病棟詰所では三品病棟医長が待っていた。

「どこ行ってた?」
「身内の不幸で・・」
「で、もういいのか?」
「はい」
「入院が3人入った。午前中だけでな。呼吸不全2人に喀血1人」
「ICUですか・・?」
「その前提でこの病棟に入れたんだが、どうやらICUが満床になったんだ」

婦長が腕組みして聞いている。

「で、どのように・・・」
「だから俺がこうしてお前に相談してるんだ!」

この先生、都合が悪くなるとすぐ・・・!

「呼吸不全は人工呼吸器までは必要ないんでしょうか」
「知らん」
「え?」
「写真もどっか行ってて行方不明だし。患者診てこい、とりあえず」
「部屋は・・」
「知るか!ホラホラ、これ外来カルテ!」

僕は外来カルテを持ったまま病室へ入った。
重症部屋の2人個室に呼吸不全が2人。2人とも中年で酸素マスク付き。

左の肥満男性はカルテによると・・・ダメだ。教授の字だ。読めない。
問診と診察でしか分からない。

中年ナースが入ってきた。
「先生。指示を早く出してください」
「主治医は決まってないの?」
「え?主治医は先生でしょ?」
「輪番で決めてるんだけど。この表では・・・そうか。僕だ」
「指示は昼の1時までに」
「3時まででは?」
「話し合いで変更になりましたので」
「無理だよ」

聴診で両肺のcoarseラ音。心不全か。

「看護婦さん、モニターは?」
「もう一杯です」
「軽症の人についているのか。たしか島の患者さんで・・」
「島先生はモニターは外すなと指示が」
「脳梗塞で慢性期に近いのに」
「さあ、それは私達には・・」
「心電図も行方不明か。ここで記録しよう」

afだ。心房細動で頻脈。以前からあるのか、最近なのか・・。

「看護婦さん。三品先生を・・」
「詰所からは引き上げたようですよ」
「あまりここを離れたくないんだけど・・」
「カンファレンス室ももぬけの殻でしたね」
「みんな、バイトか・・?」

僕は個室の内線を回した。医局へ。

「もしもし、医局です」
秘書さんが出た。
「トシキです。誰か、医局員は・・」
「緒方先生ならいます」
「ええ。お願いします」

ちょうど循環器の先生でよかった。

「・・・はい」
「緒方先生?トシキです」
「あ、お前・・」
「病室に呼吸不全が2人・・」
「お前この前、なぜ逃げたとよ」
「え?」
「動脈瘤の患者の家族にわしがムンテラするって勝手に伝えて、
なぜ消えたとよ!」
「・・・・ああ、あのとき」
「あのあとかなり揉めたとよ!みんなもかなり怒っとると!」
「・・・すみません。先生、1人どうやら心不全で。できれば超音波で見ていただ・・」
「もうお前の相談など聞かんとよ!別のドクターに相談するとよ!」

電話が切られた。やはり病棟医長に聞くしかないか。

中年ナースが冷めた表情で待っている。
「先生。もう2時回るんですよ!」
「指示?待ってよ。まだ診断すらついてない!外来での検査はどこへ・・」
「知りません。急いでくださいね!」

ナースは去っていった。

僕はもう1人の人を診察した。痩せた中年女性。右下背部にパイピング音。
熱っぽいし、肺炎か?

外来へ電話。
「三品病棟医長は?」
「三品先生?さっき、昼ごはんに行くって・・」
「何ですか?それ!」
「はあ?」

事務員はヒトゴトだった。当然だろうが。

三品先生がいつも行く食堂は知っている。病院内でなく、外の喫茶店だ。
ポケベルも反応ないので、その店に電話した。

「そこに、病院の先生が。三品先生といいまして」
「ああ、はいはい」
マスターはためらわず電話を回してくれた。

「なんだおい?こんな店まで」
「三品先生。外来カルテしかなくて、詳細が不明です」
「カルテの記載を見りゃいいだろが」
「自分には、読めなくて」
「外来主治医に問い合わせたか?」
「外来まだやってて、電話出れないらしいです」
「外来検査はどこなんだ?」
「詰所で今、パソコン見てますが、結果が・・・」

端末にやっと結果が表示された。

「af心不全疑いの患者さんは・・低ナトリウムとCRP高度」
「感染が契機か?レントゲンは?」
「パソコン画面だと限界ありですが、両肺とも透過性が低下」
「ふだんの内服は?」
「処方箋が・・・ない」
「外来カルテに、ふつう入ってるだろ?」
「いや、それが・・・」

詰所を通り過ぎる白衣を3人、見かけた。

僕は彼らを追っかけた。島とその仲間2人だ。

「島!」
「トシキ。いったいどこへ・・?」
「あ?」

島はレントゲン袋や心電図などの資料袋を掲げていた。

「島。それ、探したんだぞ!」
「何を怒ってるんだよ。教授からもらっただけだ」
「外来へ直接?」
「そうだ。それが一番早いだろ?」
「そ、そうだが」
「教授のとこ行くのが気まずいのか?」
「心房細動は心不全か?」
「ああ。主治医はお前だ。横の気管支拡張症もな」
「いっぺんに2人?」
「喀血は結核疑いでもある。主治医は俺。もうすぐ転院だけどな」
「重症、いっぺんに2人か。それって島が決めたのか?」
「?そうだけど。医局長から聞かなかったか?」
「来年から、病棟医長を・・」
「そうそう。三品っちにはまだナイショだけどね」

僕はこれ以上逆らうことなく、資料を確認の上病室へ戻った。

af心不全は5%TZ持続とし、利尿剤を適宜追加の指示を、と。
気管支拡張症は吸入・抗生剤の指示。

af心不全のほうも抗生剤。2人とも第3世代セフェム。同時に皮内テストを。
抗生剤開始前に、培養の提出。家族への連絡。

指示を詰所にやっと出せたのが夕方5時。三品先生に超音波を依頼していたが、
彼はとうとう現れなかった。

だが何とか今日を乗り切れた。

<つづく>

コメント

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MAI
2007年11月4日12:01

パイピング音ってどんな音?どんな疾患に出ますか?

ゆうき
ゆうき
2007年11月4日12:41

 筒(気管支)に水分が溜まって息で行き来する音。気管支喘息や心臓喘息が代表。

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