<オーベン&コベンダーズ フィフス最終回 裏切り >
2004年10月5日豪勢だが風格のある料亭で、みな真向かいに一連のテーブルに座っている。
一人立ち上がった総統が司会を務める。
「今日は、北は茨城、南は・・・鹿児島までの出身のエリート軍団に来ていただいて。
わが医局としてまことに光栄です」
司会に近い席に、入学式さながらの格好で座っているレジデント予備軍。男性・女性
ほぼ同数で出席者は18人。このうち医局入局希望が13人。説明会の前なのに入局希望
とは、かなり本気に違いない。
「遠方からお越しになった学生さんも、どうでしたでしょうか。今は国家試験の受験勉強に
いそしむ毎日でしょうが、目標をしっかり立てることで、その日々が益々充実するものと願います」
三品先生が変わった。
「新・病棟医長の三品です。みなさん、ぜひ循環器グルー・・・いやいや、失礼。ぜひわが医局へ。
胸部内科として修行を積めば、どこの病院でも引く手あまたです。医者が余っているとかメディアでは
流されてますが、違います。消化器の医者は過剰傾向にはあるけどね」
みな上品に余裕の笑いを浮かべた。
「わが医局は、かつて雑誌でも紹介されたように、『レジデントで創る医局』です。封建社会の
医局は未だ根強いですが、わが医局ではリベラルな雰囲気が漂っている。そこがまず他の医局との
鑑別点です」
みなまた微笑んだ。
「食事が冷めますので・・・まずは乾杯といきましょう!」
乾杯の後、3つに分けられたテーブルの1つで会話が踊りだした。
女学生が1人、唐突に質問してくる。
「野中先生はおられないんですか?」
三品先生は予測していたようで即答した。
「ノナキーは関東まで研修に行ってるよ。終わったらまた戻ってくる」
「いつですか?」
「近々・・ですよね、窪田講師」
総統は流し目で答えた。
「うん。すぐだよ。心配いらない。それまでは彼がいるしね」
女学生は斜め前の僕を見つめた。
「はい。よろしくお願いします!」
「は、はあ・・」
三品先生はムッと僕に一瞬の睨みをきかせた。
同じテーブルの男子学生がもじもじと聞いてきた。
「あのう・・・すみません。これ、言っちゃっていいっすか?」
総統はテーブルの上で両手の指を遊ぶように組んだ。
「なんでもオーライ!」
「循環器のグループと呼吸器のグループの仲って、どこの病院でも悪い
ようなことを聞くんですが・・」
三品先生が噴出した。しかし図星だろう。
「そんなことないそんなことない!君、どこから・・・」
「いえ、その。噂で・・」
「うちのプレゼンか回診を見てそう思ったんだろな。あれはケンカに見えるようで、
違うんだ。ディスカッションというやつだよ。意見の交換だ。違う分野の人間が
本音でぶつかって、1つの結論を生み出す」
総統が言い換えた。
「戦争じゃないわけよ。切磋琢磨というやつ。お互いに本音で意見をぶつける。
そうしないと自分の意見ばかり通すでしょ?それが人間のイケナイところ。
一見ケンカしてそうな僕らでも、会が終わったらフツウだよ」
「そうですか。安心しました」
総統たち、一応わかってるんだな。実践はともかく・・・。
みな席を立ち始め、半数の人数が僕のところへやってきた。
うち1人の男子学生は積極的にビールを注ぎに来た。
「先生万歳!」
「え?なに?」
「オレは、絶対先生についていきますからね!」
「そんなあ・・」
「先生の姿を見て、僕もう泣きました!」
「・・・情けなかった?」
「もう!ちゃいますがな!先生、消化器グループが悪くした患者さん、
いたじゃないですか!人工呼吸器までついていた!ARDS!」
「ああ、あの人か。あの人はIVHを入れたとき、けっ・・・」
三品先生が故意に割り込んだ。
「ケッ・・・・・ゲッ!ゲッ!ゲゲゲのゲ〜!」
いきなり歌い始めた。
「♪楽しいな、それ!楽しいな!医局は楽しいぞ〜、試験は何にもない!」
みんなつられて歌い始めた。
女学生が1人また酒を注いできた。
「ネズミ先生は元気ですか?」
「知ってるの?」
「クラブの先輩だったんで」
「岐阜に行くらしいよ」
「ぎふ?」
みんなの歌が止んだ。
三品先生がしかめっ面で制止した。
「関連病院だよ」
「へー、中部地方にも関連病院があるんですか?」
「ま、うちの医局の植民地さ」
畑先生が奴隷扱いっていうことを考えると、外れてもない表現だ。
総統がまた話を膨らませる。
「1人でほぼ病院1つを任されるんだよ!」
「へええ〜。すごい。すっごいルーズな先生かと思ったのにぃ」
「うちの医局に来たら、変わるものよ」
確かに・・・。
学生が後ろでなにやらしゃべっている。そのうち1人が僕に耳打ちした。
「先生、2次会が・・」
「え?聞いてないけど・・」
「僕らが予約したんです。ただし僕らと先生だけです」
「僕だけ?」
「ええ。このあと、ここへ」
用意されていた地図を渡された。
いぶかしげに見ていた総統は立ち上がった。
「ではみなさん、そろそろここは切り上げて、2次会へ・・」
学生のうち1人が挙手した。
「先生、誠に申し訳ないのですが・・」
「ん?」
「このあと私たちでディスカッションしようと思いまして」
「学生どうしで?」
「はい。入局のことでなく、国家試験の準備のことなどで」
「あら、そう・・・残念無念」
三品先生は少し肩を落とした。
「仕方ねえなあ。最近は付き合い悪い・・」
総統が睨んでるのを見て、三品先生はかしこまった。
総統は店の出口でみんなを見送った。
「じゃ、寒いから風邪、ひかないようにね!何かあったらEメールで!
