<ラスト・オブ・オーベン&コベンダーズ 6-9 さらばマーブル!>
2004年10月23日マーブル先生はマスクを外した。
「窪田先生。痛がり方からすると、AMIじゃないかも」
「そうね。背中が主体みたいだし」
総統は僕をキッと睨んだ。
「あんた、AMIしか頭にないって、それどうなの?単純すぎ!」
「・・・・・」
「こんだけ人呼んで、カテまで準備してるってのに!」
なんで僕のせいに・・・。
マーブル先生はため息をついた。
「ふう。技師さん。ゴメンな。こいつがな・・。じゃ、CTのほう、たのむわ」
技師さんが数人、カテ室内へやってきた。搬出の準備だ。
「ちょっと、マーブル!」
総統が引きとめた。
「はい?」
「アンタ、超音波したんでしょ?」
「そうです」
「異常なかったのよね?」
「ええ。左室の壁運動は良好で・・」
「そうじゃないよ。ポケモン野郎!」
「はあ?」
「動脈瘤の所見は?」
「・・・・・」
「エコーで除外したの?」
「エコーでは見えにくくて・・」
「あたし今ほら、エコー写真見てるけど。これなら大動脈、けっこう追えるでしょ?」
「大動脈の起始部は・・」
「そこだけでどうすんの!」
「そこから以降はちょっと・・」
「腹部の大動脈の記録もない!」
「それは・・・」
「はああ。アンタも頭になかったってことね?で、あとで気づいてCTのオーダー出したの?」
「そ、それは・・・」
「アンタも同罪。無能は罪よ」
「頭にはありましたって!」
マーブル先生は食いかかるように迫った。
「自分が見た範囲では・・!」
「はいよ。もう消えな消えな!ゲラアウ(get out)!」
マーブル先生は無言で自分の術衣をはぎとり、床に落とした。
「ああもう!やってられねえ!ざけんな!」
総統は鋭く睨んでいたが、マーブル先生は堂々と部屋を引き上げていった。
「あいつはもうダメね」
僕は困った。
「先生。塩見先生に引き続いて、マーブル先生も・・」
「どうせもう辞めるんでしょ?おんなじこと」
「ですが・・・」
「新しい医局を作るためにも、自然淘汰は必要」
「・・・・・」
「医局進化論よ」
CT室での撮影が終わり、フィルムが完成した。
「はい!お見事!」
技師さんはシャーカステンの電気を点灯した。
「あら・・・!」
総統はかしこまった。胸部大動脈の上部〜弓部〜下部にかけての動脈瘤解離。
「ほら、やっぱダイセクじゃないの!」
「解離性大動脈瘤・・・」
「胸部から、だんだん腹部へ拡がりつつあるわよ!外科外科!血管外科!」
側にいた緒方先生は内線を押し、コンサルトを始めたようだ。
「じゃ、これであたしらの出番は終わり」
「先生。ムンテラは・・」
「あたしはしないわよ。見落としたヤツの責任」
受話器を持った緒方先生が宙を見てうなずいている。
「マーブルにさせましょうよ」
「先生、マーブル先生が果たして・・」
「させたらいいの!あたしも用事あるし!」
総統は怒って放射線部を出て行った。
家族が数人、廊下で待っている。そのうち1人、
長男らしき人が声をかけてきた。
「待ちくたびれとんですが。いったいどうなってまんの!」
「今やっと写真が出来たところでして」
「なんや。カテーテルせにゃいかんからって、書類にはサインさせられるし。
かと思ったら、しもせずに別の検査やて。どうなってんねん!」
「説明は、外来の・・」
「なんや?今度はよそまた移れってか!あんた、説明してくれんか!」
「自分は・・」
「あんた若い医者やな。研修医か?」
「え・・ええ、そうです」
「もっとマシな先生はおらへんのか!そこの角刈りの先生とか!」
僕は電話中の緒方先生をチラッと見た。
