< オーベン&コベンダーズ 5-13 新たなる苦悩 >
2004年9月27日「センター行きは・・・・・・・・・・・・・・・・
野中くん!」
4人の傭兵たちは一斉に、「うそ!」といわんばかりの表情に変わった。
あの冷静な草波氏までもだ。
野中先生は最前列で、ただただ前方を眺めていた。
「野中君が希望者となれば話は別でした。彼の活躍ぶりは皆さんの知るとおり・・・
いや、それだけではないのです」
不服そうなマーブル先生が食い入るように聞き入った。
「彼は実験で論文を3つ書き上げたばかりでなく、病棟医長としての役割もこなしました。
まあ確かに入院患者は持たずに、副病棟医長の助けあってのことですが」
そ、そんなバカな・・。僕の両手が次第に震えていった。
「ですがみなさん、何か見落としてなかったですか?」
皆、お互い首をひねった。
「皆さんが夜遅くまで仕事をしたその後、そしてバイトで不在のときや、詰所に誰もいなかったとき・・
彼は、その間でも働いていたのです」
なに・・?
「つまり皆さんがいないときでも、彼は黙々と詰所を守り続けていたのです。みなさんが夜、十分眠られて
次の日働けたのも、彼の功績によるところが大きいのです」
なんだ?じゃあ僕らはどうなんだ・・・?僕らだってどれだけ自分を犠牲にしてやってきたのか・・・!
「その彼には、私をはじめ教授方も絶大な信頼を寄せています。ぜひ彼にはセンターでより多くの修行を積んで
いただき、未来のわが医局を引っ張っていって欲しい!」
塩見先生が立ち上がり、ゆっくりと出口へ向っていく。引き続き、田島先生も。緒方先生も去り、
マーブル先生と草波氏は残っていた。
「そのほかの希望者だった先生方。目標をセンターにするあまり、本来の医療を、自分の姿まで含めて見失って
なかったですか。それを今日、晩にでもゆっくり自問自答してください」
あんまりな言葉だ。これ以上何をやり直せって言うんだ?
「以上。解散。野中先生、おめでとう。さっそくだが2週間後に出発。引越しの手続きを」
みな解散し、笑顔と失望した顔が入り乱れていた。
僕はなんともいえない虚無感に襲われた。
マーブル先生は草波氏に食ってかかっていた。
「草波さん、話、違うじゃないっスか!」
「あ、ああ」
「ああ、じゃないっスよ!もう知りませんよ!」
「こちらも新しい手続きを・・」
「もういいです。頼みません!」
再び残りの傭兵達が入ってきた。みな口々に、草波氏へ非難の言葉を浴びせ続けた。
僕は気まずくなり、廊下へと出た。
彼ら、そうか。センターへ行けるという約束でも交わしていたんだろうか。
まあどうでもいい話だ。
これで僕は、今後医局に残るか後継者になるかの選択に迫られるわけだ。
どちらにしても、むなしい選択だ。
週1のバイト先。いつも通り閑散としていて、バイトに来たというよりはかくまってもらってるような印象をもつ。
来週当番の抄読会の原稿を作成。PowerMACを起動。
今回のテーマは・・・ARDSにするか。呼吸管理のポイントは・・・。
僕は夢中で打ち続けた。
1回換気量を少なめにして気道内圧を抑え、肺への傷害を防ぐ。呼吸回数が増えるのは仕方なし、と。
実際の現場では気管内チューブの亜閉塞もありうるので、加湿は十分に行い・・。
ドアのノック音だ。まだ昼食の時間ではないが。ひょっとしてまた・・。
「はい」
ドアを開けると、そこには・・。
「ああ!」
思わず声が出た。
名誉教授が半そでシャツで立っている。
「おはようございます」
「あ、おお、おはようござ、ざざいます!」
僕はシャンと背筋を伸ばし、その場で固まってしまった。
名誉教授はシワシワの顔を思いっきり伸展させ、笑顔を作った。ように思えた。
「どうですか。ここの居心地は?」
「あ、はい。それはもう・・」
「院長は無理な注文とかしてないかの?わっはは」
「いえ・・・ありません」
「今日は外来は?」
「始まって2時間ですが、まだ3人しか・・」
「はっはは、よいよい。気にする必要など」
名誉教授の後ろに中年の太った医師が現れた。メガネをかけていてオタクっぽい。
名誉教授の無言の歩みに、思わず僕ら2人は自然と後ろに従った。
不思議なオーラだ。
以前のように、院長室へ通された。そしてまた、院長を目の前に僕らは正面のソファー