年明けから正式に入局を受け付けるから!」
みな賑やかに感謝の意を表し、散らばっていった。僕も引き上げにかかった。
「では僕も・・・」
三品先生は真顔に戻った。
「オイ。フォローの電話とか忘れるなよ」
「は、はい。また後日・・」
「今日の会計知ってるか?16万だぞ!医局費から出るからいいが・・」
まだ何か話したそうだったが、聞きたくなかったので足早に遠ざかった。
不審そうに僕を見つめていた総統が気になった。
そして約束の場所へ。カクテル・バーのようだ。
そこではさきほどの雰囲気とはうってかわって、厳粛で静粛な空気が支配していた。
みな真剣そのものだ。僕は尋問されるのだろうか・・?
注文したあと、両側の女子学生のうち1人が呟いた。
「先生。教えてください」
「え?何を・・・」
「どうか、隠さずにお願いします」
「だから、何を・・・?」
「医局が今、どんな状況で、そして・・・」
「?」
「先生がそこを辞めたがっている理由を」
「え?なに?僕が?だ、誰がそんなことを・・」
「情報の提供者は・・すみません。言えないです」
医局の人間が言うはずない・・。たぶんまた『あの人』か。
男子学生も何人か腕組みしていた。1人は僕を正面から見据えている。
「先生。頼みます。本当のことを!」
「本当、って・・・」
「先生なら教えてくださるはずです!」
「ほ、本当のこと・・・・・」
しばらく沈黙が流れた。
「そ、そんなこと・・・もし君らが聞いて・・・」
「聞くだけです!それで何が変わるってことはないですから!」
「本当に?」
そんなわけがなかった。しかし、このときは圧倒されていた。
僕の周りは人だかりで埋め尽くされた。
「うん。じゃあ、話すよ・・・」
一人立ち上がった総統が司会を務める。
「今日は、北は茨城、南は・・・鹿児島までの出身のエリート軍団に来ていただいて。
わが医局としてまことに光栄です」
司会に近い席に、入学式さながらの格好で座っているレジデント予備軍。男性・女性
ほぼ同数で出席者は18人。このうち医局入局希望が13人。説明会の前なのに入局希望
とは、かなり本気に違いない。
「遠方からお越しになった学生さんも、どうでしたでしょうか。今は国家試験の受験勉強に
いそしむ毎日でしょうが、目標をしっかり立てることで、その日々が益々充実するものと願います」
三品先生が変わった。
「新・病棟医長の三品です。みなさん、ぜひ循環器グルー・・・いやいや、失礼。ぜひわが医局へ。
胸部内科として修行を積めば、どこの病院でも引く手あまたです。医者が余っているとかメディアでは
流されてますが、違います。消化器の医者は過剰傾向にはあるけどね」
みな上品に余裕の笑いを浮かべた。
「わが医局は、かつて雑誌でも紹介されたように、『レジデントで創る医局』です。封建社会の
医局は未だ根強いですが、わが医局ではリベラルな雰囲気が漂っている。そこがまず他の医局との
鑑別点です」
みなまた微笑んだ。
「食事が冷めますので・・・まずは乾杯といきましょう!」
乾杯の後、3つに分けられたテーブルの1つで会話が踊りだした。
女学生が1人、唐突に質問してくる。
「野中先生はおられないんですか?」
三品先生は予測していたようで即答した。
「ノナキーは関東まで研修に行ってるよ。終わったらまた戻ってくる」
「いつですか?」
「近々・・ですよね、窪田講師」
総統は流し目で答えた。
「うん。すぐだよ。心配いらない。それまでは彼がいるしね」
女学生は斜め前の僕を見つめた。
「はい。よろしくお願いします!」
「は、はあ・・」
三品先生はムッと僕に一瞬の睨みをきかせた。
同じテーブルの男子学生がもじもじと聞いてきた。
「あのう・・・すみません。これ、言っちゃっていいっすか?」
総統はテーブルの上で両手の指を遊ぶように組んだ。
「なんでもオーライ!」
「循環器のグループと呼吸器のグループの仲って、どこの病院でも悪い
ようなことを聞くんですが・・」
三品先生が噴出した。しかし図星だろう。
「そんなことないそんなことない!君、どこから・・・」
「いえ、その。噂で・・」
「うちのプレゼンか回診を見てそう思ったんだろな。あれはケンカに見えるようで、
違うんだ。ディスカッションというやつだよ。意見の交換だ。違う分野の人間が
本音でぶつかって、1つの結論を生み出す」
総統が言い換えた。
「戦争じゃないわけよ。切磋琢磨というやつ。お互いに本音で意見をぶつける。
