三品病棟医長は話を続けた。

「呼吸管理などはまだレジデントでは任せられん。麻酔科の当直医に頼めばいい」
「三品先生。うちの上のドクター方は、年末年始の内科当直をされますか?」
「建前上はな。でも副直医やってんだろ?お前らが」
「いつもはそうですが。今のところ大した重症がないだけです。しかし年末年始だと・・」
「なら救急搬送は断れ。仕方ない」
「・・・いいでしょうか。それで」
「ああ。医局長には伝えておくから」

島は僕と同様、まだかなり不満そうだ。

「三品先生。すみませんけど」
「なんだ?」
「病棟医長は自分が・・」
「ああそうだったな。そうだった。なんだったら今日から代わるか?」
「お願いします」
「よし。はい、じゃあ代わったぞ。フン、生意気な・・・!」

三品先生は険しい表情で島を見下ろした。

「じゃあ、今までみたいに俺にコールしたりとか、そういうのは辞めてもらうからな」
「引継ぎの問題があるので、連絡は適宜させていただきます」
「何を偉そうに・・・!」
「誰がですか?」

島はケンカ腰だった。

「お前らは病棟だけ見てればいいんだ。まだマシなんだよ」
「見るだけならいいですけど」
「俺だって上の命令でこういうボランティアしてるだけだ!」
「・・・・・」
「お前、俺のこと、いろいろ上にチクっただろ?」
「報告しただけです」
「監視不行届だって?」
「そうは言ってませんが・・・」
「きさま!裏でいろいろ工作しやがって!」

三品先生は島の襟首を掴んだ。

巨体の島はその勢いを利用して、そのまま三品先生を手前に引っ張った。
彼の体はそのまま後ろの机とともに、ガラガラと崩れ落ちた。

「すみません。空手、やってたもので」
島はパンパンと両手をはたいた。
「トシキ、西条に鈴木。俺らでやろう。マジで」

西条先生と鈴木先生は三品先生を抱き起こした。
僕も近づいたが、三品先生は振り払った。顔が真っ赤だ。
「来年、新医局員が大勢入ったら・・・お前らは用なしだ!」

そのまま彼は大股でカンファ室を出た。ドカンとドアが閉められた。

島は意気高揚としている。
「さあ、寝るヒマはないぞ!」

12/24になった。今日は辞める2人からの患者の引継ぎがあった。
合計6名を、振り分け。蓋を開けてみると、ほとんどが外出中の患者さん
だった。つまり軽症か検査入院だ。

僕は重症の血管炎の方を回診。MRAと診断されている。
肺病変があり広汎な線維化。P-ANCAも高値。

DICの状態であり今後、出血が心配だ。特に気道からの。
そこまでくればICUへ搬出する。

もう1人の重症、B型肝炎増悪と慢性心不全増悪。
肝炎は劇症ではないが慢性型の急性増悪だ。
心不全の原因はOMI+α。酒飲みだったのが肝炎・心不全
増悪の原因のようだ。

入院時すでに無尿。呼吸管理が必要になるようなら、CCUへ搬出する予定。

あとはオウム病肺炎+腎不全が1人、PSS+肺線維症が1人、慢性腎不全の増悪が1人。
いずれも重篤化する可能性あり。

重症回診だけで4時間かかった。

「トシキ、入院だ」
島が詰所で待っていた。
「CCUに入る。精神科から」
「勘弁してくれよ・・」
「不安神経症で入院していた患者だ」
「CCUってことは?」
「呼吸が止まったらしい。麻酔科が処置して人工呼吸管理を始めた」
「うちの科でもともと診てたのか?」
「ああ。『虚血性心疾患』でな」
「本物?」
「いや、病名上だ。胸痛があったけど、心電図では異常なし」
「でも症状があるからってことで、ズルズル診ていたわけか・・・」

よくあることだが。

僕はCCUへ入った。
麻酔科のドクターが呼吸器の調整中。

「先生、主治医?」
「え?はい」
「基礎疾患はいったい何なの?」
「外来カルテを・・」
「僕それ読んだけど。教授の字・・?読めないな」

しかしところどころ、読める字はある。

なんだこれ、島の字じゃないか。
どうやら上の先生と代診に行かされていたようだ。

心電図でST低下あり。聴診は異常なし・・・。
転倒の既往あり運動負荷は無理。
なになに、「過換気のアルカローシスの影響か」・・?

ST、2ミリも下がってるんだけど。

超音波は・・・記録なし。やってないな。

島のヤツ・・・。

CCU搬入後の心電図ではSTが3ミリ以上下がっている。
ただ循環不全の影響もあると思うので純粋な評価は無理だろう。

患者さんは鎮静で眠っている。胸部レントゲンはクリアー。
採血結果をパソコンで確認。CPK高値だが、心マッサージ後のデータなので参考程度。トロポニンTは陽性だが循環不全の影響もあるかも。

記録では、呼吸停止が見つかって処置されるまで10分以上も。
さすが大学の精神科だな。なんとかしてくれよ。

「先生としては、どう考えますか?」
麻酔科のドクターが聞いてきた。
「不整脈での心停止か、冠動脈の疾患に伴うものか・・・あるいは・・」
「あるいは?」
「他のものか」
「でも先生、ふだんの心電図でSTかなり下がってるのに。心筋虚血が
あったんでしょう?まあ僕は専門でないから分かりませんけど」

僕は「病棟医長」の島に電話した。

「島。君が見ていた患者だぞ」
「ああ、そういや聞いたことのある名前だと思った」
「主治医は君のほうが・・」
「それはダメ。CCUのほうにも、トシキが主治医だと伝えたし」
「ST、下がってるじゃないか!」
「経過を見ながら、っていう方針だったんだが」
「こういうのを放っておくから・・!」
「待てよおい。俺の意見じゃない。なんなら教授に言うか?」
「く・・・・!」

モニターはサイナスだ。不整脈は出てないもよう。しかし不整脈が
出た可能性も大きい。

「島。超音波を・・」
「三品っちに頼めよ」
「君があんなことして。頼みにくいじゃないか!」
「自分でしたらどうだ?」
「僕は超音波の介助はほとんどしてない。やってはみるが・・」
「そうしろ」
「でも君はこの半年、超音波係もやってただろ?」
「ああ、一応な」
「一緒に見てもらえないか?」
「ああ、また今度な」
「今でないと困る!」
「こっちだって患者のこととかあるんだ!」
「もういい!自分で見る!」

僕は嫌気が差して電話を切った。

超音波は幸い見やすく、少なくとも心不全でなく壁運動も全般的に良好と
確認できた。

輸液の指示を・・・と。あと、家族への説明。

てんかんの既往あり、内服継続は必要だ。
Mチューブを入れて、と・・・。確認。入ってる。

するとチューブに勢いよく白い液体が戻ってきた。
「逆流か!」
逆流した大量の液を、容器で受け止めた。

それにしても、かなりの量だ。薬の独特な匂い。

「なんだ。どういうことだ?」
麻酔科の先生が首をかしげた。
「先生。これ・・・薬物中毒?」

<つづく>

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索