ブレよろ 15

2004年12月29日
ちょうどその頃。山の上病院では、買い取りに向けての「乗っ取り」が着々と進められていた。

職員のほとんどは病院の来るべき変化を気にしてはいたものの、外来・病棟業務は平然と通常通りに進んでいた。

しかし、それもその日までの運命だった。

病院の広い玄関前のタクシー駐車場。タクシーの間を縫うように、黒い大型車が次々と停車してきた。
バタバタ、バタン、とドアがたたみかけるように連打される。

屈強そうな黒服の男たちは、一見どれもヤクザ風だ。しかしただのチンピラでないのは、その清潔感から伺われはする。

遅れて降りてきた男はサングラスをしたまま悠々と玄関から入ってきた。
外来の受付時間の真っ最中のことだ。その男は受付横のドアから、いきなり入ってきた。

メガネ事務長は押さえにかかった。
「な、何ですか?」
「連絡はあっただろう?」
「知らないぞ、そんなの!一体・・?」
「ご苦労さん。アンタはもう今日付けで終わりだ」
「なに?」
男は名刺を取り出した。

「真珠会?西川・・・」
「今日から、ここは俺らのもんになった」
「そ、そりゃ買い取りのことは聞いてたが・・・まさかこんな突然」
「フン・・・!お前んとこの理事長がやっと音を上げたわけだ」
「・・・・・」
「ま、日雇いででもどっかで働けや」

西川の付近の内線が、ジャンジャン鳴ってきた。
「西川だ」
「総務、占拠しました」
「よし。そこの事務員は追い出せ」
「放射線部も掌握」
「よし。長は追い出したか?」
「病棟、乗り込みました。今は現状で?」
「ああ。婦長らは今は生かしとけ」

すさまじい勢いで、その病院は乗っ取られた。

彼は携帯を取り出した。
「もしもし。会長。順調ですわ」
「うむ」
会長は自宅とおぼしき応接間で車椅子に座り、事の内容を細かく聴取した。

「・・・以上です。これより人員を整理し、引き続き外来業務を継続します」
「医者の補充は?」
「現在の常勤と交渉し、場合によっては補充をします」
「頼むぞ」

医局にも黒服の男が2人入ってきた。

「失礼しマース。ここから動かないでください」
「なにやつ?」
神谷先生はソファから飛び上がった。
「今から新しい事務長が参りマース」
「ああ、その件か・・」

神谷先生は落ち着き払っていた。
三品先生はわけがわからない。
「この人たち・・・だれ?」
「先生」
神谷先生はタバコをつけ、ササッと振った。

「先生も自分の身の振り方を考えたほうがいいよ」
「は?」

西川が入ってきた。
「神谷先生。お久しぶりです」
「ああ」
「三品先生・・・あと2人の常勤はバイトとお休みですね」
「そうだ。2人にはもう話してある」
「三品先生!」
「はあ?」
「こちらへ・・・」

三品先生は呼び寄せられ、西川と向き合いで座った。

「先生のことは私たちもわかっております」
「わかっておるって、何ですの?こんないきなり・・」
「今日をもって、山の上の病院としての業務は、私たちにとって代わります」
「何・・・何を言ってるんだ?教授からは何も・・」
「時間がないので、手短に言いますね。先生は1人だけ、大学の人事でここへ
いらっしゃってます。戻られるのは自由」
「俺の判断ではできないよ。医局に聞いてもらわないと」
「私たちと個別に契約をしていただけるなら、今後も常勤として活躍を」

三品先生は正直言うと、大学で学位を逃してからはもう何の未練も感じていなかった。

「契約・・・?傭兵になれってか?」
「傭兵!なるほど、ハハハ・・・!面白い先生だな」
取り巻きの2人も不気味に笑った。

「大学辞めて、ここで働けってこと?」
「ええ。ここは大学とは何の関係もないですから、手続きは簡単」
「ち、ちなみに契約の内容っていうのは・・」
「おい」

2人の取り巻きのうち1人が契約書を持ってきた。

「三品先生。簡単なことですよ。今の給与は基本給65万、当直料入れて85万」
「調べ済みか?」
「ボーナスが年2回。それぞれ90万。年俸で換算すると・・・当直料込みで1200万」
「あくまでも当直しての話だよ」
「では・・・年俸1600万ではどうでしょうか?先生は30歳後半ですから、今後も増えると思いますが」
「1600!凄いな!」
「頑張りようによって、数百万をプラス」
「ほお・・・」
「先生がまた大学へ戻られたら・・」
「おいおい、よせよ。もうあそこは御免だ」

西川はすべてを掌握していた。

「大学の人事を考慮しますと、遠方の田舎の病院しか空いてないですよ。それも月40万くらいの・・」
「老人ホームとか割といいって聞くんだけど」
「先生。あんなとこで仕事されたら、もはや医者ではないですよ」
「そうだな。やりがいも必要だしな」

三品先生はあっという間に西川の術中にハマッていた。

「返事はすぐに頂きたい」
「え?ワイフと相談する時間が」
「そんな余裕は先生、ありませんよ。ならば大学へそのまま・・」
「わわ!わかったわかった!入る入る!」
「ではここにとりあえずサインを」
「そうだな。とりあえずサインだな・・」

三品先生はいとも簡単にサインし、調印した。

「では、これで契約完了、と。大学へは私から・・」
「いや、いい。俺がする」
「ではこれが勤務表です」
「ほう、もうできてるのか・・」

よく見ると、平日は毎日出勤。土曜日は半ドン。平日のうち3日は夜診あり。
土曜日は月2回夕方まで。

午前は毎日外来。週4回は検査。ギッシリ予定が組み込まれていた。

「お、おい・・・これ」
三品先生は青ざめた。
「研究日は?」
「研究日はありません」
「平日に休みの1つはないと・・」
「よそでのバイトは禁止です」
「だが、この勤務体系には無理がある」
「無理?どうして無理と?」
「病棟も診るんだろ?」
「もちろん」
「こんな業務じゃ、病棟を診る時間がない」
「まあそこは、うまくできるでしょう」
「ちょっと、さっきの契約書を・・」

三品先生は手を差し伸べたが、取り巻きの1人はカバンに入れたままだ。

「三品先生。あなたは今サインした」
「たかがサインだろ?でも実際は」
「そうはいかない」
「えっ?」
「今日付けで、この勤務となるのですよ」
「ウソだろ?」
「契約書の下にありますが、もしある程度の売り上げが望めない場合は・・」
「あわわ・・・」
「解雇します」

三品先生はうな垂れ、力なく座ったまま呆然とするしかなかった。

西川は再び会長に電話を入れた。
「会長。オッケーです。ちょろいもんです」
「品川はもういないか?」
「ヤツは真田会に寝返りました。ここにはいません」
「いつか殺してやる」
「真田本院も、じきに私らのものでしょうな。わっははははは!」
「まずは分院からだ」

病院のそばの山に、大きな高笑いと雷が落ちた。

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