<ラスト・オブ・オーベン&コベンダーズ 6-4 ノー・レスポンス>
2004年10月20日研修医2名の退職を受け、緊急の医局会が開かれた。
これは異例のことだ。
だが・・・会議室ではますます人数が減っている。
司会は助教授。
「どうなってるんだ?医局長」
医局長はしぶしぶ立ち上がった。
「参加してない人間に関しては、私のほうから声をかけておきます・・」
「研修医はいったいどうしたんだ?1年目のあの2人!なんでまた?」
医局長は立ったまま話を続けた。
「もう12月。医局員の人数もますます減ってきてまして、これからは
研修医2年目の先生方々、特にご迷惑おかけするものと思います」
島がこちらを睨んで、薄気味悪く笑った。
「心配は無用と思います。来年には、多数の新入医局員が入るもの
と予想されています。春の人事でも何人か先生を呼び戻し・・」
助教授がクルッと後ろを向いた。
「来年の春には、指導医を何人かたくさん準備せにゃいかんからな!わっはは」
医局長は続ける。
「新入医局員の入局に関しましては、年明けの年賀状メールにて決定します。
つまり、こちらへ届いたメールの数が、入局決定者数です」
医局長は嬉しそうだ。
「それまでの辛抱です!」
傭兵たちはもう医局会には全然顔を出していない。
「それと・・・ご結婚される、水野先生と森先生!あ、いませんね。実験中のようで」
微かに笑いが起こった。
「結婚式は来年の6月だそうです。ジューン・ブライドですね」
全く反応はなかった。表現が寒かったのか、教授がストーブのスイッチを入れた。
「彼らも、来年の3月で・・教授、いいですかね」
教授は小さく頷いた。
「3月で、退職されます」
水野。そうなのか・・・。
「森さんは、専業主婦のようですね。水野先生の地元へ戻られるということだそうで」
そうか。水野。結局、地元へ帰るのか・・・。
みんなバラバラだな。
今年最後の教授回診。
石丸君も長谷川さんもいなくなってしまった。病棟を主に守るのは、僕ら2年目4人。
三品病棟医長は、いていないようなものだ。
僕は6人部屋で待った。このうち3人は僕の担当だ。
「どうですかいな?」
教授が入ってきた。
「心筋炎の方です」
石丸君が受け持っていた患者さんだ。抗生剤が効果あり、ほぼ軽快した。
「細菌性のものと思われます」
「培養は?」
「出ませんでしたが・・」
「ふうむ・・・ウイルス抗体は?」
「提出しました。ペア血清で確認するつもりです」
島が身を乗り出してきた。
「ウイルスのタイプは何を?」
意地の悪いやつだ。教授の前で。
教授は僕のほうを再び向いた。
「ソラで言えますかな?」
「コクサッキーAの4と16。それから、Bの1/2/3/4/5」
「ふむ」
「エコーウイルスの1/6/9/19。それからインフルエンザウイルスA/B」
「ふむふむ・・・満足かな?島先生」
島先生は不敵な笑みを浮かべた。
「サイトメガロは?」
「あ、そうだな・・」
「単純ヘルペス」
「そうだった・・」
もうやめろよ、島。
「取りこぼしはいかんですなあ」
教授は隣の患者さんのところへ移動した。
助教授は僕の肩を叩いた。
「その気になったか?え?」
後継者の話か。しつこいな。だがそろそろ返事の締め切りだ。
今度バイトに行ったら、ズバリ問われるだろう。
島はニヤついて僕を見つめていた。
「島。困るよ。ああいうの」
「ちょっと疑問だったんでね」
嫌な奴。いつからこの男・・。
最初は謙虚なヤツだったのに。
「このままだと、病棟医長にされてしまうんだってよ」
「いったい何の話?」
「君のことさ」
「なんでまた・・」
「この医局に残るなら、覚悟がいるってことよ」
「病棟医長・・・それだけは」
「な、カンベンだろ?」
「だから何だ。とっとと出て行けと?」
「ダメだよそんな言い方。患者さんたちの前で」
「君は何なんだ。回し者か?」
2つ隣のベッドから声がかかった。
「おい!」
三品先生だ。教授が患者さんの聴診をしている。
そういや僕の担当の患者さんだ。
「す、すみません!」
小走りに辿り着いた。
「慢性腎不全です。血清クレアチニンは、今日のデータでは・・・3.0mg/dl」
「3.2mg/dlじゃなかったか?」
また島の嫌がらせだ。
「島、それ本当?」
「さっき病棟で見たよ。何気なく置いてあった」
何気なくデータなんか見れないよ。
