<ラスト・オブ・オーベン&コベンダーズ 6-18 誰か・・・!>
2004年10月30日「間違ったもののようで」
「はあ・・」
「そそ、その間違った分は副作用がありまして。独特の」
「独特の?」
「腎臓を悪くすることがありまして。ね、トシキ先生」
僕は無視した。
「トシキ先生。腎臓の緊急採血は・・・」
「これ」
「なになに・・・クレアチニンはふだん3.0mg/dl前後だったのが今回・・
2.8mg/dl。この前がええと、3.0mg/dlか。むしろ下がってる・・」
家族は訳が分からない様子だった。無理もない。
「あのう先生。なんか難しい話のようですなあ」
「え、ええ。簡単ではないです。確かに。腎臓はよくなってます」
「ほう?よくなったんですかいな?それは先生、どうも・・」
僕は口を挟んだ。
「よくなってるという、という表現はどうかと。悪くなってなかった、という印象です」
「ははあ、なるほど」
「ですが今後悪化することもありえますので、注意深く今後も経過を見ます」
島はバツが悪そうだったが、最後に締めくくった。
「私たちともども、今後も注意して参りますので」
「いえいえ、そんな。でも先生方、素直にいろいろとどうも、有難う」
家族は出て行った。
「島!あんな説明でいいのか!」
「仕方ない。医局長が俺に任せたんだからな」
「何が、『腎臓は良くなってる』だ!」
「言葉のアヤだよ。若気の至り」
「家族の方が寛大だったからよかったようなものだ・・」
頭痛がしてきた。
深夜はやっとカルテ整理となり、西条・鈴木先生もカンファ室へゾロゾロとやってきた。
西条先生は部屋中を見回した。
「島先生は?」
「ああ、帰ったよ」
「そうか。僕ら、一般内科病棟へ行ってたんだが」
「共診の?」
「ああ。胸痛の患者さんがいてね。心電図は異常ない。たぶん貧血のせいなんだよ」
「胸痛があるごとに呼ばれてるの?」
「ああ。主治医はシャント(素通り)して、なぜか僕に来るんだ。前・病棟医長の指示で」
「心臓は関係ないって言ったら?」
「うん。でもカテやってないし、完全に否定はできないだろ?」
「そうだな」
「今日はうちの当直医、いるようだけど40代の先生だろ」
「ああ。臨床能力はちょっと・・」
「僕らのほうがマシか」
そのまま夜が明けた。
CCUの薬物中毒患者さんは肺炎の合併もなく経過していたが、脳へのダメージは未知数だった。
瞳孔はピンポイントだが鎮静中であり評価できない。
僕は家族へ説明の上、アンビュー下でCTを撮影。脳外科当直にコンサルトした。
「うーん・・・アーチファクト多くて苦しいなあ」
脳外科当直医は目を凝らしながらCT画像を見つめていた。
「大まかには異常ないと思うけど」
「今後は鎮静を弱めて抜管を・・」
したいところだったが。後ろにひっついていた島は反対した。
「今は年末年始だし。上のドクターもいないからダメだ。却下」
「肺炎になる恐れも・・」
「精神科の許可は?」
「脳外科に聞けというんだ」
「脳外科は?」
「精神科はどうかと」
「ダメだこりゃ・・」
「なに?なんだと?」
「ダメだこりゃ、って言ったんだよ!」
「・・・・」
せーの。ダメだ、こりゃ。
病棟からコールあり。
重症MRAの患者さんの個室。吸引したが痰が取りきれないという。
僕自身もしてみたが、確かに奥でゴロゴロ聞こえる。
血小板が5万しかなく、出血の可能性が高いので吸引をしつこくするのはやめた。
「看護婦さん、SpO2は・・?」
「6時間前は・・」
「ウソだろ。確かめておいてよ」
「装着しました・・・・76。悪いですね」
「そこの腕は、血圧ちょうど測定やってるよ」
「あ」
「もういいよ!貸して!」
不思議と冷酷に言葉が出だした。イライラのせいなのか、僕が傲慢になったのか。
『アイツと同じ!』
あの言葉が今でも耳に残っている・・・。
「SpO2 90%か。下がってきたな。酸素をリザーバーマスクへ」
「詰所にはなかったですね」
「そんなヒトゴトみたいに言わないでくれるかい?」
近くで鈴木先生が見かねた。
「いいよ、トシキ先生。僕が取ってくる」
「すまない・・」
「両目にクマが出来てるよ」
「うん・・」
西条先生が廊下から入ってきた。
「DICが悪化しているようだね」
「治療はフルコースなんだけど」
