< オーベン&コベンダーズ 5-18 ピエロ >
2004年10月4日だんだんと寒くなり、カンファの参加人数も例年のごとく少な目の傾向にあった。
特に例の傭兵4人の出席率は低い。
循環器カンファでは総統と、新・病棟医長の三品先生が司会。
「じゃ、いくわよ。レジデントから」
「はい」
石丸君はようやく明るさを取り戻し、落ち着いた雰囲気でプレゼンを始めた。
「高血圧です。51歳女性で、主訴は・・・高血圧原因精査目的。今のところアルドステロン症疑いです」
「どっちの?」
「はい?」
総統はいつになく機嫌が悪そうだ。
「どっちのって、聞いてるの。こっちが!」
「は、はい。原発性か、もう1つは・・」
「おいおい・・」
代わりに三品先生が答えた。
「アホかお前。国試終わって、パーになってないか?」
「ええと・・特発性です」
「特発性とはこの場合?え?」
「か・・・かけいせ・・」
「よく聞こえん!そこの学生さんたちにも聞こえるようにな!」
三品先生は最前列の学生さんたちを指差した。
いつもより、いっそう強気だ。
今のところ入局予定者が13人いるらしいんだが、そのためか?
「もういい石丸、日が暮れる。過形成、だろ?」
「は、はい。そうでした」
「そうでした?患者にもそう言ってるのか?」
野中先生がいなくなって、三品先生、まるで人が変わったように・・。
「じゃ、長谷川!」
「はい。CABG後、グラフト閉塞疑いの66歳女性」
「CABGはいつや?」
「10年前です」
「グラフトは何本?」
「内胸動脈1本、大伏在静脈が2本」
「カテは時間かかりそうだな・・オペは当院で?」
「はい」
「ハン、うちの心外か・・。お前ら、くれぐれもうちの心外には紹介するなよ」
学生さんたちが少し反応した。今来ている学生さんたち6人は、みな
うちへの入局希望者だ。
「学生さん、これはオフレコね。よろしく」
僕が立ち上がった。
「次です。89歳のMR」
「原因はなんや?」
「遡ってカルテも見たのですが・・・過去のカルテは処分されていて」
「主治医の考えは?お前の考え!」
「afでしょうか・・」
「でしょうか、ってなんぞや!オレに聞いてどうする?」
「弁そのものは石灰化が強いので、リウマチ性もありえます」
「この高齢だぞ。で、当科で研究中のドプラの所見は?」
「・・・・・」
「それをスコアで表すと?」
当時、当医局で研究されていたスコアのような計算式などがあった。
「・・・なんやおい?」
「すみません。知りませんでした」
「なに?」
だって、教えてもらってもない。
「三品先生、よろしければその計算式などを・・」
「オレか?い、今は分からんよ。何も持ってないしな。ノナキーがたぶん・・
そっか。あいつ、もういないんだった」
循環器グループの研究内容の把握・保存をしていたのは野中先生だけだった。
三品先生はあきらめ、話題を変えた。
カンファが終了しかけ、総統が遮った。
「あ、学生さんたち!」
部屋の動きが止まった。
「大丈夫かな?新阪急ホテルに夜7時に集合!携帯番号は・・大丈夫?」
そのうちの代表者らしき生徒が立ち上がった。
「大丈夫です!」
「トシキくんらも、大丈夫?」
「はい」
今回は医局側から窪田先生のほか、僕も呼ばれた。志望者の指名らしい。
それにしても今は・・。
学生が医局を選ぶ時代なんだな。以前もそうかもしれないが、要望に答え過ぎてる
ような気もする。入局したあとのツケを考えれば、まあ50-50か。
「トシキ先生?」
僕はさらに後ろから呼び止められた。
窪田先生のほか、三品先生や院生・助手7人に囲まれた。
「な、なんでしょう・・?」
「今日は学生さんと話すわけよね」
「ええ。しかし何を・・」
「アンタのことだから、実態をそのまま話されると困るわけ」
「ヘンなことは一切・・」
三品先生が歩み出た。
「でな。手早く言うと、お前が循環器グループに入るっていうことだけハッキリして欲しいんだな」
「?」
「おまえな、もう2年目の後半だぞ。グループ決めてないのがそもそもおかしいんだ!」
確かに、決めてない。ていうか、どちらにも属する意志がない。意志が沸いてこない。
この医局に従属することをためらっているからだ。
「だからなトシキ。今日は、循環器グループに入ったってことで話を進めるからな」
「僕が?もう入ったと?」
「入ったと?九州弁かそれ?」
「そうしないといけないんでしょうか・・」
「事情があ・・」
窪田先生が遮った。
「まあこういうこと。入局希望者の大半が、循環器希望なわけ。最近のコはハッキリしてる」
「そうですか・・」
「希望者の皆が、アンタ目当てに入局してくれるわけよ。だから今は、アンタが引っ張っていく
っていう約束をしてもらわないと」
「そんな約束は・・」
「いいのよ、先生。約束で。彼らが入局したら、あたしらが上手くやる」
「・・・・・」
三品先生が大きく頷いた。
「まあそういうことだ!」
「草波さんの紹介で来られた4人は・・」
「多数の入局が決まった時点でクビだ」
「クビ?」
「そうだ。もともとはうちが人員不足で、医局長が探してきたコネだ」
「近いうちに辞める可能性はないでしょうか・・」
「なんでお前がそんな心配すんだよ!」
「医局員が減ったら、入院患者の割り当てとか業務の振り分けが・・」
「それはもう新しい病棟医長らがやってくれる!」
みな1人ずつ引き上げだした。
窪田総統も遠ざかっていった。
「期待してるわよ。教授にも伝えておく」
「・・・・・」
つまり、学生を勧誘するための芝居をしろってことか。
<次回完結>
特に例の傭兵4人の出席率は低い。
循環器カンファでは総統と、新・病棟医長の三品先生が司会。
「じゃ、いくわよ。レジデントから」
「はい」
石丸君はようやく明るさを取り戻し、落ち着いた雰囲気でプレゼンを始めた。
「高血圧です。51歳女性で、主訴は・・・高血圧原因精査目的。今のところアルドステロン症疑いです」
「どっちの?」
「はい?」
総統はいつになく機嫌が悪そうだ。
「どっちのって、聞いてるの。こっちが!」
「は、はい。原発性か、もう1つは・・」
「おいおい・・」
代わりに三品先生が答えた。
「アホかお前。国試終わって、パーになってないか?」
「ええと・・特発性です」
「特発性とはこの場合?え?」
「か・・・かけいせ・・」
「よく聞こえん!そこの学生さんたちにも聞こえるようにな!」
三品先生は最前列の学生さんたちを指差した。
いつもより、いっそう強気だ。
今のところ入局予定者が13人いるらしいんだが、そのためか?