教授は笑いながら聴診器を外した。
「はは。どっちが主治医か分かりませんなあ!」
僕は赤面した。恥ずかしさと悔しさで。
回診が終了し、みなカンファ室へ戻った。
三品先生が部屋に入り、みな立ち上がった。
「おいおい、驚くなよ。座って座って」
皆が構えるのも無理はない。病棟医長が入ってくるってことは、
入院患者決めか何かの雑用だ。
「バイト!明日!ここからバスで2時間!交通費あり!1泊!5万!」
みなしんみりと無言で書き物を始めた。
「さあ、だれか!」
ノー・レスポンスだった。
「困ったな。院生・助手たちでは消化しきれんのだよ!西条!」
「はい」
「お前、ヒマだろ?バイト行け!」
「明日はカンファで症例提示をする予定で・・」
「代わりを立てて、そいつに発表させろ!」
「教授からの指示でして・・」
「教授が?あっそ。オタク!いや、鈴木!」
「はい・・・」
「お前は行けるだろ?」
「この人数でですか?」
彼の脇にはカルテが10冊ほど貯まっていた。
「明日、代医を立ててバイト行け!」
「明日はムンテラが6件あるんですけど」
「別の日にしろ!」
「無理です。大半の退院があさっての早朝ですし」
「むう・・」
「病棟医長は?」
「お、オレか?オレが行けると思うか?」
「病棟医長を、誰か代理に立てて・・」
「なぬ?」
「副病棟医長に任せるとか」
「ぬうう・・・だがな。遠方で5万。俺たちには割安だ」
「そんなの、知りません」
「じゃあどうだ?トシキ?」
「バイトですか・・」
「オレが代医になってもいいが。今、患者何人だ?」
「この病棟に14人、外科に2人、ICUに2人・・」
「なに・・・?」
「うち重症が6人です」
みな笑い始めた。
「うーん・・・無理だな。よし。最悪の場合、オレが行く。
病棟医長の係は・・・」
「先生、自分が」
そう言い出したのは島だった。
「自分でもいいでしょうか?」
「そうだな。それでもいいな。だがいいのか?」
「はい。1度、病棟の把握もしたかったですし」
「助かる。じゃあな」
用が済むと三品先生はそそくさと戻っていった。
島は両手をバンザイして伸びをした。
「はぁ〜あ、よし!1日病棟医長だ!」
島の今後の狙いが、なんとなく分かってきた。
<つづく>
これは異例のことだ。
だが・・・会議室ではますます人数が減っている。
司会は助教授。
「どうなってるんだ?医局長」
医局長はしぶしぶ立ち上がった。
「参加してない人間に関しては、私のほうから声をかけておきます・・」
「研修医はいったいどうしたんだ?1年目のあの2人!なんでまた?」
医局長は立ったまま話を続けた。
「もう12月。医局員の人数もますます減ってきてまして、これからは
研修医2年目の先生方々、特にご迷惑おかけするものと思います」
島がこちらを睨んで、薄気味悪く笑った。
「心配は無用と思います。来年には、多数の新入医局員が入るもの
と予想されています。春の人事でも何人か先生を呼び戻し・・」
助教授がクルッと後ろを向いた。
「来年の春には、指導医を何人かたくさん準備せにゃいかんからな!わっはは」
医局長は続ける。
「新入医局員の入局に関しましては、年明けの年賀状メールにて決定します。
つまり、こちらへ届いたメールの数が、入局決定者数です」
医局長は嬉しそうだ。
「それまでの辛抱です!」
傭兵たちはもう医局会には全然顔を出していない。
「それと・・・ご結婚される、水野先生と森先生!あ、いませんね。実験中のようで」
微かに笑いが起こった。
「結婚式は来年の6月だそうです。ジューン・ブライドですね」
全く反応はなかった。表現が寒かったのか、教授がストーブのスイッチを入れた。
「彼らも、来年の3月で・・教授、いいですかね」
教授は小さく頷いた。
「3月で、退職されます」
水野。そうなのか・・・。
「森さんは、専業主婦のようですね。水野先生の地元へ戻られるということだそうで」
そうか。水野。結局、地元へ帰るのか・・・。
みんなバラバラだな。
今年最後の教授回診。
石丸君も長谷川さんもいなくなってしまった。病棟を主に守るのは、僕ら2年目4人。
三品病棟医長は、いていないようなものだ。
僕は6人部屋で待った。このうち3人は僕の担当だ。
「どうですかいな?」
教授が入ってきた。
「心筋炎の方です」
石丸君が受け持っていた患者さんだ。抗生剤が効果あり、ほぼ軽快した。
