鈴木先生がアンビューを押している。中は血まみれだ。
「挿管しようと思ったんだけど・・」
「喀血が多いな」
「視野が全く確保できない」

患者さんはかなり頻呼吸だ。だが吸気で痰・血液を引き込んでいるようだ。

西条先生が挿管チューブを握り締めた。
「トシキ先生。僕がやってみていいかい?」
「あ、ああ」
「・・・・・・悪いが、吸引を」

僕はチューブで出来る限り口腔内の出血を吸い出した。

引き続いて西条先生が喉頭鏡で覗くが、声門を探すうちにまたたく間に
視野が痰・出血で隠されていった。

「これじゃ見えない!」
「もう1回やるよ」
「あああ、SpO2・・・・測定できない!」
「慌てないで!」
「慌てるよ!」
「アンビューをもう1回・・あれ?鈴木先生は?」

いない。西条先生は怒り出した。

「あのヤロー!あいつ、どうでもいいときは居て、必要なときには消える!」
「落ち着けよ!」
「見えない!見えない!くそお!」
「とにかくチューブを入れてみよう」
「ああ!」

チューブはするっと入ったようだが・・。

「クソ!食道だ!やり直し!」
「カフの空気を抜いて!」
「わ、わかってる!す、すまない」

西条先生は完全に取り乱していた。

「西条先生、ありがとう。僕が・・」
チューブを渡されたが、目まいがしてきた。

声門とおぼしき位置に視覚を集中するものの、1点に集中できない。
喉頭鏡の光に、もっと力が欲しい。

「西条先生、吸引を・・・うわっ!」
おびただしい量の喀血があり、僕は顔面にまともに浴びた。
「トシキ先生!」
西条先生に抱えられ、僕は個室内の洗面所で顔を洗った。

ドカンという音とともに、鈴木先生が気管支鏡を台ごと運んできた。
「これでやろう!西条!頼む!」

西条先生は慌てていた。
「う・・・・うう」
「どうした?西条くん!さ!」
鈴木先生が声を荒げた。
「す、すまない。実は・・・その」
「?」
「できない」
「何言ってるんだ?気管支鏡、得意なんだろ?そう言ってたじゃないか」
「いや、あれは・・・」
「おい!」
「そう言ったんだけど・・」
「・・・・・」
「1回くらいしか・・」
「やってくれよ!それでも!」

僕も同じ気持ちだった。
「そうだよ、西条君!僕らは全くしたことないし。君しか」
「あ、ああ」

僕は電源を入れて、気管支鏡を渡した。
鈴木先生がアンビューを離した。
「たのむぞ!」

「あ・・・ああ・・・」
彼はおそるおそる、カメラを鼻から入れていく。
強い抵抗があるのか、カメラはグニャグニャとなって進まない。

鈴木先生はベッド柵から身を乗り出した。
「ハートレート、減ってきた・・・!」

もう、ダメか。

「ここか?」
廊下からいきなりバスケス先生が現れた。
「急変があったっていうのは」

僕は飛びついた。
「そそ、そうです!先生!お願いします!」
「挿管か?・・・喀血?」
「MRAで、肺出血です」
「血管炎か。西条!代わって」

バスケス先生は気管支鏡を受け取り、いったん外へ出した。
「挿管チューブもつけずにどうすんだよ」

ものの3分で、チューブは挿入された。

「吸引、するよ」
多量の血痰が吸引されていく。

僕はハッと気づいた。
「そうだ。呼吸器・・。人工呼吸器を」
「もう持ってくると思う」
「え?」
「島も医局にいたんだ。あたしが命令した」
「島、いたんですか・・」
「医局の奥で寝てたよ」
「・・・・・」

