ブレよろ 10

2004年12月28日
詰所。やっとミタライ先生は泣き止んだ。
「いいか?先生。あんなのでいちいち落ち込まないようにな」
「はい・・」
「好き放題食べてたのがいきなり食事指導だろ?その患者の気持ちは分かる」
「こっちは善意で・・」
「まあ人間の弱さだろうな。でも腎臓が悪化傾向で蛋白制限なら、カロリー増やす意味で間食させることはある」
「そ、そうですね」
「心電図、あったのか?」
「これでした」
「ST下がってる。II/III/aVfで1ミリずつ。負荷は?」
「膝が悪いので」
「でも歩ける人だ。せめてマスターシングルでも」
「予約しないと・・」
「でも明日回診なんだろ?」
「はい・・」
「今ここでやってしまおう!」
「詰所で?」
「カンファ室へ行こう」
「台は・・」
「何でもいいだろ」

僕らはカンファ室へ入った。そこには・・・・!

長いす2つに3人ずつ、医者が座っている。内職だ。
僕らのときは内職は夜9時を超えていたが、まだ夕方の時点で。

時代も変わったものだ。まあそのほうがいいんだけど。

「すまないが、ここで今からマスターシングルやるんで」

ピクッと反応した巨体の男がユラーッと立ち上がった。
「ここでは困ります」
「先生・・・いったい何年目?」
「5年目の島といいます」
「6年目のユウキというんでよろしく」
「知ってます。さきほど自己紹介・・」
「とっとと机を寄せるぞ。ささ、どいて」

島先生は不機嫌そうにパソコンを閉じ、全員で長いすをガラガラ引っ張った。

「よしよし。ありがとう」
「検査は検査室でやればいいのに。迷惑このう・・」
「え?誰かなんか言ったか?」

振り向くとみな黙ってるが・・さっきの島ってヤツの声だ。

「ミタライさん。患者を」
「呼んできます」
「他の5人の先生は・・・もう仕事は終了で?」

みな顔を見合わせ、ほぼ同時に頷いた。

「明日はみんなで昼でも食べに行くか?」

またみんな、顔を合わせる。やがて、視線は島先生のところへ集まった。

島先生は片麻痺のようにゆっくりと立ち上がった。

「僕らは午前中から午後にかけて、業務がありますので。食事は各自です」
「業務があっても、なんとかそこを抜けるとかさ」
「それはできません。先生なら可能かもしれませんけど」
「なぬう・・」

他の5人が笑ってる。

「私ならば、お供できるかも」
「島先生が?なんで?」
「先生、来週は外来ですよ」
「外来?書記係か?」
「いえ。先生が外来主治医で」
「ウソ?」

僕はあわてて黒板の張り出し紙へと駆け込んだ。

「うわ・・・ほんとだ」
「うちは今、呼吸器のドクターが不足してまして」
「じゃあ何かよ。おれは当て馬かよ?」
「穴埋めというわけでは・・・はっはは」
「で・・?島先生が僕の・・・患者?」

全くうけなかった。

「どういう意味でしょうか?」
「いやいや・・・僕の書記係ってこと?」
「ええ。処方箋の打ち出しだけですけどね」
「そっかー・・・」

やっぱり1ヶ月が限度だ。

「ユウキ先生は、外来は・・」
「失礼な。前の病院ではやってたよ」
「あの民間の病院。1日何人くらい?」
「ま・・・40-60人とかかな」

実は一ケタだった。

「へえ、それなら期待できますね。なるべく早く終わらせてくださいよ」
「なに、指図してんだよ」
「野中先生も心配されてましたよ」
「あ?」
「もし大変なようなら、いつでも相談してくれと」
「死んでもするかよ」
「いいんですか?そんなこと・・」

「先生。お願いします」
彼女は安静時の心電図を記録し終わった。
「・・・よし。いいぞ」
「先生。台は・・」
「そうだな。本の積み重ねはズレたら大変だし・・・・」
「・・・・・」
「あ、そこの背もたれなしソファーを」

ちょうど手ごろなソファーがあった。四足を外して・・・。
「よし。じゃ、これに上り下りしてください。みんな、内緒にな」
「先生、メトロノームは・・」
ミタライ先生は困惑していた。
「・・・手拍子でやろう。やってよ」
「はあ?」
「こんな風に・・・・タン・・・・タン・・・・タン!」
「・・・・・」

このような雰囲気で、患者はゆっくり浅い一階段を上り下りした。

「タン!はい、じゃあ、また横になって!早く早く!」
患者は強制的に横にさせられた。ミタライ先生はぎこちなく心電図を装着、記録した。

「オーベン、出来ました」
「はいはい・・・STは・・・これ、かなり下がってるよ」
「ええっ!」
「シッ!・・・・2ミリは確実だ。あと2分してまた記録しよう」
「・・・・・・どうもないですか?」

彼女は心配して患者に問いかけた。
「いいや。なんもあれへん」

2分後の心電図。STはさらに低下している。

「オーベン・・・もっと下がってますけど」
「あ、ああ。こういうことってよくあるよ」
「・・・・・何もしないでいいんでしょうか?」
「・・・・・・今は・・・・、あと1分してまたみてみよう。安静にしてるわけだし」
「はあ・・・」

1分後の心電図。

「先生・・」
「ん?」
「4ミリ下がってるような気が・・」
「あ、ああ・・」

島先生が近づき、腕組みした。
「おおっ?こりゃ何だ?」

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