定例の医局会。

助教授が司会。
「いよいよ年末も近くなってきたな。あれ?これだけ?」

助教授が振り向くと、出席者はいつもの半分しかいない。
「臆病風にでも吹かれたか?」

板垣医局長が手を上げた。
「では、私から・・いいでしょうか?」
いつものクールさが少し欠けていた。動揺しているというか・・。

「病棟医長の三品くんに代わってですが・・今、実験中でして。
実は・・・病棟の稼働率がかなり低下しています」
助教授はふんふんと下を向いて頷いていた。他人事のようだ。

「当科は院内のベッド稼働率、第1位を連続してキープしておりましたが・・
先月辺りからずっと下降気味です」
助教授は頭を上げた。
「三品はきちんとやってるのか?」
「はい。彼自身は病棟の管理は抜かりなくやっていると」
「今のはホントか?トシキくん」

いきなり振られてビックリした。
「はい?」
「君から見てどうなんだ?」
「え、ええ。問題ないと思い・・」
「ふむ?じゃあどうして稼働率が落ちた?確かにわしも外来をやってて
思うんだが。入院予約してもなかなか以前のように入らん」

つまり入院患者の1人あたりの在院日数が長くなってきているのだ。
これに関しては、病棟医長の能力によって大きく左右されることが多い。

「どうだね?トシキ先生」
「人手不足というのもあるかと・・」
「人手?人間なら十分おるだろう?」
「病棟勤務の人間がかなり多忙で・・」
「多忙?そんなのハハ、言い訳だ、それでいいわけ?」
「実験のフォローが増えたりしたことが大きいのかも・・」
「病棟以外の仕事を増やした、わしらの責任か?」
「いえ。そんな」

実はその通りだ。

「君は三品の補助係だろ?きちんと彼を補佐して!ただし干さすなよ」
「・・・・・」

医局長は少し困っていた。
「あの、それで・・」
「なんだ?まだあるのか?」
「医局員の数のことで・・」
「?入局希望者か?」
「いえ。入局の人数は年明けに分かりますが・・」
「?」
「その前に退職される医局員です」
「なにぃ?」

眠りかけていた教授が飛び起きた。
「退職ですと?」

医局長は1歩退いた。
「は、はい。教授」
「誰が?」
「3年目の・・」
「名前を聞いているんじゃ!」
「は、はい!草波氏から紹介の4名、槙原先生、田島先生、塩見先生、緒方先生の、計4名です」
「いっぺんにか?」
「はい。彼らはもともと半年契約でして・・」
「随時更新、のはずだったが?」
「そ、それが。草波氏から諸般の事情にて、今回で契約を解消したいと」
教授は気まずそうに周囲を見回した。

「そ、その話は君、ここでは・・」
「申し訳ありません。このあと、また」

至る所でざわめきが起こった。僕の横の島も焦っている様子だ。
「結局、傭兵だな」
「笑えないぞ」
「しょせんそういう連中なんだよ」
「し、しかし・・・助けてもらったこともある」
「お前はいいさ」
「どうして?」
「こんな医局はもう捨てて、後継者になったらいいだろ」
「無理だ。まだレジデントなのに」
「今は、レジデントあがりでも開業してる時代だぜ。これさえあればな」
「金か・・」

僕は詰所へ戻った。ナースからいつものように伝言。
「トシキ先生。石丸先生の患者さんですが」
「石丸君は・・」
「体調をくずされてるとか」
「風邪ひいたのは聞いてる。でももう2週間もなるのに・・」

1年目の石丸君はますます元気がなく、病棟で見かけることも少なくなった。
野中先生に怒鳴られて以来だ。しかし、もう立ち直って欲しいんだが・・。

「石丸君の患者さんが?ごめん。なんだって?」
「ちゃんと聞いてください。感冒による急性心筋炎とカルテにはあるようですが・・」
「いまだ高熱だな」
「全然熱が下がらないって、患者さんもカンカンなんです」
「なんだよ。採血は入院時だけ?5日も経ってて」
「ボルタレンを使っているんですが・・」
「だだ、ダメだよ!それ!中止中止!よけい悪くなる・・・!」
「せ、先生、指示簿に記入を!」
「オーベンはいったい・・」
「先生がオーベンでは?」
「違うよ!前までは相談役だったけど。オーベンは今は緒方先生だ!」

角刈り先生。コベンの面倒も見ずに・・。

僕は医局へ行き、角刈り先生を見つけた。
机でパソコンをいじっている。仕事ではなさそうだ。

「緒方先生・・」
「な?なな、なんばしよっと?」
緒方先生は素早くノートパソコンの蓋を閉じた。

「石丸君の患者さんで・・」
「心筋炎?悪くなったと?」
「高熱がずっと続いていて・・」
「うん。それは知っとると」
「石丸君はボルタレンの指示を出してましたが。中止しておきました」
「信じられんね、そんな指示」
「先生、先生はオーベンでは」
「うん。それが・・・どうしたっと?」
「詰所が指示を待ってます」
「石丸は?」
「調子が悪いと聞きましたが・・」
「あいつ!どうせ仮病だろうが」
「先生、では詰所のほうへは伝えておきます」
「今日は、もう行かんとよ」
「え?」
「今日は個人的な用もあるし。早めに帰るとよ」
「しかし・・」
「だから、代わりにやっといて!」

緒方先生はパソコンを袋にしまい、立ち上がった。
呆気に取られた僕を尻目に、彼はそそくさと帰っていった。

詰所へ戻ると、新病棟医長の三品先生が待っていた。
「お!オレの右腕!」
「先生。あ、その人・・・」
「このカルテな、今見てるが。ちょっと目を離すとこれだな」
「心筋炎の活動性が分かりません。採血が入院時1回だけで」
「超音波も1回だけか。しかしこれ、ホントにウイルス性か?」
「白血球の左方移動も著明ですので、抗生剤を・・」
「培養をせにゃいかんだろ」
「しました」
「動脈も?」
「ええ、さきほど」
「石丸に電話してるが、全くつながらん。今日は来てないらしいな!」
「・・・・・心配です」
「以前にもあったな。なあ婦長!」

「ああ、あれ?」
婦長は腕組みしたまま不満そうに呟いた。
「登院拒否したあの先生。もう8年くらい前だったわね」
三品先生はカルテを僕に手渡した。
「どこに居たと思う?淀川だ!」
「よく見つかりましたね・・」
「死体でな」
「・・・・・」
「(ナイショだぞ)」

僕は急に胸騒ぎがした。
カンファ室に島がいた。
「おうトシキ。晩飯は何にする?」
「5時になったら、行かないか?」
「もう腹へったのか?」
「石丸君のアパートへ」
「鍋でもするのか?」
「違う。今日、出勤してないんだ」
「ここ最近、来てないぜ」
「そうだったとは。知らなかった・・」
「俺は忙しい。夜からバイトもあるし」
「アパートは近くだ。歩いていける」
「西条らに頼めよ。あいつらヒマだし」
「2人はバイトでいない。そうだ。長谷川さん?」

同じく1年目の長谷川さんが平然と長いすで内職している。

「・・・はい」
「行ってみないか?」
「あたしがですか?」
「僕と君で」
「先生が行かれるってことではダメなんですか?」
「心配だろ?」
「それは分かってますけど」

彼女も最近口数がますます少なく、反抗的な態度もみられていた。

「わかったよ。もう。僕が行く」

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