へと通された。名誉教授を挟んで僕らは座った。
院長はゆっくりと立ち上がった。
「ま、どうぞリラックスして下さいな」
そんなの、できるわけがない。
「トシキ先生。この先生は・・・初めてではないですね?」
「え?」
この太った先生・・?しかし見覚えがない。
「以前、お電話で・・」
「電話を?」
「夜中に患者の対応のことで」
「ああ!あのときの・・」
夜間に僕を怒鳴ったドクター・・たぶんそうだ。
「なんか、トシキ先生。この医者が先生にかなり罵声を浴びせたとか・・?」
「うわっはははは!」
名誉教授が場違いな高笑いを始めた。院長はかなり神妙な表情だ。
「いえ。そんなことありません」
僕はとりあえず誤魔化すような返事をした。
「この先生はここ1年、常勤で来てもらってる先生でね」
「はい・・・」
常勤の先生は名誉教授に隠れて見えない。終始無言だ。
「いや、私もこのドクターには信頼を置いていたんですよ。最低限のことは
してましたしね」
「・・・・・?」
「ナースの側からも別に不満の声は上がってなかったわけですが。しかし・・」
院長はギロッと目線を彼に移した。
「なにを考えとんだ、お前は!」
シーンと辺りが静まり返った。打ち破るように内線が鳴った。
「はい?」
不機嫌そうに院長が出た。
「ああ、いまここに来てもらってる。外来・・?」
僕は反射的に立ち上がろうとした。
「ああ先生、大丈夫!座っててください・・・・・外来患者は、うん、待たせといて。よろしく」
電話を切ったとたん、またクワッともとの表情に戻った。
「大学派遣で来ていただいているドクターに対して、そんな態度を取れる立場か!え?」
名誉教授は全く動じず、天井をポカンと見つめていた。思い出したように、僕のほうを向いた。
「先生・・・」
「は、はい」
「お茶、冷めるよ」
「・・・・・」
院長は机をガンガン叩き始めた。
「まったく、お前は給料以上の働きもしてねえのに・・・!この先生に対して、おい。どうお詫びするんだ?」
もうやめてほしかったが・・・僕はただ黙っているしかない。
名誉教授がお茶をすすったあと、言葉を漏らした。
「もう、辞めどきですな」
と、またお茶をすすった。常勤ドクターは固まったままだった。
院長はうつむいてる父・・・名誉教授を一瞥し頷いた。
「今月で終わりだ。新しい常勤ドクターが来るまでは、私がやる」
それって、僕のことなのか・・。
野中くん!」
4人の傭兵たちは一斉に、「うそ!」といわんばかりの表情に変わった。
あの冷静な草波氏までもだ。
野中先生は最前列で、ただただ前方を眺めていた。
「野中君が希望者となれば話は別でした。彼の活躍ぶりは皆さんの知るとおり・・・
いや、それだけではないのです」
不服そうなマーブル先生が食い入るように聞き入った。
「彼は実験で論文を3つ書き上げたばかりでなく、病棟医長としての役割もこなしました。
まあ確かに入院患者は持たずに、副病棟医長の助けあってのことですが」
そ、そんなバカな・・。僕の両手が次第に震えていった。
「ですがみなさん、何か見落としてなかったですか?」
皆、お互い首をひねった。
「皆さんが夜遅くまで仕事をしたその後、そしてバイトで不在のときや、詰所に誰もいなかったとき・・
彼は、その間でも働いていたのです」
なに・・?
「つまり皆さんがいないときでも、彼は黙々と詰所を守り続けていたのです。みなさんが夜、十分眠られて
次の日働けたのも、彼の功績によるところが大きいのです」
なんだ?じゃあ僕らはどうなんだ・・・?僕らだってどれだけ自分を犠牲にしてやってきたのか・・・!
「その彼には、私をはじめ教授方も絶大な信頼を寄せています。ぜひ彼にはセンターでより多くの修行を積んで
いただき、未来のわが医局を引っ張っていって欲しい!」
塩見先生が立ち上がり、ゆっくりと出口へ向っていく。引き続き、田島先生も。緒方先生も去り、
マーブル先生と草波氏は残っていた。
「そのほかの希望者だった先生方。目標をセンターにするあまり、本来の医療を、自分の姿まで含めて見失って
なかったですか。それを今日、晩にでもゆっくり自問自答してください」
あんまりな言葉だ。これ以上何をやり直せって言うんだ?
