ブレよろ 4

2004年12月28日
床についた手を見ると、分厚いホコリがこびりついていた。床がもともと緑っぽく、分からなかったのだ。
「水!水!」
彼は立ち上がって蛇口へ向った。蛇口をひねって出たのは、混濁した泥水だった。
「うわ!これ何?」
「大阪の水は汚いよ」http://healthylife.k-server.org/suidousui.html
僕は詰所へ電話した。

「第一詰所?ユウキです。すみませんが、事務のミスで・・」
辻岡氏は鼻をつまんで品川くんの体をはたいていた。

背の低いメガネの男がタオルを差し出した。
「ああ、ありがとう」
「ケースワーカーの佐藤です。ヒヨッコですけど」
「なんか君、この辻岡さんと並んだらまるで・・・どういえばいいですかね?ユウキ先生!」

辻岡氏は品川くんの腕をつかんだ。
「ユウキ先生は、今詰所と大事な連絡を取られているところだ!」
「は、はい。ごご、ごもっともです」

僕は電話を切った。品川君はまだ手を拭いていた。
「みな各自それぞれ、降りてくるって」
「しかし先生、私物とかは・・」
「私物は当院が負担して、ゆうパックで送らせる」
辻岡氏はテキパキと答えた。
「なるほど・・・」
品川君は感心しっぱなしだ。

僕はさっきの話題を思い出した。
「さっき、品川くん。何て?」
「いえいえ。あの大男と小男の組み合わせ。なんか絵になりますね」
「・・・・?」
「この前映画館、いっしょに行ったじゃないですか。エピソードワン!」
「ああ、スターウォーズね」
「あのほら、ロボット・・」
「ああ、C3-POとR2-D2」
「そうそう!それそれ!」
「C3-POはキャシャだろう?あの男は違うよ」

辻岡氏はエキスパンダーのように固いドアを拡げようと懸命だ。

「むしろ・・・マスター・アンド・ブラスター!」
「え?なんですか、それ?」
「入るのは2人!出るのは1人!」

エレベーターで降りてきた病衣の患者を、私服事務員達が次々と外へ誘導していく。

「先生。彼らは転院のことはご存知で?」
「うん」
「よく行く気に・・」
「僕の行くところなら、ついて行ってくれると」
「さすがですね。感情がシンクロしたわけか」
「?」

「これはおい、どういうことなんだ!品川君!」
「は、はい」

廊下側ではメガネ事務長が仁王立ちで立っていた。
「病院の患者をよそへ送る?僕は聞いてないぞ!いったい誰の指示で?」
「それはユウキ先生が・・」
「お、おい!」

僕は焦って前へ出た。
「品川君には前もって通してたことで・・」
品川君は食ってかかった。
「ええ!ですがまた何かの冗談かと思って本気には」
「本気でやると言ったぞ!」
「でもまさか!」
「ウソでこんなリスト作るかよ!」
「でもしかし!」
「しっかりしろ!」
「なるべくは!」
彼は引き下がらなかった。

メガネ事務長は額を手で抱えていた。
「あー。あー。頭が痛い。アタマが!」

神谷先生まで現れた。
「何だ?ボヤか?」
「いえ・・」
半泣きの顔で、メガネ事務長はヒソヒソと僕らを指差した。

「なに?患者を転院?聞いてないぞ!いったい誰の指示だ!」
品川君がまた歩み出た。
「それはユウキ先生、ですけども」
「おい!」
僕はまた焦って前へ出た。

神谷先生は不適な笑みを浮かべた。
「お前。そんなことしていいと思ってるのか!」
「患者さんたちの希望でして」
「ふざけるな。1人2人ならくれてやってもいいが、何十人といるじゃないか!」
「・・・・・」
「身の程知らずが。これは大問題だ。貴様の大学医局に、わしが直接連絡しておくからな」
「・・・ええ、どうぞ」
「ほう、そうか。あとは知らんぞ」