「あの先生は循環器の・・」
「おおそうか。その先生に聞くわ。ここで待たせてもらうわい」
「・・・緒方先生!」
緒方先生はまだ話し中だ。こっちを向いて、タンマと言わんばかりに
パーを差し出した。
家族もじっと見ていた。
「ちょっと待てってことやな。よし、待つ。先生、どうもありがと」
「は。はい」
「もう行ってええよ」
「はい・・・」
僕は医局まで上がって行った。
案の定、マーブル先生が机で片づけをしていた。
「槙原先生!」
「片づけ中!」
「まだあと1週間は・・」
「ダメダメ!もう終わりだ」
「先生。今は1人でも医局員がいないと・・・」
「知ったことか!どうせおい!来年には医局員がたくさん入るんだろ?」
「・・・・だとしても、それは4月ごろの話で」
「草波さんにも連絡した。もう戻って来いってな」
「僕が謝ってもダメでしょうか・・・」
マーブル先生はズドンと引き出しを戻した。
「前から思うんだがな。なんでお前が人の分まで悩むんだよ」
「・・・・・」
「自分のことは、どうなんだよ?」
「・・・・・」
「上の奴らも、医局員が増えるとわかったとたん手のひら返す。俺たちをお払い箱にしやがって」
「そんなことは・・」
実際、明らかだ。
片付けかけた手を、マーブル先生は止めた。
「カマ野郎が。自然淘汰だと・・?」
「先生、聞こえてたんですか・・」
「この医局自体、消えてなくなれっての!」
マーブル先生は台車にダンボールを積み上げ、廊下へと出て行った。
エレベーター待ち。ドアが開いた。僕は観念した。
「ま、槙原先生・・・」
「はあ。ん?」
「あ、ありがとうございました・・・」
「いや・・・」
マーブル先生は吹っ切れたように少し微笑んだ。
「こちらこそ」
ドアは閉まった。
貴重な3年目の医局員2名を、僕らは早くも失った。
<つづく>
「窪田先生。痛がり方からすると、AMIじゃないかも」
「そうね。背中が主体みたいだし」
総統は僕をキッと睨んだ。
「あんた、AMIしか頭にないって、それどうなの?単純すぎ!」
「・・・・・」
「こんだけ人呼んで、カテまで準備してるってのに!」
なんで僕のせいに・・・。
マーブル先生はため息をついた。
「ふう。技師さん。ゴメンな。こいつがな・・。じゃ、CTのほう、たのむわ」
技師さんが数人、カテ室内へやってきた。搬出の準備だ。
「ちょっと、マーブル!」
総統が引きとめた。
「はい?」
「アンタ、超音波したんでしょ?」
「そうです」
「異常なかったのよね?」
「ええ。左室の壁運動は良好で・・」
「そうじゃないよ。ポケモン野郎!」
「はあ?」
「動脈瘤の所見は?」
「・・・・・」
「エコーで除外したの?」
「エコーでは見えにくくて・・」
「あたし今ほら、エコー写真見てるけど。これなら大動脈、けっこう追えるでしょ?」
「大動脈の起始部は・・」
「そこだけでどうすんの!」
「そこから以降はちょっと・・」
「腹部の大動脈の記録もない!」
「それは・・・」
「はああ。アンタも頭になかったってことね?で、あとで気づいてCTのオーダー出したの?」
「そ、それは・・・」
「アンタも同罪。無能は罪よ」
「頭にはありましたって!」
マーブル先生は食いかかるように迫った。
「自分が見た範囲では・・!」
「はいよ。もう消えな消えな!ゲラアウ(get out)!」
マーブル先生は無言で自分の術衣をはぎとり、床に落とした。
「ああもう!やってられねえ!ざけんな!」
総統は鋭く睨んでいたが、マーブル先生は堂々と部屋を引き上げていった。
「あいつはもうダメね」
僕は困った。
「先生。塩見先生に引き続いて、マーブル先生も・・」
