ブレよろ 5

2004年12月28日
「おいおい!もうそこでストップしないと!」
品川君はキザ野郎に促した。
「大丈夫だよ、兄ちゃん。あの車高なら、この部屋に入れるからサ」
「いや、そういう問題では・・」
「外、雨降ってるんだぜ。患者様が濡れたら大事だろ?」
「あ、そうなの・・」
「オーライオーライ!」

しかし進行方向がやや斜めだったのか、車の側面が片方のドアの端に擦った。

「ストップ!」

おせえよ。

後部のドアが開いた。
「じゃ、俺は助手席に乗ってるよ。事務員の方々、よ・ろ・し・く!」
ウインクしてバタンと彼が乗るなり、僕は後ろから引っ張られた。

「てめえ!何を勝手な!」
三品先生は僕を引きずりおろし、ストレッチャーも止められた。
「おい待て!待てって!これは俺たちの患者だ!心不全だぞ!」

僕の足もホコリまみれになり、あわてて何度もはたく必要があった。

「リハビリ目的の患者ならいいが、この心不全は、今は俺たちが診てるんだ!それを勝手に中断か!」

キザ野郎が降りてきた。
「なあ先生よ。先生がどれだけの素晴らしい医者なのか、俺には分からんが」
「なに?お前は?」
「転院先の医者さ。あんた、大学から追い出されたんだろ?」
「何をこいつ、失礼な・・!」
「トシからは何回もアンタのことは聞いてるんだ」
「トシ?トシキか?お前、あのトシキの病院の?」

三品先生の顔が一斉に青ざめてきた。

「あたぼうよ。先生よ、治療っていったって、療養病棟でいったい何の治療ができるんだ?」
「うう・・」
「ちゃんとした治療を受けさせたいがために、この主治医の先生は配慮してくださってるわけだ。違うか?」

彼の口はどもることもなく、巧みそのものだった。

「そうか。オーケー。医長が納得せんのなら、患者さんに聞いてみようや」
キザ野郎は患者さんの耳元でつぶやいた。
「ついてくるかい?」
「・・・・あ。ああ。でもアンタじゃないけどな。わしはユウキ先生に」
「俺はお呼びじゃないってさ。ハハ。でも主治医にはついていくってよ」

三品先生は僕を睨んだ。
「なんだお前。いつから大学の人事に逆らえるようになった?」
「大学へはいったん戻りますが・・・」
「草なんとかってヤツの手下に成り下がるのかよ?」
「成り下がるわけでは・・」
「トシキと同じだ。お前は」
「誰です?それ・・知りません」
「大学にはきちんと報告しておくからな!」
「ええ・・・・どうぞ」

後部ドアは閉められた。キザ野郎は車の側面を見ていた。
「ああらら、派手に擦っちゃってえ・・!星印でも貼るかな?サキットの狼みたいによ!」

『サーキットの狼』だろ?

ドクターズ・カーはゆっくりと出て行った。
僕も雨に濡れながら、マーク?へと向った。

呆然と立ち尽くしているメガネ事務長達のとこへ、品川君は言い残した。

「お世話になりました。ドア、もう閉めても結構です」

僕はエンジンをかけた。どうやらドアはかなり固いようだ。
だがもう目を配ることもない。過去は過去・・・。
シートベルトを締め、ハンドブレーキを手前に。

新型マーク?だ。けどローンはまだ終わってない。

徐行で門を出ようとしたとき、側に石段が目に付いた。
3年前にここへ来たとき、僕はあそこで座って1夜明かした。
あのときも、確か雨だった。

あのときは、つらかった。あれから毎日が苦しかった。


止まってると、品川君がコンコンと窓をノックした。
「先生!お元気で」
「ああ」
「またあの石段ですか。先生、もう過去は忘れましょうよ」
「知ってる。ちょっと地図を見ようと・・」
「辛かったですよね。まあ女ってそういうもんですよ」
「まあね」
「そろそろ教えてくださいよ。どの女だったんで・・」
「僕は大学方面へ行く。君は一足先に、真田分院だろ?」
「ええ。待ってますよ、先生!半年後?」
「そう。本院の真田理事長にはそう伝えてある」
「大学へは?」
「へ?」
「大学医局からの了解は得てるんでしょう?」
「・・・・うん。もちろん」
「なら問題ない。先生!」

彼は握手を求めた。
僕も手を差し出した。

「その日まで!」

実はまだ大学には何も伝えてなかった。
了解が得られるかどうかは分からない。

スムーズに辞めれたらいいのだが。

僕自身、もう大学にいるつもりはなかった。
このまま引き戻されて、見せしめになるよりは。

そこまで落ちぶれてはないはずだ。

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