<ラスト・オブ・オーベン&コベンダーズ 6-6 オーラ・バトラー>
2004年10月21日マーブル先生も大きく頷いた。
「ああ。今日、草波さんを説得してみる。島。知らないぞ。カテもブロンコも中止だ!わっははははは!」
彼らは高らかに笑い、カンファ室を出て行った。
島は彼らへの説得に失敗したようだ。僕は散乱しているカルテ・書類をかき集めた。
「島。彼らの契約は、もともと年末までだったんだ。仕方ない」
「どど、どうすんだよ?春まで」
「・・・そりゃあ、残った人間でやるしか」
「何人でだよ!いったい!」
こうしてるうちに、島の1日病棟医長は空しさのまま終わった。
いつものバイト先。病棟の回診を終え、当直室へ入った。
夕方になっても院長は現れない。しかし、夜診帯にはお呼びが
かかるはずだ。
僕は夜診に入るまでの1時間、仮眠に入った。
ふと目を覚ますと、周囲が暗い。時計を見ると・・もう3時間も。
外来患者はまだ1人も来てないわけか。
この病院、どうやって稼いでるんだろう。入院患者さんでかな。
あまりに静かなので、外来へ足を運んでみた。
すると、待合には何人か人が座っている。ってことは・・・。
診察室には、知らない間に来ていた院長と患者さんがいた。
「あ!すみません!」
「んん?ああ、いいよ」
院長は柔和な表情で応えた。
僕はカーテンごしに待つことにした。
しかしその奥からは、妙なヒソヒソ声が聞こえてくる。
「ひゃかひゃか・・・・・・・ても・・・・・きない・・・」
中年女性の少し神経質そうな早口言葉のように思える。
すると突然、院長の重い言葉が聞かれた。
「だから前にも言ったでしょう!それはその医者がおかしい!うちは間違ってない!その!ね!聞きなさいって!」
「ちゃかちゃか・・・・・・・ると・・・・・・ひゃかひゃか!」
「なのに、ここへアナタが運んだときは、もう遅かったわけ!手遅れだったの!前の医者がずっとそんな治療してたからに決まってるでしょうが!」
「そこがどうしても・・・・」
「だからアナタ、ダメでもいいからここで見て欲しいって言ったでしょうが!ほらここに!カルテにもある!」
「でも思ったより早くなくな・・・・」
亡くなったのか。思ったより早く亡くなったってことか。
「入院のときに説明したでしょうが!ちょっと!ちょっと!」
「ひゃかひゃか・・・・・」
「先生!こら!先生!」
僕を呼んでるのか?
「は、はい!」
「そこは出て!院長室で待ってて!」
「は、はい」
どうやら、何かトラブっているようだ。
しかし、あの先生の高圧的な態度。物凄い迫力だ。
院長室へ入ると同時に、事務長が入ってきた。
「先生、お茶がいいですか?それとも」
「え、ええ。お構いなく」
「夕食は肉か魚か・・」
「え?」
「レストランに注文するにあたって・・」
な、なんだ。ディナーでも頼むのか。
「じ、じぶんは肉で・・」
「かしこまりました」
事務長は去っていった。
そういや、この前。管理開設者とか誰か言ってたな・・。
院長と同じ意味なんだろうか。聞いてみよう。
院長が入ってきた。驚くことに、名誉教授もだ。
反射的に僕は立ち上がった。
「こ、こんばんは!」
「フム・・」
長身の名誉教授は、まるでパーティーにでもでかけそうなくらいの高級なスーツで登場だ。
いつもの通り、院長と、僕・名誉教授は腰掛けた。
院長はタオルで顔を拭いた。
「いやあ。しつこいしつこい。トシキ先生、すみませんでした」
「え?そんな」
「この前も。ちょっとカッとなって。問題ありの患者なんですよ」
名誉教授はいつもと様子が違った。
「全くだ。たわけが」
背筋を伸ばしている。ヤクザの親分のようだ。
「すまんな、トシキ先生。せがれはいつもこうだ。再教育してくれ」
「え?」
「それにしても、住みにくい時代になったな・・・」
事務長が持ってきたワインを、名誉教授は大事そうに手でクルクル遊んだ。
「わしらの頃は、医者の全盛期じゃった。誰も文句を言ったり、揚げ足取るようなヤツはいなかった。患者も医者もな。ま、そうさせなかったわけだが」
院長は額に手を当てていた。
「だが今はごまかしが効かなくなった。患者も情報収集を始めた時代だ。いつ寝首をかかれるか」
院長は頷いている。
「どうやって生き残るか。日本の医者はそこをもっと考えるべきだ」
僕はただ呆然と聞いているだけだった。
「君も気道を確保する前に、自分の生き残る道を確保しておかんといかん!」
「は、はい」
「で・・・?もう聞かせてもらってもいいだろう」
「・・・・・」
話はいきなり核心に迫った。
「道は見つけたか?」
「・・・・・」
「ん?」
「先生。あれからもいろいろ考えました。ですが、すみません。ご期待には添えません・・・」
「まあ待て。待て!」
「申し訳ありません」
