呼吸器の患者さんは、Tチューブがついている状態。呼吸器は外し、挿管チューブと酸素吸入だけ。

「もう1時間だな・・」
腕時計で確認、引き続き動脈血を採取。直接検査室へ。

ついてきた島先生が僕の顔色を伺う。
「トシキ、どしたんだ。顔色悪いぞ」
「ああ・・ちょっとな」
「フラれたのか?」
「誰に?」
「ていうか、お前がフッたんだろ?」

検査室で測定スイッチを押し、僕は島先生に振り向いた。

「だ、誰からそれを・・」
「詰所での噂だよ。あくまでも」
「・・・・・」
「あの新人なあ・・・ま、いいんじゃないの?」
「別につきあったりはしてないし」
「オレも一時期、トシキがなんかヘンだなって思った時期あったんだよ」
「もうやめよう、そんな話」
「フラれた女の仕返しは怖いぞ〜」
「もうされたようなもんだ!」

島先生はたじろいだ。
僕はIVHの1件を指して言い放った。

「彼女は相手はだれでもいいようだぜ」
島先生は性懲りもなく話題を続けたがった。
「・・・・・」

結果がプリントアウトされてきた。良好だ。

「今は、お前のもとオーベンと・・まいいか、こんな話」
「なに?」
「いやいや。やっぱ何、気になるか?」
「うっとうしいな・・・」
「あ?結果オッケーだな。すると抜管か?イヤン、ばっか〜ん!」

つまらん。

僕は結果を持って病棟へと戻った。
今はチューベンでもなんでもなく、ただのレジデントだ。
病状報告はいちおう元オーベンを通す必要がある。

野中先生に電話。
「・・・・でした。では抜管の予定を」
「全身の状態はいいんだろうな?」
「はい」
「痰は少ない?」
「ええ」
「家族の了解は?」
「得てます」
「再度、挿管が必要になる可能性も想定して、抜管は医局員の多い日にしよう」
「先生、それはあと何日も後・・」
「わかってる。人事の決定の後になるがな」

僕は少しムカついた。

「いえ先生。それは関係ありません!」
「な、なんだ?怒るなよ」
「怒ってなんかないです」
「やっぱりお前、最近ヘン・・」
「今日、抜管します」
「なに?夕方に?」
「漫然とは待てません」
「漫然とだと?」

もとオーベンもカチンときたようだ。でも構わない。

「自分が泊り込みでやりますので」
「大丈夫なのか?」

みんなそればっかりだ。1度ミスがあったばかりで・・。人を萎縮させるつもりか。
それがここの雰囲気だ。

「当直のドクターとコンタクトを取りながら、やりますので」
「そうか。そこまで強気ならな。いいだろう」

いつまでこうやって許可を取らないといけないのか。

僕は個室へ入り、石丸君ら1年目と抜管準備にかかった。
彼ら2人の希望で、僕は見守り係となった。

「じゃ、石丸くん。痰を引きながらで抜いていくからね」
「はい。自分は痰を」

長谷川さんはチューブの根元をもち、カフのエアを抜く準備をしていた。

「じゃ、やろう!」
口腔の唾液を吸引したあと、長谷川さんはカフの空気を抜いた。引き続き、石丸君は
挿管チューブに吸引チューブを突っ込み、吸引を始めた。長谷川さんは徐々に挿管
チューブを抜いていく。

「よし!じゃあ酸素マスクを!」
心拍数増える中、僕は酸素マスクを被せた。
「残った痰・唾液を吸おう!」
僕は吸引チューブを口腔より入れ、なるべく吸引を続けた。

石丸君はモニターを見ている。
「SpO2 97・・・のままです!」
僕は油断しなかった。
「いや。酸素化の指標は10分後だから。まだ様子見る」

横の患者さんのほうにマーブル先生がうらめしそうに立っている。
僕は立てかけてあるマーブル先生の患者さんの重症版を見ていた。
「高熱はまだ続いてますね・・」

マーブル先生は焦って近づき、板を取り上げた。
「おい、勝手に見るな!」
「・・・・」
「いったんは熱が下がったんだ。だがまた出だした」
「そのようですね」
「耐性菌をもらったかもな。お前の患者の・・」
「どういう意味です?」

僕はケンカ腰にならざるをえなかった。

「シュードモナスの耐性が出てるだろ」
「そちらも見てるじゃないですか。こちらのデータを」
「こちらもいったん抜管する予定だがな」

だがマーブル先生の患者さんは低栄養で、かんじんの肺炎が増悪傾向なのに。

「人工呼吸器によって感染が広がるってこともあるだろ?」
「しかし、いきなり抜管って・・」
「言っただろ?オレは呼吸器、慣れてないんだって。ウイニングをチマチマするのはイヤなんだよ。お前らみたいに」
「・・・・・」
「お前は人事の日には間に合ったわけだ。わっはは!」

もう言わせておこう。マーブル先生、明日が人事の日だからって・・。

「さ、1回やってみるか!」
マーブル先生はいきなり挿管チューブの固定テープを外しにかかった。
「え?先生。今から・・?」
「1回やってみるんだ。それが悪いか!おい研修医!手伝え!」
石丸君と長谷川さんが再び担ぎ出された。

いくらなんでも無理だ。SIMVからの離脱なんて。

そんなにトップに固執しているのか、この人は・・。

チューブ抜去には『成功』したものの、患者さんの呼吸は浅促性だ。
痰もかなりたまってそうだ。
マーブル先生は患者さんの顔に近づいた。
「頑張れ!頑張れ!さあ!」

だが呼吸は変わらない。モニターのSpO2も下がってきてる。
「研修医!リザーバーマスクを!」
マスクがつけられた。しかし状況は変わらない。

僕はモニターを見つめていた。
「先生、再度、挿管を・・」
「ま、待て!うるさい!」
僕は携帯を取り出した。

「トシキ。何をするんだ?」
「病棟医長を呼びます」
「なに?勝手に・・」
「仕方ないです」
「わわ、わかった!くそ!挿管チューブもってこい!挿管チューブ!」

結局もとの内容に落ち着いた。
マーブル先生はベッド柵を持ち中腰になった。

一方、僕の患者さんのデータを石丸君が持ってきた。
「先生!抜管1時間後の血ガスデータ!」
「ああ。ちょうだい」
石丸君は肩で息をしていた。

「CO2は40mmHg・・・!なんとかいけたぞ!」

オオー!と廊下で見ていたスタッフが拍手しはじめた。
その中にしばらくご無沙汰だった水野・森らのメンバーもいた。

「どけ、コラ!」
マーブル先生は人波を掻き分けるように出て行った。同様に無表情な3人の傭兵が続いた。
島先生が部屋に入ってきた。

「マーブルはいかんねえ・・」
「強引過ぎる」
「これでトップはお前に決定だろ?」

だったらいいが・・後継者になるよりは。

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