「上の先生には・・」
「相談したけど。目新しいものはなし」
「免疫抑制剤とか・・」
「もう使用した。肝障害で中止」
「ステロイドも?」
「パルスも効果なし。4日前終わったばかりだし」
「・・・じゃあ、すぐに2回目ともいかないな」
打つ手なしか・・。
胸部レントゲンでは両肺がまだら状の浸潤影。
「トシキ先生。これ、出血なわけ?」
「そうだよ」
「止血剤でも無理か」
「アドナはもういってる」
「どうする?このままでは病棟の管理では・・」
「ICUは満床になったそうだ。だからここで見るしか」
だが重症の増えたその状況は、現在の詰所の能力のはるかに範囲外だった。
鈴木先生がマスクを持ってきた。
「やっとくよ」
「ありがとう」
「家族へ説明は・・」
「年末年始は旅行らしいんだ」
「なんて奴らだ・・」
僕ら3人はカンファ室へ入った。
部屋の中は荒れ放題で、書類、食べたものの容器などが散乱している。
年明けまで掃除係の人はお休みとなっている。
僕はソファーに身を任せた。
「はああ。それにしても・・・」
「疲れたなあ」
西条・鈴木先生もイスに深く腰掛けた。
僕はカンファ室の掲示板を見た。
「この掲示板の情報が正しいとしたら・・CCUが1床空いてるな」
西条先生は上半身を傾けた。
「もう取れないよ。これ以上は。救急は断ろう」
「そうだな」
「でも決めるのは島先生だね」
「島、あいつ・・・」
「ムンテラは散々だったらしいね」
「レジデントが病棟医長なんか、務まらないよね」
鈴木先生は注射当番から帰ってきた。
「ダメだ。2人、どうしても入らない。手伝ってくれるかな?」
西条先生が立ち上がった。
「どれどれ!」
僕は1人、カルテ整理と指示出し、文献検索を続けた。
だが、睡魔は容赦なく襲ってきた・・・。
「トシキ先生!トシキ先生!」
「西条先生?」
「急変だ急変!」
「誰が・・」
「MRAの患者!呼吸が止まった!」
「なに!」
僕と西条先生は小走りに個室へ急いだ。
詰所に通りすがり、僕はナースへ伝言した。
「医局へ救援を頼んで!」
肩が痛い。地面も揺れてる。
誰か、いないか・・・!
<つづく>
「はあ・・」
「そそ、その間違った分は副作用がありまして。独特の」
「独特の?」
「腎臓を悪くすることがありまして。ね、トシキ先生」
僕は無視した。
「トシキ先生。腎臓の緊急採血は・・・」
「これ」
「なになに・・・クレアチニンはふだん3.0mg/dl前後だったのが今回・・
2.8mg/dl。この前がええと、3.0mg/dlか。むしろ下がってる・・」
家族は訳が分からない様子だった。無理もない。
「あのう先生。なんか難しい話のようですなあ」
「え、ええ。簡単ではないです。確かに。腎臓はよくなってます」
「ほう?よくなったんですかいな?それは先生、どうも・・」
僕は口を挟んだ。
「よくなってるという、という表現はどうかと。悪くなってなかった、という印象です」
「ははあ、なるほど」
「ですが今後悪化することもありえますので、注意深く今後も経過を見ます」
島はバツが悪そうだったが、最後に締めくくった。
「私たちともども、今後も注意して参りますので」
「いえいえ、そんな。でも先生方、素直にいろいろとどうも、有難う」
家族は出て行った。
「島!あんな説明でいいのか!」
「仕方ない。医局長が俺に任せたんだからな」
「何が、『腎臓は良くなってる』だ!」
「言葉のアヤだよ。若気の至り」
「家族の方が寛大だったからよかったようなものだ・・」
頭痛がしてきた。
深夜はやっとカルテ整理となり、西条・鈴木先生もカンファ室へゾロゾロとやってきた。
西条先生は部屋中を見回した。
「島先生は?」
「ああ、帰ったよ」
「そうか。僕ら、一般内科病棟へ行ってたんだが」
「共診の?」
「ああ。胸痛の患者さんがいてね。心電図は異常ない。たぶん貧血のせいなんだよ」
「胸痛があるごとに呼ばれてるの?」
「ああ。主治医はシャント(素通り)して、なぜか僕に来るんだ。前・病棟医長の指示で」
「心臓は関係ないって言ったら?」
「うん。でもカテやってないし、完全に否定はできないだろ?」
「そうだな」
「今日はうちの当直医、いるようだけど40代の先生だろ」
「ああ。臨床能力はちょっと・・」
「僕らのほうがマシか」