「このワシが、待てと言っている!」
名誉教授は拳をテーブルに打ちつけた。
「は、はい」
「理由が分からんな」
「り、理由・・・」
「重荷であることは分かっている。君をこの世界に連れてきて、わしらが手放しで引き上げるとでも?そう思ってるのだろ?」
「いえ。断じてそのようなことは」
「わしらはそんなに薄情な人間ではないぞ」
「・・・・・」
「人生はいつでも火事場だ。それがあるべき人生だ」
「・・・・・」
「自らを別の世界に追いやり、そこで新しい世界を開拓していく。そういう生き方が必要だ」
「はい・・」
「今の君は、ただの臆病者だ。善悪の判断すらつかん状態だ」
「はい・・」
「だが必ず芽が出ると見込んでいる。このわしがだ」
「は、はい。光栄です・・」
「なのに君はその芽が出んうちに、それを踏みにじれとでもいうのか?」
名誉教授の鋭い視線が僕に集中した。
「いえ・・・」
「そんな医者が潰れていくのを、わしはかなり見てきた。わしはこれ以上、血が流れるのを見たくない」
表現が大げさだったが、不思議と説得力のある内容だった。
「こうするのだ。まず、この世界に身を投じる。少しでも不服があれば、いつでもよい。好きにしろ」
「・・・・・」
「入ってもないのに、自分には無理な世界だと決めつけるな」
「・・・・・」
「そういう医者は、どこでも生きてはゆけん。生かしておけん。わっはは」
「・・・・・」
有無をいわさず、名誉教授の言葉は続いた。事務長が1枚の書類を持ってきた。
「イエスでいいわけかな?返事は」
「うー・・・・」
「わしを信じるか。あるいは一生、自分まで裏切り続けるかだ」
「・・・・・では・・・・・」
頑ななはずだった僕の決心は、彼のオーラによって無力となっていた。
「よ、よろしくお願いし・・・」
「そうか・・・ふふ、わっははは!」
「?」
名誉教授の顔が崩れ、明るい表情になった。
「わはは!そんなに硬くなることはない!ちょっとわしの芝居も大袈裟だったかの?ははは。よしよし。おい事務長!ディナーは?」
「奥の部屋で準備してございます」
「わっはは!ちと言葉がキツすぎたかな?」
僕は緊張が解けなかった。
僕は、返事してしまったんだ。その場の思いつきのように。
しかし言葉が取り消せない。何か不思議な力が働いている。
「よし!今から場所を代わろう!」
僕らは奥の大広間へと通された。そこには約20名ものナースなどパラメディカルが、静かに待っていた。
僕が入ると同時に、盛大な拍手が巻き起こった。
…
「ああ。今日、草波さんを説得してみる。島。知らないぞ。カテもブロンコも中止だ!わっははははは!」
彼らは高らかに笑い、カンファ室を出て行った。
島は彼らへの説得に失敗したようだ。僕は散乱しているカルテ・書類をかき集めた。
「島。彼らの契約は、もともと年末までだったんだ。仕方ない」
「どど、どうすんだよ?春まで」
「・・・そりゃあ、残った人間でやるしか」
「何人でだよ!いったい!」
こうしてるうちに、島の1日病棟医長は空しさのまま終わった。
いつものバイト先。病棟の回診を終え、当直室へ入った。
夕方になっても院長は現れない。しかし、夜診帯にはお呼びが
かかるはずだ。
僕は夜診に入るまでの1時間、仮眠に入った。
ふと目を覚ますと、周囲が暗い。時計を見ると・・もう3時間も。
外来患者はまだ1人も来てないわけか。
この病院、どうやって稼いでるんだろう。入院患者さんでかな。
あまりに静かなので、外来へ足を運んでみた。
すると、待合には何人か人が座っている。ってことは・・・。
診察室には、知らない間に来ていた院長と患者さんがいた。
「あ!すみません!」
「んん?ああ、いいよ」
院長は柔和な表情で応えた。
僕はカーテンごしに待つことにした。
しかしその奥からは、妙なヒソヒソ声が聞こえてくる。
「ひゃかひゃか・・・・・・・ても・・・・・きない・・・」
中年女性の少し神経質そうな早口言葉のように思える。
すると突然、院長の重い言葉が聞かれた。
「だから前にも言ったでしょう!それはその医者がおかしい!うちは間違ってない!その!ね!聞きなさいって!」
「ちゃかちゃか・・・・・・・ると・・・・・・ひゃかひゃか!」
「なのに、ここへアナタが運んだときは、もう遅かったわけ!手遅れだったの!前の医者がずっとそんな治療してたからに決まってるでしょうが!」
「そこがどうしても・・・・」
「だからアナタ、ダメでもいいからここで見て欲しいって言ったでしょうが!ほらここに!カルテにもある!」
「でも思ったより早くなくな・・・・」
亡くなったのか。思ったより早く亡くなったってことか。
「入院のときに説明したでしょうが!ちょっと!ちょっと!」
「ひゃかひゃか・・・・・」
「先生!こら!先生!」
僕を呼んでるのか?