「細菌性のものと思われます」
「培養は?」
「出ませんでしたが・・」
「ふうむ・・・ウイルス抗体は?」
「提出しました。ペア血清で確認するつもりです」
島が身を乗り出してきた。
「ウイルスのタイプは何を?」
意地の悪いやつだ。教授の前で。
教授は僕のほうを再び向いた。
「ソラで言えますかな?」
「コクサッキーAの4と16。それから、Bの1/2/3/4/5」
「ふむ」
「エコーウイルスの1/6/9/19。それからインフルエンザウイルスA/B」
「ふむふむ・・・満足かな?島先生」
島先生は不敵な笑みを浮かべた。
「サイトメガロは?」
「あ、そうだな・・」
「単純ヘルペス」
「そうだった・・」
もうやめろよ、島。
「取りこぼしはいかんですなあ」
教授は隣の患者さんのところへ移動した。
助教授は僕の肩を叩いた。
「その気になったか?え?」
後継者の話か。しつこいな。だがそろそろ返事の締め切りだ。
今度バイトに行ったら、ズバリ問われるだろう。
島はニヤついて僕を見つめていた。
「島。困るよ。ああいうの」
「ちょっと疑問だったんでね」
嫌な奴。いつからこの男・・。
最初は謙虚なヤツだったのに。
「このままだと、病棟医長にされてしまうんだってよ」
「いったい何の話?」
「君のことさ」
「なんでまた・・」
「この医局に残るなら、覚悟がいるってことよ」
「病棟医長・・・それだけは」
「な、カンベンだろ?」
「だから何だ。とっとと出て行けと?」
「ダメだよそんな言い方。患者さんたちの前で」
「君は何なんだ。回し者か?」
2つ隣のベッドから声がかかった。
「おい!」
三品先生だ。教授が患者さんの聴診をしている。
そういや僕の担当の患者さんだ。
「す、すみません!」
小走りに辿り着いた。
「慢性腎不全です。血清クレアチニンは、今日のデータでは・・・3.0mg/dl」
「3.2mg/dlじゃなかったか?」
また島の嫌がらせだ。
「島、それ本当?」
「さっき病棟で見たよ。何気なく置いてあった」
何気なくデータなんか見れないよ。
教授は笑いながら聴診器を外した。
「はは。どっちが主治医か分かりませんなあ!」
僕は赤面した。恥ずかしさと悔しさで。
回診が終了し、みなカンファ室へ戻った。
三品先生が部屋に入り、みな立ち上がった。
「おいおい、驚くなよ。座って座って」
皆が構えるのも無理はない。病棟医長が入ってくるってことは、
入院患者決めか何かの雑用だ。
「バイト!明日!ここからバスで2時間!交通費あり!1泊!5万!」
みなしんみりと無言で書き物を始めた。
「さあ、だれか!」
ノー・レスポンスだった。
「困ったな。院生・助手たちでは消化しきれんのだよ!西条!」
「はい」
「お前、ヒマだろ?バイト行け!」
「明日はカンファで症例提示をする予定で・・」
「代わりを立てて、そいつに発表させろ!」
「教授からの指示でして・・」
「教授が?あっそ。オタク!いや、鈴木!」
「はい・・・」
「お前は行けるだろ?」
「この人数でですか?」
彼の脇にはカルテが10冊ほど貯まっていた。
「明日、代医を立ててバイト行け!」
「明日はムンテラが6件あるんですけど」
「別の日にしろ!」
「無理です。大半の退院があさっての早朝ですし」
「むう・・」
「病棟医長は?」
「お、オレか?オレが行けると思うか?」
「病棟医長を、誰か代理に立てて・・」
「なぬ?」
「副病棟医長に任せるとか」
「ぬうう・・・だがな。遠方で5万。俺たちには割安だ」
「そんなの、知りません」
「じゃあどうだ?トシキ?」
「バイトですか・・」
「オレが代医になってもいいが。今、患者何人だ?」
「この病棟に14人、外科に2人、ICUに2人・・」
「なに・・・?」
「うち重症が6人です」
みな笑い始めた。
「うーん・・・無理だな。よし。最悪の場合、オレが行く。
病棟医長の係は・・・」
「先生、自分が」
そう言い出したのは島だった。
「自分でもいいでしょうか?」
「そうだな。それでもいいな。だがいいのか?」
「はい。1度、病棟の把握もしたかったですし」
「助かる。じゃあな」
用が済むと三品先生はそそくさと戻っていった。
島は両手をバンザイして伸びをした。
「はぁ〜あ、よし!1日病棟医長だ!」
島の今後の狙いが、なんとなく分かってきた。
<つづく>
コメント