そのまま夜が明けた。
CCUの薬物中毒患者さんは肺炎の合併もなく経過していたが、脳へのダメージは未知数だった。
瞳孔はピンポイントだが鎮静中であり評価できない。
僕は家族へ説明の上、アンビュー下でCTを撮影。脳外科当直にコンサルトした。
「うーん・・・アーチファクト多くて苦しいなあ」
脳外科当直医は目を凝らしながらCT画像を見つめていた。
「大まかには異常ないと思うけど」
「今後は鎮静を弱めて抜管を・・」
したいところだったが。後ろにひっついていた島は反対した。
「今は年末年始だし。上のドクターもいないからダメだ。却下」
「肺炎になる恐れも・・」
「精神科の許可は?」
「脳外科に聞けというんだ」
「脳外科は?」
「精神科はどうかと」
「ダメだこりゃ・・」
「なに?なんだと?」
「ダメだこりゃ、って言ったんだよ!」
「・・・・」
せーの。ダメだ、こりゃ。
病棟からコールあり。
重症MRAの患者さんの個室。吸引したが痰が取りきれないという。
僕自身もしてみたが、確かに奥でゴロゴロ聞こえる。
血小板が5万しかなく、出血の可能性が高いので吸引をしつこくするのはやめた。
「看護婦さん、SpO2は・・?」
「6時間前は・・」
「ウソだろ。確かめておいてよ」
「装着しました・・・・76。悪いですね」
「そこの腕は、血圧ちょうど測定やってるよ」
「あ」
「もういいよ!貸して!」
不思議と冷酷に言葉が出だした。イライラのせいなのか、僕が傲慢になったのか。
『アイツと同じ!』
あの言葉が今でも耳に残っている・・・。
「SpO2 90%か。下がってきたな。酸素をリザーバーマスクへ」
「詰所にはなかったですね」
「そんなヒトゴトみたいに言わないでくれるかい?」
近くで鈴木先生が見かねた。
「いいよ、トシキ先生。僕が取ってくる」
「すまない・・」
「両目にクマが出来てるよ」
「うん・・」
西条先生が廊下から入ってきた。
「DICが悪化しているようだね」
「治療はフルコースなんだけど」
「上の先生には・・」
「相談したけど。目新しいものはなし」
「免疫抑制剤とか・・」
「もう使用した。肝障害で中止」
「ステロイドも?」
「パルスも効果なし。4日前終わったばかりだし」
「・・・じゃあ、すぐに2回目ともいかないな」
打つ手なしか・・。
胸部レントゲンでは両肺がまだら状の浸潤影。
「トシキ先生。これ、出血なわけ?」
「そうだよ」
「止血剤でも無理か」
「アドナはもういってる」
「どうする?このままでは病棟の管理では・・」
「ICUは満床になったそうだ。だからここで見るしか」
だが重症の増えたその状況は、現在の詰所の能力のはるかに範囲外だった。
鈴木先生がマスクを持ってきた。
「やっとくよ」
「ありがとう」
「家族へ説明は・・」
「年末年始は旅行らしいんだ」
「なんて奴らだ・・」
僕ら3人はカンファ室へ入った。
部屋の中は荒れ放題で、書類、食べたものの容器などが散乱している。
年明けまで掃除係の人はお休みとなっている。
僕はソファーに身を任せた。
「はああ。それにしても・・・」
「疲れたなあ」
西条・鈴木先生もイスに深く腰掛けた。
僕はカンファ室の掲示板を見た。
「この掲示板の情報が正しいとしたら・・CCUが1床空いてるな」
西条先生は上半身を傾けた。
「もう取れないよ。これ以上は。救急は断ろう」
「そうだな」
「でも決めるのは島先生だね」
「島、あいつ・・・」
「ムンテラは散々だったらしいね」
「レジデントが病棟医長なんか、務まらないよね」
鈴木先生は注射当番から帰ってきた。
「ダメだ。2人、どうしても入らない。手伝ってくれるかな?」
西条先生が立ち上がった。
「どれどれ!」
僕は1人、カルテ整理と指示出し、文献検索を続けた。
だが、睡魔は容赦なく襲ってきた・・・。
「トシキ先生!トシキ先生!」
「西条先生?」
「急変だ急変!」
「誰が・・」
「MRAの患者!呼吸が止まった!」
「なに!」
僕と西条先生は小走りに個室へ急いだ。
詰所に通りすがり、僕はナースへ伝言した。
「医局へ救援を頼んで!」
肩が痛い。地面も揺れてる。
誰か、いないか・・・!
<つづく>
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