「は、はい!」
「そこは出て!院長室で待ってて!」
「は、はい」
どうやら、何かトラブっているようだ。
しかし、あの先生の高圧的な態度。物凄い迫力だ。
院長室へ入ると同時に、事務長が入ってきた。
「先生、お茶がいいですか?それとも」
「え、ええ。お構いなく」
「夕食は肉か魚か・・」
「え?」
「レストランに注文するにあたって・・」
な、なんだ。ディナーでも頼むのか。
「じ、じぶんは肉で・・」
「かしこまりました」
事務長は去っていった。
そういや、この前。管理開設者とか誰か言ってたな・・。
院長と同じ意味なんだろうか。聞いてみよう。
院長が入ってきた。驚くことに、名誉教授もだ。
反射的に僕は立ち上がった。
「こ、こんばんは!」
「フム・・」
長身の名誉教授は、まるでパーティーにでもでかけそうなくらいの高級なスーツで登場だ。
いつもの通り、院長と、僕・名誉教授は腰掛けた。
院長はタオルで顔を拭いた。
「いやあ。しつこいしつこい。トシキ先生、すみませんでした」
「え?そんな」
「この前も。ちょっとカッとなって。問題ありの患者なんですよ」
名誉教授はいつもと様子が違った。
「全くだ。たわけが」
背筋を伸ばしている。ヤクザの親分のようだ。
「すまんな、トシキ先生。せがれはいつもこうだ。再教育してくれ」
「え?」
「それにしても、住みにくい時代になったな・・・」
事務長が持ってきたワインを、名誉教授は大事そうに手でクルクル遊んだ。
「わしらの頃は、医者の全盛期じゃった。誰も文句を言ったり、揚げ足取るようなヤツはいなかった。患者も医者もな。ま、そうさせなかったわけだが」
院長は額に手を当てていた。
「だが今はごまかしが効かなくなった。患者も情報収集を始めた時代だ。いつ寝首をかかれるか」
院長は頷いている。
「どうやって生き残るか。日本の医者はそこをもっと考えるべきだ」
僕はただ呆然と聞いているだけだった。
「君も気道を確保する前に、自分の生き残る道を確保しておかんといかん!」
「は、はい」
「で・・・?もう聞かせてもらってもいいだろう」
「・・・・・」
話はいきなり核心に迫った。
「道は見つけたか?」
「・・・・・」
「ん?」
「先生。あれからもいろいろ考えました。ですが、すみません。ご期待には添えません・・・」
「まあ待て。待て!」
「申し訳ありません」
「このワシが、待てと言っている!」
名誉教授は拳をテーブルに打ちつけた。
「は、はい」
「理由が分からんな」
「り、理由・・・」
「重荷であることは分かっている。君をこの世界に連れてきて、わしらが手放しで引き上げるとでも?そう思ってるのだろ?」
「いえ。断じてそのようなことは」
「わしらはそんなに薄情な人間ではないぞ」
「・・・・・」
「人生はいつでも火事場だ。それがあるべき人生だ」
「・・・・・」
「自らを別の世界に追いやり、そこで新しい世界を開拓していく。そういう生き方が必要だ」
「はい・・」
「今の君は、ただの臆病者だ。善悪の判断すらつかん状態だ」
「はい・・」
「だが必ず芽が出ると見込んでいる。このわしがだ」
「は、はい。光栄です・・」
「なのに君はその芽が出んうちに、それを踏みにじれとでもいうのか?」
名誉教授の鋭い視線が僕に集中した。
「いえ・・・」
「そんな医者が潰れていくのを、わしはかなり見てきた。わしはこれ以上、血が流れるのを見たくない」
表現が大げさだったが、不思議と説得力のある内容だった。
「こうするのだ。まず、この世界に身を投じる。少しでも不服があれば、いつでもよい。好きにしろ」
「・・・・・」
「入ってもないのに、自分には無理な世界だと決めつけるな」
「・・・・・」
「そういう医者は、どこでも生きてはゆけん。生かしておけん。わっはは」
「・・・・・」
有無をいわさず、名誉教授の言葉は続いた。事務長が1枚の書類を持ってきた。
「イエスでいいわけかな?返事は」
「うー・・・・」
「わしを信じるか。あるいは一生、自分まで裏切り続けるかだ」
「・・・・・では・・・・・」
頑ななはずだった僕の決心は、彼のオーラによって無力となっていた。
「よ、よろしくお願いし・・・」
「そうか・・・ふふ、わっははは!」
「?」
名誉教授の顔が崩れ、明るい表情になった。
「わはは!そんなに硬くなることはない!ちょっとわしの芝居も大袈裟だったかの?ははは。よしよし。おい事務長!ディナーは?」
「奥の部屋で準備してございます」
「わっはは!ちと言葉がキツすぎたかな?」
僕は緊張が解けなかった。
僕は、返事してしまったんだ。その場の思いつきのように。
しかし言葉が取り消せない。何か不思議な力が働いている。
「よし!今から場所を代わろう!」
僕らは奥の大広間へと通された。そこには約20名ものナースなどパラメディカルが、静かに待っていた。
僕が入ると同時に、盛大な拍手が巻き起こった。
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