< オーベン&コベンダーズ 5-5 リクルート >
2004年9月15日居場所を教えたところ、彼は30分足らずでやってきた。
相変わらず高級スーツで登場。
「ホントに雨が降り出しましたよ、はっはは」
「どうぞ、そちらへ」
「ええ。失礼します」
「話って・・」
「ええ、早速」
草波氏は周りを見渡した。
「・・・先生はセンターのほうをやはりお考えで?」
「センター?」
「はっはは。お互い本音でいきましょうよ。トシキ先生」
「少しは・・」
「まあ先生ほどのお方なら、可能性は十分にあります」
「希望者は大勢ですからね」
「でも有力なのは先生と槙原君と聞いてます」
「らしいですね。でも僕のほうは、最近スランプで」
「まあ、逆にそうならないのがヘンでしょう」
「そうでしょうか・・」
「先生、ズバリ言いますが」
「は?」
「先生は臨床1本でこの先を・・?」
「本音は・・そうです。院生の手伝いはしてますが」
「院に入られる御意志は?」
「あまり気は進みませんが、上層部からは間違いなく勧められると」
「でしょうね。先生、聞いたところによると、先生は今後医局専属で・・」
「せんぞく?」
「つまり、大学院、助手・・・このままずっと大学医局に身を捧げるという噂です」
「そんなつもりはないです!僕は患者さんが診たい」
「大学でも診れますでしょう?」
「いえ。大学は・・・なんか、おかしいです。雑用が多すぎて。権力主義だし。あれじゃあ、患者さんを純粋に診れない」
「ふむ・・」
「上下関係や古い伝統が、そうさせているのだと思います」
草波氏は立ち上がった。
「ブラボー!ブラボー!」
いきなり大拍手だ。
「草波さん、ちょっと!」
「ああ、ごめんなさい」
彼は再び腰掛けた。
「トシキ先生。知ってますか。大学の医局制度っていうのは、今後廃止の方向に向うってことを」
「え?知りませんよ?い、いつ?」
「遠くない未来です」
「近未来ですか」
「そう。今後、大学は合併・縮小、そして民営化の方向に向っていく」
「民営化?」
「今は国がお金出してるでしょ?だからみんな、し放題」
「ええ。確かに検査のオーダーとか、薬の使用も莫大ですよね」
「そうそう。だから治療に関しても、教授やカンファの意見が通る」
「ですよね」
草波氏はノリに乗ってきた。
「しかし、これからは違ってくる。民営化されれば」
「別に僕らは・・」
「いやいや。先生たちはもう、今のように好き放題できません」
「そうなんですか?」
「民営化された大学病院、という1つの会社になるわけですから。会社の方針に従うわけです」
「よく分からないな・・・」
「まあそれはいいです。とにかく、大学はもう研究機関としてやっていくしか立場がないのです」
「・・・・・」
「もう1度お聞きしますが、先生は研究を・・・」
「いえ。まあそういう背景があるにしろ、ないにしろ・・。僕は・・・・・」
「?」
「ここを出たい」
「そうですか。先生。こういった病院はいかがでしょうか?」
草波氏はパンフレットを差し出した。
「350床あります。ほとんどが一般病床群です。職員スタッフは全部で400人・・」
「え?ちょっと・・・困ります」
「仕事内容は、すべて臨床。午前中は外来か検査のどちらか。午後はフリー」
「・・・・・」
「夕方5時にはきっかり帰れます。週休2日が可能」
「カンファレンスとか、そういう・・」
「一切、ございません!すべてドクター方の判断に任せております」
「いいんでしょうか?ドクターによっては・・」
「それはありえません。問題のあるドクターは、一切雇いませんし」
「当直制度とか・・」
「それは任意です。希望なければ、していただかなくても結構」
「診療科は、全部あるんですか?」
「もちろん!形成外科、産婦人科・・・すべて!」
「内科スタッフは・・」
「7名!先生がもし入られるなら、先生は循環・呼吸器担当を!」
「他のドクターは?」
「消化器と一般内科なんです」
「なるほど。それで必要なわけですか。循環器と呼吸器の・・・」
「今は宮川先生が内視鏡と、一部呼吸器を」
「宮川先生?彼、純粋な呼吸器科では?」
「今は消化器の内視鏡が面白いということで、呼吸器は外来1日分だけです」
「松田先生は・・?」
「彼も両方、イケる口だったのですが・・・」
「?」
「先日、ご退職されまして」
そうか。その代わりが欲しいわけだ。それで僕を・・。
「退職・・・」
「お子さんがお生まれになったりとか、いろいろでしてね」
草波氏は目を逸らした。
「そうですか。でも草波さん。僕はまだ研修医の身であって、ろくに手技もできませんよ」
「それは大丈夫!」
「え?」
「週に1回、気管支鏡、それと心カテのバイトの先生が臨時で来てます。彼らから学べばいい。大学病院の講師陣ですよ!宮川先生もいますし」
「すごいな・・」