島は呼吸器をガラガラ押してきた。
「すみません。これでいいですか?」

僕らの冷たい視線が彼に注がれた。

詰所で指示を出し、一段落した。僕は手洗いにかなり時間を要した。
「今の詰所の状況では、あの重症を抱えるのはなあ・・」

鈴木先生はハッと何か気づいたようだった。
「ICUは満杯なんだよね」
「うん」
「CCUだったら?」
「あくまでもCCUだから、心疾患しか入れないよ」
「血管炎だから、何か合併症はないの?」
「・・・・・心臓に関しては、ない」

バスケス先生が入ってきた。
「あたしの勤務はもうとっくに終わってんだよ。今日はほんと、たまたま」
でも僕はうれしかった。
「荷物を取りにこられてた、とか?」
「そうだよ。運わりい」
「ありがとうございました」
「重症増えちゃって、大丈夫?」
「詰所のキャパシティを考えて、集中治療室へ移したいんですが・・」
「ICUでいいだろ」
「満床です」
「CCUは?」
「病名が病名だけに・・」
「緒方に頼んだら?」
「・・・・?」
「緒方、CCU入りびたりだったから。アイツに頼んだらコネで何とかなるかも」

僕は以前のきまずい一件を思い出した。

「しかし、先生。緒方先生も辞められてるし」
「あいつも荷物取りに、医局に来てるよ」
「ホントですか?」
「うん。頼んだら?あたしは・・・もう失敬する」

ナースが2人、僕の正面に立ちはだかった。
「で、どうされるんですか?」
「は?」
「こんな重症ばっかり、うちの病棟では見れないんですけど」
「分かってる。だからこうして・・」
「研修医の先生が部屋につきっきりでやってもらわないと」
「他の部屋のこともある。ちょっと・・・待ってて!」

島が廊下の向こうから叫んだ。
「アンステーブルっぽいのが緊急外来に来てる!」
西条・鈴木先生が駆け足で向った。

バスケス先生はゆっくりと去って行った。

「看護婦さん。ちょっと医局へ」
「なにしに?」
「すぐ帰ってきます!」

僕はダッシュで医局へと向かっていった。
走れ、トシキ!ダッシュ、ダッシュ、バンバンババン!

医局でノートパソコンを開いている緒方先生がいた。
「どど、どうしたと?」
「ハア、ハア・・」
「ハアハアじゃ、分からんとよ?どうしたんね?」
「つつ、詰所がじゅ、重症患者が増えすぎて」
「そりゃ、繁盛しててよかとよ」
「CCUに移したいんです。1人」
「心不全?」
「血管炎で、人工呼吸管理が始まりました」
「心疾患はあるとよ?」
「特にはなくて」
「じゃあ、あかんとよ」

彼はまたパソコンを打ち始めた。

「先生。この前の1件は・・すみませんでした」
「ああ、あの件か。気にしてないとよ」
気にしてる証拠に、答えが早かった。
彼はキーを止めた。

「僕も、あれから少しは反省しとるとよ。先生」
「・・・・・」
「よし。待っとき!」
彼は携帯をかけた。
「今は・・非番とよ?ああ、うちの病棟にMRAがおってな。
わしが今日エコーしたら、心内膜炎らしき所見あってな」
「・・・・先生。そのような所見は・・・」
「シッ!でな、先生。珍しい症例だから。おたくのレジデント
と共診だったら、学会発表・・・うんうん、させてくれるとよ、多分」

緒方先生は交渉を続けた。
彼は電話を切った。
「ベッドが準備できたら、詰所にお呼びがかかるとよ」
「そうですか!ありがとうございます!」
「さ、わしも戻るとよ!」

僕は詰所へ連絡、救急外来の不安定狭心症を見にいった。
患者さんは横になっており落ち着いている様子だった。
島が電話している。「・・・そうですか」
彼は受話器を置いた。
「トシキ。どっか、病院知らないか?」
「どっか、って?」
「カテのできる病院。どこも満床だ。うちのCCUは満床になった」
「薬投与下で、STが4ミリも低下?」
「すぐにでもカテが必要だ!」

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