ヒソヒソ声に変わった。

「もう医局を離れようと思ってるんだよ」
「辞められる・・?」
「ああ。実はあの、草波さんって人と」
「またあの人ですか・・」
「松田に連絡して、いろいろ相談してるんだよ」
「ええ・・・で、他の病院へ?」
「いい条件の病院を紹介してくれるようだしさ!」
「何者なんですか?あの人・・」
「お前も医局にはかなり愛想を尽かしてるんだろ?」
「な、なにを先生おっしゃい・・」

図星を突っ込まれて思わず否定しそうになった。

「この医局は腐ってるぞ。ていうか、大学病院そのものがな」
「・・・・・」
「何のために医局の命じるまま動かなきゃいけないんだよ!」
「ええ。自分も悩んではいます」
「みたいだな。でも名誉教授の息子のとこは・・」
「な、なんでそこまで」
「ま。いろいろ情報はあるんだよ」

草波さんだ。間違いない。

「トシキ。あそこへは絶対に行くな」
「なぜです?」
「とにかくだ」
「?」

みな、一斉に歓声を上げた。

野中先生がやってきたのだ。彼の姿を見たのは、あの人事決定の日以来だ。
しかし・・・どうやら。横の美女が付き添いのようだ。

そのモデルのような美女は全く動ずることなく、彼の手首を掴んだまま離さなかった。
それどころか、僕らを物色するかのように見ている。

「みんな・・・見送りまで、いいのに」
野中先生は茶色のスーツが決まっていた。

総統が歩み出た。
「先生、これ。私達からのラブレターと、金一封」
「あ、こりゃどうも・・」
「その横の女性は・・」
「え?誰って・・」
「あ?はは・・」

みんな固まってしまった。どうやら野中先生の本命なんだろう。

ナースの新人も可愛そうに・・。

窪田先生はサッと敬礼した。
「では野中大臣!君の栄えあるこれからの前途を祝して!」
打ち合わせどおり、みな一斉に敬礼した。

「おいトシキ」
野中先生が僕のほうへ寄ってきた。
「頑張れよ」
「え、ええ・・」
「それと・・・すまなかったな。だが分かれよ。オレもいろいろ悩んでいた」
「は、はあ」
「半年前かな、あるヤツに言われたんだ。このまま大学院に行って、博士取って・・
で、それだけの人生になるのはゴメンだと」
「そ、そうですか・・」
「オレも羽ばたきたい」

野中先生は振り向いて搭乗口へ向った。彼女も待っている。

「野中先生!」
「?」
彼が振り向き、僕はかなり近寄った。

「ご帰還を、お待ちしています」
「フフ・・・トシキ!」
「え?」
「だからお前は好きなんだよ」
「ど、どうして?」
「ハハ・・・トシキ。お前本気でオレが・・」
「?」
「帰ってくるとでも?」

僕は呆気に取られ、そのままゲートを通過していく野中先生を見守った。

会話は誰にも悟られなかったが・・。何か物凄い敗北感を感じた。

みな散り散りになっていった。

いつの間にか草波氏だけが残っている。ていうか、いつの間に現れたんだ?

「今日は美女はご一緒ではないんですね」
「ええ・・」
「例の4人はやはり来られなかったですね」
「そのようで」
「ま、そういう人たちですよね」
「で、どうです?少しは・・」
「草波さん。すみませんが、今はそういう話は・・」
「時間がありませんよ。トシキ君」
「え?」
「畑先生も心配してます。君も早く決断なさい」
「そんな。余計なお世話です」
「彼から聞いたでしょう?名誉教授の家族の病院など・・」
「言いふらしますよ!」

草波氏は僕を追いかけるのをやめ、立ち止まった。
「先生。先生の医局は、もう救えない」
「え?なにを・・」
「救いません」
「草波さん。例の4人は・・」
「それはもう分かってるでしょう。医局は、私との約束を破ったのです」
「そんなことで・・?」
「君も悔しかったでしょうに」
「そ、そんなことないです」
「いいですか。例の4人だけと思ったら大間違いですよ」

彼はクルッと振り向き、遠ざかっていった。

なんだ?他にもドロップアウトする人間がいるっていうのか・・?

気がつくと、僕は高速道路を猛スピードで走っていた。
頭上には航空機がゆっくりと高度を上げていくのが見える。

彼は去った。もう戻ってこないのか・・・。だが、彼の心配などするどころでは
なかった。

ハンドルが汗ばんでいる。このままでは・・・

『医局が潰れてしまう・・!』

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