「でしょう?でしょう!先生、一生を大学病院の医局に献身されるのもよいかもしれませんが・・
私としては、臨床家としてフルに活動していただきたい」
「・・・・・」
「何のストレスもなく、臨床オンリーでやっていけるんですよ!」
それはまさしく、僕が入局前に臨んでいた姿だった。
「草波さん。この話は他の人間に漏れ・・」
「それはないです。すべて極秘」
「極秘・・」
「もし先生が部外に漏らされた場合は、この話は全てなかったことに」
「え、ええ。言いませんよ」
「どうです?少し考えてみませんか?」
「センターもいいかと思いましたが・・」
「センターに行けば、その後は知ってます?」
「噂では、部長クラスで希望の病院を回れると・・」
「そうです。しかしそれはあくまでも研究機関なのです」
「そうなんですか・・」
「純粋に患者さんは診れませんよ」
「・・・・・」
「ま、地位と名誉が欲しい人にはたまらない魅力ですがね」
草波氏はタバコに火をともした。
「吸っても?」
「ええ。気にしません」
「とりあえず、1200でどうでしょう?」
「な、何の・・・」
「年収ですよ。宮川先生のも、見たでしょう?」
「・・・よく知ってますね」
「わざとですよ、先生に渡したのは」
「1200って・・・・月100万?」
「そうです。当直したら、また別料金」
「すごいな・・・」
「今の大学病院でもらってるのが、バイト込みで40-50万でしょう?」
「よく知っておいでで・・」
「それで一生生活を?大病院の売店の職員の給料並みですよ」
「年功序列で少しは増えると・・」
「フフ、甘いですね。先生」
草波氏は立ち上がった。
「先生のご実家は、かなりお金持ちと聞いてますが」
「オヤジですか?」
父は開業している。
「そろそろ仲直りされたらいいのに・・」
「なんでそのことまで・・?」
「医師会の知り合いが多いのでね。跡をつげと、しつこく言われたんですって?」
「ええ。ですから、誰からそれを・・」
「壁に耳ありですよ、先生」
「オヤジのための人生じゃないですから・・・」
「それを任されるのがイヤで、かえって大学に安住してしまう可能性が高いのでは?」
草波さんは帽子をかぶった。
「それもあります。確かに」
「私もそう思いますよ、先生。大学も跡継ぎも、安住の地ではない」
「・・・・・」
「私がそれを提供しようとしているのです。では!」
彼はゆっくりと去っていった。
安住の地か・・。
相変わらず高級スーツで登場。
「ホントに雨が降り出しましたよ、はっはは」
「どうぞ、そちらへ」
「ええ。失礼します」
「話って・・」
「ええ、早速」
草波氏は周りを見渡した。
「・・・先生はセンターのほうをやはりお考えで?」
「センター?」
「はっはは。お互い本音でいきましょうよ。トシキ先生」
「少しは・・」
「まあ先生ほどのお方なら、可能性は十分にあります」
「希望者は大勢ですからね」
「でも有力なのは先生と槙原君と聞いてます」
「らしいですね。でも僕のほうは、最近スランプで」
「まあ、逆にそうならないのがヘンでしょう」
「そうでしょうか・・」
「先生、ズバリ言いますが」
「は?」
「先生は臨床1本でこの先を・・?」
「本音は・・そうです。院生の手伝いはしてますが」
「院に入られる御意志は?」
「あまり気は進みませんが、上層部からは間違いなく勧められると」
「でしょうね。先生、聞いたところによると、先生は今後医局専属で・・」
「せんぞく?」
「つまり、大学院、助手・・・このままずっと大学医局に身を捧げるという噂です」
「そんなつもりはないです!僕は患者さんが診たい」
「大学でも診れますでしょう?」
「いえ。大学は・・・なんか、おかしいです。雑用が多すぎて。権力主義だし。あれじゃあ、患者さんを純粋に診れない」
「ふむ・・」
「上下関係や古い伝統が、そうさせているのだと思います」
草波氏は立ち上がった。
「ブラボー!ブラボー!」
いきなり大拍手だ。
「草波さん、ちょっと!」
「ああ、ごめんなさい」
彼は再び腰掛けた。
「トシキ先生。知ってますか。大学の医局制度っていうのは、今後廃止の方向に向うってことを」
「え?知りませんよ?い、いつ?」
「遠くない未来です」
「近未来ですか」
「そう。今後、大学は合併・縮小、そして民営化の方向に向っていく」
「民営化?」
「今は国がお金出してるでしょ?だからみんな、し放題」
「ええ。確かに検査のオーダーとか、薬の使用も莫大ですよね」
「そうそう。だから治療に関しても、教授やカンファの意見が通る」
「ですよね」
草波氏はノリに乗ってきた。
「しかし、これからは違ってくる。民営化されれば」
「別に僕らは・・」
「いやいや。先生たちはもう、今のように好き放題できません」
「そうなんですか?」
「民営化された大学病院、という1つの会社になるわけですから。会社の方針に従うわけです」