僕はふと気づいた。
「呼吸不全が1人いるんだ。辻岡さん、ケースワーカーさんもいっしょに詰所までついてきて」
僕ら3人は神谷先生らをすり抜けて、エレベーターに向かった。

「辻岡さん。汗だくじゃないか。スーツ脱いだら?」
「お先に。先生」
「ご、ご苦労さん」

詰所わきの個室へ僕らは入った。
「あ、そうだ!このベッドは大型だ」
「というと?」
大男はサングラスを外した。やっぱり安岡力也だ。
「このベッドのままではエレベーターには入らないんだよ」
「では他の小さいベッドに移すとか」
「そうだな。それでもいいんだが・・」

ケースワーカー佐藤氏はメガネを光らせた。
「時間も時間ですし。岡ちゃん。いつもの、やろう」
「ああ」

彼らは患者のバルーンバッグを患者の腹の上に乗せた。
頭側に佐藤氏がつき、点滴を歯で加えた。
「先生、1分だけ酸素がいきませんが・・」
「ああ、仕方ない。僕が横でついてる」
「では・・・よっこらせっと!」

辻岡氏は両足を悠々と持ち上げ、両肩を佐藤氏が持ち上げた。
そのままトコトコと歩き始めた。しかし2人の背の高さのせいか、患者は頭側に斜めになっている。

僕は唖然とした。
「困ったな・・これなら逆がよかった」
辻岡氏が横目で見た。
「といいますと?」
「頭が下だろ?呼吸不全のときは、頭は足より高くして・・」
「方向転換ですか?」
「ち、違うって!ささ、行こう!」

僕は患者の顔に向ってしゃがんだ。
「こんな形で、すみません」
患者の頭は佐藤氏の胸にめり込んでいた。
「なんか、頭に少し血が昇りませんかいな?」
僕はノーコメントだった。

辻岡氏は廊下を来た時と逆方向へ誘導した。
「階段で行きます。エレベーターはほら、スタッフが待ち構えてる」
「ホントだ・・しかし、大丈夫?非常階段はけっこう急で・・」
「私らなら」

確かにそうだった。彼らは手馴れたもので、急な階段をスタスタと降り出した。
先頭がノッポで、最後尾がチビだから、患者を水平に運ぶ事ができたのだ。

こうして患者をスムーズに救急室へ運べた。

そこではピカピカのストレッチャーが1台用意されていた。
ジャニーズ系の医師が1人、そこに座り待機していた。少年隊の東山ふうだ。
彼はアニメのキャラのように、シュパーと片足で降り立った。

「待ったぜ!」

なんだ、このキザなヤツは。

僕は以前のように、こういう奴は大の苦手だった。

「とっくに急変して、心マッサージ中かと思ったぜ。はっは。さ、そこへ移して!」
声がどことなくハーロックというか、花形だった。
「酸素は何リッター?主治医さんよ!」
「鼻からで2リットルです」
「よおし。ニリッター!ま、思ったほど重症じゃないな。そこに車来てるから、こっちへ誘導するぜ」
彼はまたシュパーと出て行った。

「なんか、ハイですよね。あの医者・・」
品川君が呆気に取られていた。あとで聞いたが、麻酔科医だ。
「品川君。独歩の患者さんたちは・・?」
「みんな、連れて行かれました」
「ヘンな言い方するなよ。連れていって頂きました、と」
「お連れになって行かれました」
「ただでは転ばないヤツだよな」
「先生こそ」

「だーれがタダでは転ばないヤツだってぇー?」
知らない間にキザ野郎が戻ってきた。
「ドクターズ・カーがバックしてくるぞ。下がれよ!兄ちゃん!轢かれてミンチになるぜ!」
品川君は言われるまま後ずさりした。

「オーライオーライ!」
キザ野郎は手を大降りで誘導していた。

救急車型のドクターズ・カーはゆっくりと救急入り口に・・・入ってきた。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索