「危ない!」

派手な格好をしたその女性は携帯でゲラゲラ笑いながらもストレッチャーの真横にぶつかった。
患者さんは落ちかけ、僕と通行人2人でなんとか支えきった。

「な、何してるんです・・・!」
僕はベッド柵で顔と右肩を打った。どうやらアザになりそうだ。
患者さんは腕を痛めたようだ。

女性は携帯を拾い、ゆっくり起き上がった。
何も言わず、玄関へ向い始めた。

玄関に目をやると、外は大雨のようだ。
タバコを吸っている人が目立つ。

その中にまた、草波氏がいた・・・。
彼はこちらにはまだ気づいていない。

「待ってください!」
僕は女性のほうへ近づいた。

「なんかスッゲーいてえよー」
「あの、待ってください」
「え?え?知らねえよ。あ、切るよ」

彼女は不服そうに振り向いた。
「あー、なに?」
「患者さんの腕に当たったんです」
「こっちだって肘打ったんだから」
「せめて一言」
「ハア・・。ごめんごめん。じゃあ」
「すみませんけど。あの患者さんのとこまで」
「うん。代わりに謝っといて」

以前、緒方先生に言われた言葉と似ていて
妙にムカムカしてきた。

「ダメですよ。そんなんじゃあ」
「もう!ウルセエぞ!」

両方の鼓膜に電気が流れた。
近くの待合室、薬局も騒然となった。

「てめえは医者だろが!人に説教なんかすんな!」
「謝ってください!」
僕も妙なプライドを譲らなかった。

「じゃああたしの打った腕はどうすんだ!どうしてくれるんだ!」
「こっちは入院する予定の・・・高齢の方ですよ!」
「こっちはなあ!癌が治らんって、もうかれこれ2年もここ
通ってるんや!」
「?」
「お前んとこの病院の医者がなあ!結局は見落としてたから
そうなったんや!」

人だかりができはじめた。僕は我に返り、患者さんを病棟へ
上げる使命を思い出した。

「好きで来とるわけないんや!」
「し、失礼しま・・」

「おい、何があったんや?」
チンピラ風のにいちゃんが現れた。肩に小さな子供を抱いている。
「ユウコ。どないしたんや?」
「とうちゃん!とうちゃん!」

女性はいきなり泣き顔になって男性に飛びついた。

「この医者が、なんか言うたんか?お?」
彼女はグズグズとしてるだけで、何も喋らない。

彼の視線は僕に向けられた。
「おい、お医者さん。まだ若造やんけ。なにこら、こんな罪もない
若い女性をアンタ、泣かしよって」
「さ、さきほど・・」
「医者のすることとちゃうだろが!」

背負っていた子供が泣き出した。

「全く、今日も10時の予約で来たと思ったら、あっち行けこっち行け。
ほんで、診察は4時やぞ。どうなってんねん?お前ら」
「・・・・・」
「あげくの果てには、再治療が必要です、って。どういうことや」
「・・・」
「どういうことや、って聞いとるんや!アホンダラア!」
「じ、じぶんは主治医では・・」
「あ?違うんか?お?」

彼女は泣き止み、ブツブツと彼に説明しだした。

「ほう、なんや。そういうことやったんか。ぶつかったっちゅうことかいな。
そうかいな。ま」
「・・・・・」
「そういうことやったらわいも、大目に・・」
「・・・・・」
「見てやると・・・・思ったら大きな間違いっちゅうことやボケ!」
「?」

彼は、くわっと鬼の表情に変わった。
入り口の警備員は突っ立っているだけだった。

「ぼ、僕は一言、患者さんに謝ってほしかっただけで・・」
「なんでやねん?だからなんで、お前にそんな指図されな、いかんねや!」
「・・・・・」
「こんな老い先短いじいさんの心配より、若い患者の病気をはよ見つけんかい!」
「くく・・・」
「なんや、その目は・・・?」

「もういい、もういい」
草波氏が玄関からいつの間にか入っていた。
「トシキ先生。早く病棟へ上げてあげなさい」
「は、はい」
「あとは私がやっておきます」

「おいコラ?おっさん」
にいちゃんは子供を女性に預け、草波氏に近づいた。
「なめとんか?おお?」
キスするぐいらいの至近距離で、チンピラは凄みをきかせた。

草波氏は冷淡な表情で微動だにしなかった。

チンピラが草波氏の襟をつかもうとした瞬間、いきなり後ろから
大男に体を引っ張られた。

「お?やんのかこら!やんのかこら!」
黒づくめの大男はガシッと体を捕まえ、そのままチンピラを引きずっていった。

「なにすんねや!なにすんねや!」
チンピラはズルズルと引きづられ、玄関のドアにアタマを打ちながら外へ
引っ張られていった。

「トシキ先生。早く!」
草波氏は玄関に向かいながら呟いた。

「はい。ありがとうございます!」

病棟で酸素などの指示出しを終えたのは晩の6時半。
カンファレンスには大幅に遅れての出席となった。

カンファレンスは通常のものでなく、病棟医長と僕ら2年目で臨時にやってるものだ。

三品先生やみんなが外を見下ろしている。

「すみません。遅くなりました」
「トシキ。もうひとおおり、終わったぞ」
「みなさん、何を?」
「駐車場でケンカがあったみたいだ。もう終わったようだが」
「け、ケンカ・・・」
「ノッポの男が一方的に圧勝だったな」

島が机に戻った。
「賭けは全部イタダキ」

この人たち、何やってるんだろう。

「じゃあ席につけ。もういっぺん確認しよう」
三品先生の声かけでみんな着席した。

「みんな15-20人くらい持ってるのか。共診足して」
みな頷いた。島は手を上げた。
「先生は・・?」
「さっきも言っただろ!」
「自分もさっき言いましたけど、今後は先生も患者さんの受け持ちを・・?」
「俺?俺か。俺はだって、院生だし忙しい」
「もうこれ以上、僕ら持てません」
「まあベッドはCCUの3床と、ひょっとしたらICUってとこだ。一般病棟はもうこれ以上は取らん」

というか、もう満床になったのだ。

「病棟で急変しそうな患者は?」
島は僕のほうを振り向いた。
「afは治りましたか?トシキ先生」
「ああ。やはり心不全の治療するうちに治まったよ」
「フーン・・・じゃあ横に入ってた肺炎は?」
「CRPも下がってきてる。影もひいてきてる」
「今、入った入院は?COPDらしいな」
「前にも入院した人だ」
「今度挿管したら、もう抜けないかもな」
「縁起の悪いこと言うな!」
「本気にすんなよ!」
「前向け!」
「へっ!」

三品先生は呆れていた。
「なんだお前ら。仲悪いな。いつからそうなんだ?」
僕らはプイッとお互いを無視した。

「そうだ、トシキ。さっき皆に伝えたんだがな」
僕は嫌な予感がした。
「今日は12/23。明日でまた2人辞めるよな」
「・・・・・・」
「その後は、院生・助手を2人ずつ当番で、毎日『病棟係』として来てもらうことにする」
「それは助かります」
「だが・・・そのな。12/30から1/2までの4日間は、どうしても人が見つからないんだ」
「え?」
「俺自身も、家族サービスとかいろいろあってな。嫁さんがうるさいんだよ。お前らも
結婚したら分かる」
「・・・」
「その間は、連絡表を作っておくからまずその先生に電話して、指示を仰・・」
「先生。しかし急変などのときは」
「一般病棟は満床だからいいだろ?」
「ですから、入院してる人が急変したとき」
「急変しないように、注意深く見ておくんだよ」

・・誰か助けてください。

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