれです。若干、容量負荷ぎみで・・」
「下大静脈が2センチもありますな。輸液の入れすぎでは?」
「低栄養が進んでまして、高カロリー輸液を入れてまして。アルブミンが2.3g/dl」
「アルブミンを足しますかな?」
「今月の前半に、もういきましたので・・」

何が癪に障ったのか、教授はプイッと視線をずらした。

「はやくようしてあげんと、いけませんな!」
「はい・・」
「ま、今日からゆっくり休んで・・・」
「はい・・」

こんなこと言われて、ゆっくり休めるんだろうか・・。

帰る前、早朝の緊急データをパソコンで見る。
「横ばいだったCRPが、上昇傾向・・・」
胸部レントゲン像も、パソコンで確認。

全体的に透過性は改善してきているが、右の中肺野の陰影は増強している。
「肺炎・・・」
前回の画像を呼び出し、比較。

「やっぱり肺炎だ。拡大してきている」

医局長が後ろから肩を押した。
「バイタルは落ち着いてます。何か急変があれば、私達で見ておきますから・・ささ、帰りましょう!」
僕は廊下へつまみ出されるように、後ろから押された。

教授の指示だし、医局長も仕方ないんだろう。

国道沿いのカフェで新聞を読んでいるが、なかなか落ち着かない。
平日に僕だけのんびりしているなんて。夏休みの期間ならまだ分かるが。

これといった趣味もなく、逆に何をしたらいいか困る。

いいのか、こんなつまらない人間で。医局にとって僕が必要なのは分かった。

だが、それだけの人生は・・。

僕の携帯が鳴った。
「もしもし?」
「草波です。今・・・よろしい?」
「え、ええ。よく僕が休みなのを・・」
「フフ、雨が降りますね」
「今日は午前の教授回診が終わって、休暇なんです」
「ええ。知ってます。ですが明日まででしょう?」
「それだけでも休みすぎです。重症がいるのに」
「感心ですね。今どちらに?」
「今?ロイヤルホスト」
「詳しい場所を。今からお会いしたい」
「え?」
「やっと先生に会える時間が取れそうなんですから。チャンスをください」
「チャンスって一体・・・?」

<つづく>

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