「日曜日は見送りに?」
「見送り・・ああ、野中先生のか」
「そりゃ行くだろな。お前のもとオーベンだ。あ、ところでさ」
「?」
「草波っていただろう?」
「ドクターバンクかい、あの人?」
「知ってたか?あいつ、4人の傭兵の誰かをセンターに行かせるために、
この医局に介入してきたんだぜ」
「なんだそれ?」
「最初は医局とそういう契約をしていたんだが、こんな意外な結果になってしまった」
「医局が裏切ったってこと?」
「ああそうだ。ここだけの話だ」
「そうなると、大丈夫かなあ・・」
「何が?」
「その傭兵たちだよ。ここにいる意味がないだろう?」
「そうだな・・・」

島・・・。この男、なんでこんな話まで・・。

そういえば気になることがあった。

「島。ちょっと話が変わるが」
「?」
「この前、週1バイトの病院の院長にまた呼ばれてな」
「ああ、例の話、出たのか?後継者の」
「出た。で、常勤の医者がクビになった」
「癖のある常勤だからな」
「僕が夜間に彼に怒鳴られた話・・・・君にしたよな。以前」

島は目を逸らした。

「ああ、うん」
「院長が知ってたんだよ。不思議なことに」
「ふーん・・・。誰かがチクったんだろか?」
「ひょっとして君が・・」
「おいおい!」

島はあわてて両手を振った。

「人聞きの悪いことを言うなよ!人をスパイみたいに・・」
「そこまでは言ってない。だが・・」
「なんだよ、センター行けなかったのがそんなに悔しいか」
「なに?」

無言のまま、僕らの間に火花が走った。

日曜日、見送りの日。
朝の9時、詰所へ。数時間後に空港へ向う計算。

「おはようございます・・」
詰所の中のナース5人は黙って雑用中だ。そのうち1人がやっと気づいてこちらへやってきた。
「肺癌で化学療法の患者さん」
「それ、僕の患者じゃない」
「熱が40度ありまして」
「・・・で?」
「発熱時の指示を」
「・・・・なんだよ。カルテにちゃんと書いてあるじゃないか!」

僕はかなり短気な、というかイライラ癖がついていた。

「え?ああ、はあ・・・」
「ちゃんと確認してくださいよ!」
返事もなくナースはイスに腰掛けた。

僕はふと気づいた。

「注射当番、まだ来てないのか・・!」
ナースも知らないといった素振りだ。というか無関心だ。
「今日の当番は・・・・」

島か。あいつ・・・!

僕は詰所から携帯にコールした。

「もしもし」
「島!何やってんだよ」
「え?ああ、注射当番だろ?」
「朝の9時、回ってるぞ!朝8時の指示だってあるのに!」
「怒るな怒るな・・・もう行くから」
「すぐ来てくれよ。僕はしないから」

ナースが1人やってきた。

「先生。患者さんから早く注射来てくれとクレームが」
「島が今から来る!そう伝えてよ!」
「そ、それは先生から患者さんに直接おっしゃっていただかないと・・」
「僕だってこれから回診とかムンテラとかあるんだ!」

僕は部屋廻りを始めた。

大部屋に入ると、心不全治療中の中年女性がいた。
心不全は軽症で、酸素吸入と利尿剤のみだ。

「どうですか?眠れましたか?」
「眠れん眠れん。横のオバアのイビキがうるさくて」
「息苦しさは?」
「ちっとも変わらん。いつ退院できるんかの?」
「入院してまだ3日ですし・・」
「ん?」

ゴミ箱に目をやると、大量のジュース空き缶が入っている。

「これは・・・?」
「?ああこれ・・?」

中年女性はむくっと起き上がった。
「これな・・・・これ、親戚がやってきて皆ここで飲んでいったんやわ」
「・・・・・」

「ちゃうで先生、騙されんといてやあ」
そう呟いたのは、カーテン越しに隣り合わせの「オバア」だった。
影だけ見える。

「あんたあ、先生に1日の水分制限されとるくせに、夜中にグビグビグビグビ、
何本も飲みあさりよったじゃないかあ」
中年女性も反撃する。
「見てもないのにあんたあ、ようそんな事が言えるわい!」
「親戚なんか来とらんだろが!」
「先生!部屋代えてちょうだい!このオバアうっとうしい」
「部屋はないって看護婦さん、言うとったぞ!」
「お前が帰ったらええんじゃ!どうせやったら地下室から帰れ!」

なんて会話だ・・。でもオバアの言う事が当たってそうだ。
こっちが一生懸命計画たてて治療してても、本人に治す気がなけりゃダメだ。

僕は別の部屋へ移った。

30代男性の心臓神経症だ。刑事をやっている。
「おはようございます」
「お、こりゃどうも!」
「動悸は減りましたか?」
「あれ何の薬ですか?」
「不整脈のです」
「すごくよく効いてますね!服用して5分も経ってないのに」

腸に吸収されるまで15分はかかるのに・・。

「そうですか、ま、よかったじゃないですか」
「でもそれだけ効くってことは、強力な副作用があるってことやな?」
「え?それは・・」
「いやな、わし。刑事やってていろいろ怖い経験しとるさかい。薬に
関してもかなり偏見みたいなの持ってるわけよ」
「え、ええ・・」
「それがそのうち癖になってやなあ、どっかそこらでのたれ死にしたりとか、
ほら、ようあるやんか」

よく喋る人だ・・。

「じゃ、明日には退院やな!」
「え?まだです。いちおう負荷試験をして・・」
「あはは、そうやったそうやった。病院におるんだから、病院のルールに従わんとな!」
「ええ、まあ」
「そうせんと先生に逮捕されてしまうわ!あっはは!」
「ちょ、ちょっと・・」

患者は僕の手首を握って、手錠のフリをした。
検査で負荷をかけられ過ぎで「アレスト」にならないように・・。

「あっはは、すまんすまん。じゃ、よろしく!」

やっと開放された。
どうやら、向精神薬が効きすぎているようだ・・。

廊下へ出ると、島が眠そうに点滴台を引っ張っていた。

「島・・・」
「ちゃんとやってるから、いいだろ?」
「大丈夫なのか?」
「ああ。ほっといてくれ」

島はそのまま個室へと入っていった。

僕は回診を終えてカルテ記入し詰所へ戻り、見送りの出発にさしかかった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索