「以上。解散。野中先生、おめでとう。さっそくだが2週間後に出発。引越しの手続きを」
みな解散し、笑顔と失望した顔が入り乱れていた。
僕はなんともいえない虚無感に襲われた。
マーブル先生は草波氏に食ってかかっていた。
「草波さん、話、違うじゃないっスか!」
「あ、ああ」
「ああ、じゃないっスよ!もう知りませんよ!」
「こちらも新しい手続きを・・」
「もういいです。頼みません!」
再び残りの傭兵達が入ってきた。みな口々に、草波氏へ非難の言葉を浴びせ続けた。
僕は気まずくなり、廊下へと出た。
彼ら、そうか。センターへ行けるという約束でも交わしていたんだろうか。
まあどうでもいい話だ。
これで僕は、今後医局に残るか後継者になるかの選択に迫られるわけだ。
どちらにしても、むなしい選択だ。
週1のバイト先。いつも通り閑散としていて、バイトに来たというよりはかくまってもらってるような印象をもつ。
来週当番の抄読会の原稿を作成。PowerMACを起動。
今回のテーマは・・・ARDSにするか。呼吸管理のポイントは・・・。
僕は夢中で打ち続けた。
1回換気量を少なめにして気道内圧を抑え、肺への傷害を防ぐ。呼吸回数が増えるのは仕方なし、と。
実際の現場では気管内チューブの亜閉塞もありうるので、加湿は十分に行い・・。
ドアのノック音だ。まだ昼食の時間ではないが。ひょっとしてまた・・。
「はい」
ドアを開けると、そこには・・。
「ああ!」
思わず声が出た。
名誉教授が半そでシャツで立っている。
「おはようございます」
「あ、おお、おはようござ、ざざいます!」
僕はシャンと背筋を伸ばし、その場で固まってしまった。
名誉教授はシワシワの顔を思いっきり伸展させ、笑顔を作った。ように思えた。
「どうですか。ここの居心地は?」
「あ、はい。それはもう・・」
「院長は無理な注文とかしてないかの?わっはは」
「いえ・・・ありません」
「今日は外来は?」
「始まって2時間ですが、まだ3人しか・・」
「はっはは、よいよい。気にする必要など」
名誉教授の後ろに中年の太った医師が現れた。メガネをかけていてオタクっぽい。
名誉教授の無言の歩みに、思わず僕ら2人は自然と後ろに従った。
不思議なオーラだ。
以前のように、院長室へ通された。そしてまた、院長を目の前に僕らは正面のソファー
へと通された。名誉教授を挟んで僕らは座った。
院長はゆっくりと立ち上がった。
「ま、どうぞリラックスして下さいな」
そんなの、できるわけがない。
「トシキ先生。この先生は・・・初めてではないですね?」
「え?」
この太った先生・・?しかし見覚えがない。
「以前、お電話で・・」
「電話を?」
「夜中に患者の対応のことで」
「ああ!あのときの・・」
夜間に僕を怒鳴ったドクター・・たぶんそうだ。
「なんか、トシキ先生。この医者が先生にかなり罵声を浴びせたとか・・?」
「うわっはははは!」
名誉教授が場違いな高笑いを始めた。院長はかなり神妙な表情だ。
「いえ。そんなことありません」
僕はとりあえず誤魔化すような返事をした。
「この先生はここ1年、常勤で来てもらってる先生でね」
「はい・・・」
常勤の先生は名誉教授に隠れて見えない。終始無言だ。
「いや、私もこのドクターには信頼を置いていたんですよ。最低限のことは
してましたしね」
「・・・・・?」
「ナースの側からも別に不満の声は上がってなかったわけですが。しかし・・」
院長はギロッと目線を彼に移した。
「なにを考えとんだ、お前は!」
シーンと辺りが静まり返った。打ち破るように内線が鳴った。
「はい?」
不機嫌そうに院長が出た。
「ああ、いまここに来てもらってる。外来・・?」
僕は反射的に立ち上がろうとした。
「ああ先生、大丈夫!座っててください・・・・・外来患者は、うん、待たせといて。よろしく」
電話を切ったとたん、またクワッともとの表情に戻った。
「大学派遣で来ていただいているドクターに対して、そんな態度を取れる立場か!え?」
名誉教授は全く動じず、天井をポカンと見つめていた。思い出したように、僕のほうを向いた。
「先生・・・」
「は、はい」
「お茶、冷めるよ」
「・・・・・」
院長は机をガンガン叩き始めた。
「まったく、お前は給料以上の働きもしてねえのに・・・!この先生に対して、おい。どうお詫びするんだ?」
もうやめてほしかったが・・・僕はただ黙っているしかない。
名誉教授がお茶をすすったあと、言葉を漏らした。
「もう、辞めどきですな」
と、またお茶をすすった。常勤ドクターは固まったままだった。
院長はうつむいてる父・・・名誉教授を一瞥し頷いた。
「今月で終わりだ。新しい常勤ドクターが来るまでは、私がやる」
それって、僕のことなのか・・。
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