「よく分からないな・・・」
「まあそれはいいです。とにかく、大学はもう研究機関としてやっていくしか立場がないのです」
「・・・・・」
「もう1度お聞きしますが、先生は研究を・・・」
「いえ。まあそういう背景があるにしろ、ないにしろ・・。僕は・・・・・」
「?」
「ここを出たい」
「そうですか。先生。こういった病院はいかがでしょうか?」
草波氏はパンフレットを差し出した。
「350床あります。ほとんどが一般病床群です。職員スタッフは全部で400人・・」
「え?ちょっと・・・困ります」
「仕事内容は、すべて臨床。午前中は外来か検査のどちらか。午後はフリー」
「・・・・・」
「夕方5時にはきっかり帰れます。週休2日が可能」
「カンファレンスとか、そういう・・」
「一切、ございません!すべてドクター方の判断に任せております」
「いいんでしょうか?ドクターによっては・・」
「それはありえません。問題のあるドクターは、一切雇いませんし」
「当直制度とか・・」
「それは任意です。希望なければ、していただかなくても結構」
「診療科は、全部あるんですか?」
「もちろん!形成外科、産婦人科・・・すべて!」
「内科スタッフは・・」
「7名!先生がもし入られるなら、先生は循環・呼吸器担当を!」
「他のドクターは?」
「消化器と一般内科なんです」
「なるほど。それで必要なわけですか。循環器と呼吸器の・・・」
「今は宮川先生が内視鏡と、一部呼吸器を」
「宮川先生?彼、純粋な呼吸器科では?」
「今は消化器の内視鏡が面白いということで、呼吸器は外来1日分だけです」
「松田先生は・・?」
「彼も両方、イケる口だったのですが・・・」
「?」
「先日、ご退職されまして」
そうか。その代わりが欲しいわけだ。それで僕を・・。
「退職・・・」
「お子さんがお生まれになったりとか、いろいろでしてね」
草波氏は目を逸らした。
「そうですか。でも草波さん。僕はまだ研修医の身であって、ろくに手技もできませんよ」
「それは大丈夫!」
「え?」
「週に1回、気管支鏡、それと心カテのバイトの先生が臨時で来てます。彼らから学べばいい。大学病院の講師陣ですよ!宮川先生もいますし」
「すごいな・・」
「でしょう?でしょう!先生、一生を大学病院の医局に献身されるのもよいかもしれませんが・・
私としては、臨床家としてフルに活動していただきたい」
「・・・・・」
「何のストレスもなく、臨床オンリーでやっていけるんですよ!」
それはまさしく、僕が入局前に臨んでいた姿だった。
「草波さん。この話は他の人間に漏れ・・」
「それはないです。すべて極秘」
「極秘・・」
「もし先生が部外に漏らされた場合は、この話は全てなかったことに」
「え、ええ。言いませんよ」
「どうです?少し考えてみませんか?」
「センターもいいかと思いましたが・・」
「センターに行けば、その後は知ってます?」
「噂では、部長クラスで希望の病院を回れると・・」
「そうです。しかしそれはあくまでも研究機関なのです」
「そうなんですか・・」
「純粋に患者さんは診れませんよ」
「・・・・・」
「ま、地位と名誉が欲しい人にはたまらない魅力ですがね」
草波氏はタバコに火をともした。
「吸っても?」
「ええ。気にしません」
「とりあえず、1200でどうでしょう?」
「な、何の・・・」
「年収ですよ。宮川先生のも、見たでしょう?」
「・・・よく知ってますね」
「わざとですよ、先生に渡したのは」
「1200って・・・・月100万?」
「そうです。当直したら、また別料金」
「すごいな・・・」
「今の大学病院でもらってるのが、バイト込みで40-50万でしょう?」
「よく知っておいでで・・」
「それで一生生活を?大病院の売店の職員の給料並みですよ」
「年功序列で少しは増えると・・」
「フフ、甘いですね。先生」
草波氏は立ち上がった。
「先生のご実家は、かなりお金持ちと聞いてますが」
「オヤジですか?」
父は開業している。
「そろそろ仲直りされたらいいのに・・」
「なんでそのことまで・・?」
「医師会の知り合いが多いのでね。跡をつげと、しつこく言われたんですって?」
「ええ。ですから、誰からそれを・・」
「壁に耳ありですよ、先生」
「オヤジのための人生じゃないですから・・・」
「それを任されるのがイヤで、かえって大学に安住してしまう可能性が高いのでは?」
草波さんは帽子をかぶった。
「それもあります。確かに」
「私もそう思いますよ、先生。大学も跡継ぎも、安住の地ではない」
「・・・・・」
「私がそれを提供しようとしているのです。では!」
彼はゆっくりと去っていった。
安住の地か・・。
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