空港入り口に入るその手前で、後ろからポンと肩をたたかれた。
「窪田先生?」

総統は川口先生を従えてやってきていた。彼らは「公認の」でなく「暗黙の」
カップルということになっている。どこまで進んでいるのかは知らないが・・。

「アンタ、目にクマが出来てるよ。大丈夫?」
総統は僕の顔を両手で補正するように押さえた。

「はい。いけます」

僕らは無言で空港のロビーまで歩いた。待ち合わせの空港名と時間しか聞いておらず、
いったいどこへ行けばいいのか・・。

総統は携帯を鳴らした。
「三品?みんな、どこよ?・・・はいはい。喫茶。例のね。はいはい」
どうやらお決まりの場所があるようだ。

僕らは小さなレストランに入った。そこでは10人ほどの人間が待っていた。
みなすでに注文して、ほぼ食べ終わっている。総統は残念そうだった。
「あら?ボクたちの分は?」

奥から人懐っこく手を振ってる先生がいた。僕は思わず叫んだ。

「ネズ・・・畑先生じゃないですか!」
「おう!」

みんなスーツ姿の中、彼だけジーンズだった。でもそこが彼らしい。

「畑先生。久しぶりですね」
「呼吸器グループはオレと、グッチゃんだけか?」
そうだ。ほとんどが循環器グループだ。同僚の見送りぐらい、みな
総出で来ればいいのに・・・。

窪田先生は腕時計を見やった。
「出発まで1時間半か。ちょっと早く来すぎたね」
三品先生は飲みすぎで顔が真っ赤だ。
「野中の野郎!ギリギリまで来ねえのかな?くそっ。おい!もう1杯頼め!」
三品先生は大ジョッキをおもいっきり叩きつけた。

窪田先生は畑先生の横に座った。
「なんか・・・ずいぶんな処罰を受けられるそうで?」
「も、やめましょ!そんな話!」
畑先生はホントに気まずそうだった。
「だから、言ったのに!外の病院は厳しいのよって!もうちょっと大学で学んでから出るべき!」
「今さら、しょうがないッスよ!」

僕には事情がよく分からなかった。

窪田先生は1杯目のジョッキを飲み干した。
「岐阜かぁ・・・。遠いなあ」
僕は驚いた。
「岐阜・・・転勤ですか?畑先生?」

畑先生はタバコに火をつけ、短く天井に煙した。

「そうだよ。だからなんだっての?」
「岐阜にも関連病院があったんですね・・」
「へっ!」

三品先生が覗き込んだ。
「でもいいじゃねえか。好きなように任せてくれるんだからよ!」
畑先生は無視した。

しかし畑先生は大学から出て半年くらいのはずだ。もう転勤とは・・。
何かあったんだろうか。

畑先生がトイレに向った直後、いきなり皆、彼の話題に入った。
窪田先生が首をかしげ、僕に話しかけてきた。
「ま、あれじゃあどこでも使えないだろうけどね」
「そ、そうなんですか?」
「教授は今年から、デキナイ医者の一掃化を図るつもりらしいわよ」
「一掃化?」
「医局の人数が増えてきたでしょ。だから、いらんヤツはポイ!」
「し、しかし・・・」

傭兵達がみな辞めてしまう危険もあるのに・・。

「教授はずっと言いたかったらしいよ。デキナイ医者はこうなるって!」
「し、しかし・・・」
「何アンタ。しかししかしって・・・。もしかしてシカシ男?モシカシテシカシ男?
これ早口言葉で言える?」
「それじゃまるで、見せしめのような・・」
「いや、いいのよ。それで」

総統からそんな冷酷な言葉が出るとは・・。

「医局の理念に従わない人間は、みなそうなるの!」
「理念・・・」
「医局員として恥ずかしくない医師!」

僕は皆を見てて、恥ずかしくてしようがないんだが・・。

「あたしは一見、温厚に見えるだろうけど。ま、タテマエは大事。それも世渡り」
「え?」
「医局を守るためなら、何だってやる。そうよね、みんな!」

三品先生ら助手・院生はみな首を縦に振っている。

「次はあのユウキが、春に例の病院へ飛ばされて・・・」
「国営から民間になる病院ですね?」
「そ。あそこは療養病棟扱い。何もさせてはくれないよ」
「・・・・・」
「何かされたら困るからね」
「その先生も、医局の理念を・・?」
「ダメダメ。最初はまあできるヤツかと思ったけど。病院からは飛び出すし、先輩には
殴りかかったらしいし・・」
「あ、それはいけませんね」
「だから、これからはそういう医者をつるし上げておかないと、これからどんどん増えるわけ」
「なるほど・・・」
「分かりましたか?シカシ男。バットマン!」

総統の横のグッチ先生は無表情で聞いているが・・。総統のどこがよかったんだろう・・。

三品先生が腕時計を見た。

「おい。そろそろ搭乗準備にかかる時間だぞ」
みな立ち上がり、イスをしまいはじめた。
搭乗口近くで、彼を待ち伏せることになった。

「トシキよ!」
「は?」
畑先生が気まずそうに話しかけてきた。
「お前さ。いろいろ聞くよ。噂で」
「なんです?どうせろくでもない・・」
「おうおう、怒るな怒るな。怒ったことない奴なのに」
「岐阜は遠いですね」
「ああ、一応行くよ。だがな・・」
「あまりいい病院ではないんですか?」
「ズバリ聞く奴だな。正直、ここだけの話・・」

ヒソヒソ声に変わった。

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