そうしないと自分の意見ばかり通すでしょ?それが人間のイケナイところ。
一見ケンカしてそうな僕らでも、会が終わったらフツウだよ」
「そうですか。安心しました」
総統たち、一応わかってるんだな。実践はともかく・・・。
みな席を立ち始め、半数の人数が僕のところへやってきた。
うち1人の男子学生は積極的にビールを注ぎに来た。
「先生万歳!」
「え?なに?」
「オレは、絶対先生についていきますからね!」
「そんなあ・・」
「先生の姿を見て、僕もう泣きました!」
「・・・情けなかった?」
「もう!ちゃいますがな!先生、消化器グループが悪くした患者さん、
いたじゃないですか!人工呼吸器までついていた!ARDS!」
「ああ、あの人か。あの人はIVHを入れたとき、けっ・・・」
三品先生が故意に割り込んだ。
「ケッ・・・・・ゲッ!ゲッ!ゲゲゲのゲ〜!」
いきなり歌い始めた。
「♪楽しいな、それ!楽しいな!医局は楽しいぞ〜、試験は何にもない!」
みんなつられて歌い始めた。
女学生が1人また酒を注いできた。
「ネズミ先生は元気ですか?」
「知ってるの?」
「クラブの先輩だったんで」
「岐阜に行くらしいよ」
「ぎふ?」
みんなの歌が止んだ。
三品先生がしかめっ面で制止した。
「関連病院だよ」
「へー、中部地方にも関連病院があるんですか?」
「ま、うちの医局の植民地さ」
畑先生が奴隷扱いっていうことを考えると、外れてもない表現だ。
総統がまた話を膨らませる。
「1人でほぼ病院1つを任されるんだよ!」
「へええ〜。すごい。すっごいルーズな先生かと思ったのにぃ」
「うちの医局に来たら、変わるものよ」
確かに・・・。
学生が後ろでなにやらしゃべっている。そのうち1人が僕に耳打ちした。
「先生、2次会が・・」
「え?聞いてないけど・・」
「僕らが予約したんです。ただし僕らと先生だけです」
「僕だけ?」
「ええ。このあと、ここへ」
用意されていた地図を渡された。
いぶかしげに見ていた総統は立ち上がった。
「ではみなさん、そろそろここは切り上げて、2次会へ・・」
学生のうち1人が挙手した。
「先生、誠に申し訳ないのですが・・」
「ん?」
「このあと私たちでディスカッションしようと思いまして」
「学生どうしで?」
「はい。入局のことでなく、国家試験の準備のことなどで」
「あら、そう・・・残念無念」
三品先生は少し肩を落とした。
「仕方ねえなあ。最近は付き合い悪い・・」
総統が睨んでるのを見て、三品先生はかしこまった。
総統は店の出口でみんなを見送った。
「じゃ、寒いから風邪、ひかないようにね!何かあったらEメールで!
年明けから正式に入局を受け付けるから!」
みな賑やかに感謝の意を表し、散らばっていった。僕も引き上げにかかった。
「では僕も・・・」
三品先生は真顔に戻った。
「オイ。フォローの電話とか忘れるなよ」
「は、はい。また後日・・」
「今日の会計知ってるか?16万だぞ!医局費から出るからいいが・・」
まだ何か話したそうだったが、聞きたくなかったので足早に遠ざかった。
不審そうに僕を見つめていた総統が気になった。
そして約束の場所へ。カクテル・バーのようだ。
そこではさきほどの雰囲気とはうってかわって、厳粛で静粛な空気が支配していた。
みな真剣そのものだ。僕は尋問されるのだろうか・・?
注文したあと、両側の女子学生のうち1人が呟いた。
「先生。教えてください」
「え?何を・・・」
「どうか、隠さずにお願いします」
「だから、何を・・・?」
「医局が今、どんな状況で、そして・・・」
「?」
「先生がそこを辞めたがっている理由を」
「え?なに?僕が?だ、誰がそんなことを・・」
「情報の提供者は・・すみません。言えないです」
医局の人間が言うはずない・・。たぶんまた『あの人』か。
男子学生も何人か腕組みしていた。1人は僕を正面から見据えている。
「先生。頼みます。本当のことを!」
「本当、って・・・」
「先生なら教えてくださるはずです!」
「ほ、本当のこと・・・・・」
しばらく沈黙が流れた。
「そ、そんなこと・・・もし君らが聞いて・・・」
「聞くだけです!それで何が変わるってことはないですから!」
「本当に?」
そんなわけがなかった。しかし、このときは圧倒されていた。
僕の周りは人だかりで埋め尽くされた。
「うん。じゃあ、話すよ・・・」
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