「もういい石丸、日が暮れる。過形成、だろ?」
「は、はい。そうでした」
「そうでした?患者にもそう言ってるのか?」
野中先生がいなくなって、三品先生、まるで人が変わったように・・。
「じゃ、長谷川!」
「はい。CABG後、グラフト閉塞疑いの66歳女性」
「CABGはいつや?」
「10年前です」
「グラフトは何本?」
「内胸動脈1本、大伏在静脈が2本」
「カテは時間かかりそうだな・・オペは当院で?」
「はい」
「ハン、うちの心外か・・。お前ら、くれぐれもうちの心外には紹介するなよ」
学生さんたちが少し反応した。今来ている学生さんたち6人は、みな
うちへの入局希望者だ。
「学生さん、これはオフレコね。よろしく」
僕が立ち上がった。
「次です。89歳のMR」
「原因はなんや?」
「遡ってカルテも見たのですが・・・過去のカルテは処分されていて」
「主治医の考えは?お前の考え!」
「afでしょうか・・」
「でしょうか、ってなんぞや!オレに聞いてどうする?」
「弁そのものは石灰化が強いので、リウマチ性もありえます」
「この高齢だぞ。で、当科で研究中のドプラの所見は?」
「・・・・・」
「それをスコアで表すと?」
当時、当医局で研究されていたスコアのような計算式などがあった。
「・・・なんやおい?」
「すみません。知りませんでした」
「なに?」
だって、教えてもらってもない。
「三品先生、よろしければその計算式などを・・」
「オレか?い、今は分からんよ。何も持ってないしな。ノナキーがたぶん・・
そっか。あいつ、もういないんだった」
循環器グループの研究内容の把握・保存をしていたのは野中先生だけだった。
三品先生はあきらめ、話題を変えた。
カンファが終了しかけ、総統が遮った。
「あ、学生さんたち!」
部屋の動きが止まった。
「大丈夫かな?新阪急ホテルに夜7時に集合!携帯番号は・・大丈夫?」
そのうちの代表者らしき生徒が立ち上がった。
「大丈夫です!」
「トシキくんらも、大丈夫?」
「はい」
今回は医局側から窪田先生のほか、僕も呼ばれた。志望者の指名らしい。
それにしても今は・・。
学生が医局を選ぶ時代なんだな。以前もそうかもしれないが、要望に答え過ぎてる
ような気もする。入局したあとのツケを考えれば、まあ50-50か。
「トシキ先生?」
僕はさらに後ろから呼び止められた。
窪田先生のほか、三品先生や院生・助手7人に囲まれた。
「な、なんでしょう・・?」
「今日は学生さんと話すわけよね」
「ええ。しかし何を・・」
「アンタのことだから、実態をそのまま話されると困るわけ」
「ヘンなことは一切・・」
三品先生が歩み出た。
「でな。手早く言うと、お前が循環器グループに入るっていうことだけハッキリして欲しいんだな」
「?」
「おまえな、もう2年目の後半だぞ。グループ決めてないのがそもそもおかしいんだ!」
確かに、決めてない。ていうか、どちらにも属する意志がない。意志が沸いてこない。
この医局に従属することをためらっているからだ。
「だからなトシキ。今日は、循環器グループに入ったってことで話を進めるからな」
「僕が?もう入ったと?」
「入ったと?九州弁かそれ?」
「そうしないといけないんでしょうか・・」
「事情があ・・」
窪田先生が遮った。
「まあこういうこと。入局希望者の大半が、循環器希望なわけ。最近のコはハッキリしてる」
「そうですか・・」
「希望者の皆が、アンタ目当てに入局してくれるわけよ。だから今は、アンタが引っ張っていく
っていう約束をしてもらわないと」
「そんな約束は・・」
「いいのよ、先生。約束で。彼らが入局したら、あたしらが上手くやる」
「・・・・・」
三品先生が大きく頷いた。
「まあそういうことだ!」
「草波さんの紹介で来られた4人は・・」
「多数の入局が決まった時点でクビだ」
「クビ?」
「そうだ。もともとはうちが人員不足で、医局長が探してきたコネだ」
「近いうちに辞める可能性はないでしょうか・・」
「なんでお前がそんな心配すんだよ!」
「医局員が減ったら、入院患者の割り当てとか業務の振り分けが・・」
「それはもう新しい病棟医長らがやってくれる!」
みな1人ずつ引き上げだした。
窪田総統も遠ざかっていった。
「期待してるわよ。教授にも伝えておく」
「・・・・・」
つまり、学生を勧誘するための芝居をしろってことか。
<次回完結>
コメント