「どうせもう辞めるんでしょ?おんなじこと」
「ですが・・・」
「新しい医局を作るためにも、自然淘汰は必要」
「・・・・・」
「医局進化論よ」
CT室での撮影が終わり、フィルムが完成した。
「はい!お見事!」
技師さんはシャーカステンの電気を点灯した。
「あら・・・!」
総統はかしこまった。胸部大動脈の上部〜弓部〜下部にかけての動脈瘤解離。
「ほら、やっぱダイセクじゃないの!」
「解離性大動脈瘤・・・」
「胸部から、だんだん腹部へ拡がりつつあるわよ!外科外科!血管外科!」
側にいた緒方先生は内線を押し、コンサルトを始めたようだ。
「じゃ、これであたしらの出番は終わり」
「先生。ムンテラは・・」
「あたしはしないわよ。見落としたヤツの責任」
受話器を持った緒方先生が宙を見てうなずいている。
「マーブルにさせましょうよ」
「先生、マーブル先生が果たして・・」
「させたらいいの!あたしも用事あるし!」
総統は怒って放射線部を出て行った。
家族が数人、廊下で待っている。そのうち1人、
長男らしき人が声をかけてきた。
「待ちくたびれとんですが。いったいどうなってまんの!」
「今やっと写真が出来たところでして」
「なんや。カテーテルせにゃいかんからって、書類にはサインさせられるし。
かと思ったら、しもせずに別の検査やて。どうなってんねん!」
「説明は、外来の・・」
「なんや?今度はよそまた移れってか!あんた、説明してくれんか!」
「自分は・・」
「あんた若い医者やな。研修医か?」
「え・・ええ、そうです」
「もっとマシな先生はおらへんのか!そこの角刈りの先生とか!」
僕は電話中の緒方先生をチラッと見た。
「あの先生は循環器の・・」
「おおそうか。その先生に聞くわ。ここで待たせてもらうわい」
「・・・緒方先生!」
緒方先生はまだ話し中だ。こっちを向いて、タンマと言わんばかりに
パーを差し出した。
家族もじっと見ていた。
「ちょっと待てってことやな。よし、待つ。先生、どうもありがと」
「は。はい」
「もう行ってええよ」
「はい・・・」
僕は医局まで上がって行った。
案の定、マーブル先生が机で片づけをしていた。
「槙原先生!」
「片づけ中!」
「まだあと1週間は・・」
「ダメダメ!もう終わりだ」
「先生。今は1人でも医局員がいないと・・・」
「知ったことか!どうせおい!来年には医局員がたくさん入るんだろ?」
「・・・・だとしても、それは4月ごろの話で」
「草波さんにも連絡した。もう戻って来いってな」
「僕が謝ってもダメでしょうか・・・」
マーブル先生はズドンと引き出しを戻した。
「前から思うんだがな。なんでお前が人の分まで悩むんだよ」
「・・・・・」
「自分のことは、どうなんだよ?」
「・・・・・」
「上の奴らも、医局員が増えるとわかったとたん手のひら返す。俺たちをお払い箱にしやがって」
「そんなことは・・」
実際、明らかだ。
片付けかけた手を、マーブル先生は止めた。
「カマ野郎が。自然淘汰だと・・?」
「先生、聞こえてたんですか・・」
「この医局自体、消えてなくなれっての!」
マーブル先生は台車にダンボールを積み上げ、廊下へと出て行った。
エレベーター待ち。ドアが開いた。僕は観念した。
「ま、槙原先生・・・」
「はあ。ん?」
「あ、ありがとうございました・・・」
「いや・・・」
マーブル先生は吹っ切れたように少し微笑んだ。
「こちらこそ」
ドアは閉まった。
貴重な3年目の医局員2名を、僕らは早くも失った。
<つづく>
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