医局会の直前、みなカンファ室でたむろっていた。
みんな落ち着かない様子だ。

島先生はマイペースでカルテを書いている。
「安心しなよ。どうせセンター行きはお前だよ」
「そうかなあ」
「オレは希望してないからね。関係ない」
「関連病院への話は?」
「それは教授がゆくゆく決めるだろうな。でもおい、聞いたか?開業医の・・」

例の後継者問題か。

「いや、し、知らない」
「名誉教授の家族が、跡継ぎ探ししててさ」
「そう?」
「すごい病院だぜ。MRIにアンギオ。ERCPもできるしペースメーカーの手術も」
「確かにすごい病院だな・・個人病院でそれか」
「院長になれるんだぜ。どう思う?」
「どう思うって・・・僕らはまだ2年目だろ?」
「そうだけど、もう回りにペコペコせんでもいいなら、いいよな」
「ああ。でも経営のことは・・」
「バックアップは問題ないらしいぜ」

僕のバイトの日は閑散としているのだが・・。外来での話か。

「島先生。もし君なら・・」
「そうきたか?ああ、オレにそんな話が来たらもう・・・飛びつくよ!」
「へえ・・」
「だっておい、名誉教授の家族になるようなもんだろ?スゲエよ!」
「うーん・・・」
「常勤の先生の車知ってるか?おベンツだよ、おベンツ!」
「常勤?ああ・・・」

以前、夜間の電話対応で僕を怒鳴った先生だ。

「その常勤医が跡継ぎになればいいのにな」
「頑固オヤジで、嫌われてるらしいよ」

つまり従順なドクターが必要なのか・・

医局会が始まった。
司会は助教授。

「・・・もうみんな、夏休みは一通り取ったな。石丸君よ?」
「は、はい」
「骨休みしたか?」
「自分は1日だけ・・」
「ほう、取れたのか。よく取らせてもらったな」
「は、はい・・」
「わしらの頃は、そういう概念すらなかったぞ」

教授が小さく頷いた。
「まったくですな・・」
助教授は少し微笑んだ。
「最近、医師としてのモラルが問われる話題が多くなっている。医療訴訟も増えるこの頃だが、
内容によっては医師としての適正そのものまで疑われるものまである」

助教授の演説がまた始まった。

「みんなのことを言ってるわけじゃないぞ。だが医療はマニュアル的にすればいいっていうもんじゃない、ってことだ。な!水野くん!」
「は、ははい!」
「医師と患者の立場が違うものであれど、しょせん人間1対1の関係だ。しっかりした人間関係を築いてこそ、本来の医療ができる」

そうだろうか。患者さんを良くしてあげない限り、信頼関係は築けないと思うのだが。だったら誰が病院へなんか行くものか。

傭兵たち4人は退屈そうに足踏みをしている。横にはあの草波氏がいる。何をしに・・・?

「・・・・・というわけだ。わかったな?では次の話題・・・いいですかね、教授」
「はいな」
「医局長!例の・・」
「はいはい。では私から」

みんな注目した。寝そべりかけていたマーブル先生が飛び起きた。

「みんなよく頑張ってくれています。今の病棟を盛り上げてくれているのはほとんど3年目までのドクターたちです」

4年目以上の院生・助手達が気まずそうにうつむいている。

「病棟だけでなくふだんの外来、そして助手・院生の実験まで。助教授のおっしゃるように、モラルが問われている今の
世の中、君達の存在は誠に貴重なのです」

そりゃあ、僕らがいなくなったら・・・上の先生たちに仕事が回るものな・・。

「秋の人事のセンター行きのドクターを選出するにあたって、私たちも非常に苦労しました。みながそれぞれ個性的に、
また意欲的に仕事をやっている。むしろ誰も手放したくないと思うくらい」

それじゃ困るんですよ、先生。

「ですがこれも大学医局としての義務ですので、論議して決定しました。まずその前に・・」

傭兵達が大きくため息をついた。

「私の評価を1人ずつ。まず石丸先生」
「はい!」
「返事は要りません。座って」
「は、ど、どうも・・」
「彼は1年目でありながら、非常に意欲的に病棟での仕事を頑張っておられる。手技の飲み込みも早い。オーベンの
指導を称えたいという気持ちもありますが、君自身に特有のセンスを感じます」
「いやあ・・」
「返事は要りません。そこですね。先生はちと生真面目すぎる」
「は?」
「まあ若さというのは、時々周囲が見えなくなることもあります。ですが自分の限界を知っておかないと、知らない間に
レッドゾーンに突入してしまう」

医局長・・。石丸君が寝坊して主治医外されたりしたことを指して言ってるんだな。
石丸君は無言で赤面しうつむいた。

「君は自分の限界を思い知ったこともあったと思います。しかしその後の飛躍はより目覚しい。今後に期待します」

シーンという雰囲気が、あたりを支配している。

「同じく、長谷川さんね。石丸君と同じく、いつも夜遅くまでご苦労さん。毎日きちんと病棟での業務をこなしていて、
詰所での評判もいいです」

彼女は不安そうに小刻みに頷いていた。

「ですがもうちょっと、カンファでの意見など・・そう、自分の意見が欲しいですね。私もぜひ君自身の意見を聞きたい。
どうか・・恥をかくことを恐れずに。それができれば君は文句なしです。頑張ってください」

またシーンと空気が張り詰めた。

「次は2年目の・・島君。あ、君ら3人はセンターは希望してなかったね。失礼。ま、頑張って・・」
島先生ら3人は他人事のようにクスクス笑みを浮かべた。
「どうですか、島先生。近畿の医学雑誌で見た評判と、実際のギャップは感じました?」
「え?ギャップ・・・。実際の現場のほうが、むしろ素晴らしかったと・・」

間宮先生が噴出し、みんな一斉に笑い始めた。医局長も久々に笑顔になった。

「はは・・・ありがとう。なにせ人手の少ない医局です。来年はオーベンとしての指導も・・」
一瞬、島先生の顔が曇った。

「水野先生と森先生は・・院生だったね。センターへの希望もなし。君ら・・・」
水野はダメダメと手を振り払った。
「水野先生。そろそろいいじゃないですか。ダメですか?いいでしょう?言いますね。入籍を来月・・」

みんな、オオーッと半分立ち上がり気味に歓声を上げた。

「式の日取りが決まったら、教えてください。森先生は水野先生になるわけですね。どう呼びますかね・・」

おめでとう、水野。そうなるとは思っていたが。まさか、できちゃった婚じゃないだろうな?

「ささ、時間がないので駆け足で。トシキ先生!」
「はい!」
思わず返事が出た。

<つづく>

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