割烹料理の座敷で、彼らは待っていた。
松田先生のワイフは噂どおりの美人だった。松田先生とは一回り離れてて、まだ20代前半。もとOLで、友人の紹介で知り合ったという。
「コースで頼んでるからな、なんでもどうぞ。ヒヒ」
松田先生はすでに酔っていた。だがまだ毒舌演説ではなかった。
「ユウキ、どうだ?話は進んでるか?」
「真田病院の話に向けて、ですか。まだ教授とは何も相談してません」
「おいおい。あと4ヶ月だぞ」
「近いうち、なんとかします」
「おめえはいつもそうだよな。そのうち、そのうち、って・・昔の飲み屋の婆さんも言ってたな」
「しゃべりのオバサンでしたね・・」
ワイフが興味深そうに見ている。
「ユウキ先生。主人がいつもお世話になってて」
「いえ、そんな。自分は松田先生のおかげで将来・・」
「主人もクリニック勤めでかなり参ってて・・」
松田先生は不快な表情を見せた。
「オメーは黙ってろ!」
「主人、いつもこうなんで」
「誰のせいなんだよ?オラあ!」
「朝から夜診までぶっつづけで」
僕はそれに感心していた。
「松田先生、すごいですよね。パワーがあるというか・・」
「あのな、ユウキ。ひょっとして俺が儲けてるとでも思った?」
「患者さんも増えてきてると聞きましたし」
「ああそうだよ。リハビリはね。クソッ」
「?」
「国の制度が変わってな。今までリハビリ通院患者は来るたび病院の利益だったんだが」
「ああ、たしか月に2・3回くらいしか料金が取れないんですよね」
「そうだ!だからそれ以外はサービス!サービス!無料ってわけ!ボランティア!」
「利益に直接直結するのは・・・」
「何だと思う?」
「薬・・・点滴?」
「あんあん、そんなの金にならんならん」
「一般患者の受診回数・・」
「ノーノー」
「採血の数・・・検査の数」
「しれてるしれてる」
「うーん・・・」
「利益に直接反映するのはな・・・その月でいえば、レセプトの枚数なんだよ」
「つまり、その月に受診した患者の数ですか」
「ああ。それが頭打ちなんだよ」
「・・・・1人あたりの受診回数を増やすとか」
「そんなんして単価を増やしても、レセプトの枚数は増えないわけよ」
「でも利益は上がるかと」
「そう。俺もそれ、やってたんだ」
「・・・・・」
「すると単価が上がったんだ。そりゃそうだよな!」
ワイフは少し深刻そうな表情だ。
「おい聴け、ユウキ。そしたらな、とうとう・・監査が入った!」
「ええっと・・」
「国の機関に目をつけられたわけだよ!」
事情がよく分からない。
「するとなあ!今までの検査・治療内容がすべて厳しくチェックされるんだ!これからもな!」
「内容がですか?」
「過剰な検査!不必要な検査!治療!過剰病名!それまでまかり通ってたはずのものが、
通りにくくなる」
「厳しいですね・・」
「そうなりゃ、検査も治療も控えめになって、うちの利益も当然減るさ」
「そうなんですか・・」
「だからな、今はぜんぜんダメだ。利益になんねえ」
「・・・・・」
「そのくせ事務やナースのスタッフは、やれ給料上げろ、やれボーナス増やせ、だぜ」
松田先生、かなりのストレスを・・・。奥さんもかなり心を痛めたことだろう。
彼は食後の薬を内服した。SSRIだ。
「そこでな、俺、クリニックに全身全霊を注ぐのをやめようと思う」
「え?」
「夜の診療を交代するんだよ」
「交代・・だれに?」
「だから、オメエにこうやって来てもらったわけだよ」
そうだったのか・・。僕はふつうの食事会だと思ったのに。
「な、ユウキ。夜診だけとりあえずお願いできるかな。週3回で」
「僕の家から先生のクリニックは遠くて・・」
「いやいや、夕方だろ。大学から直接来ればいいしさ」
「ですね。しかし大学の業務は夕方では終了しませんし、コベンもいますし」
「どうせオイ、コベンは夜中まで働いてるだろ?夜遅くになって相談受けりゃいいだろ」
松田先生、あくまでも自分本位の話だよな・・。
松田ワイフはただただ頭を下げていた。
「ユウキ先生、すみません。ただでさえお忙しいのに・・」
「え?いやあ・・」
「できれば1回だけでも・・」
「うーん・・・」
お世話になった先輩の頼みだ。
「わかりました」
時給など詳しいことも聞かず、僕は返事した。
「ああよかった。あなた!」
ワイフは松田先生の腕を握った。
「おらあ、ユウキを信用してるから!最初からな!マジで!」
松田先生のワイフは噂どおりの美人だった。松田先生とは一回り離れてて、まだ20代前半。もとOLで、友人の紹介で知り合ったという。
「コースで頼んでるからな、なんでもどうぞ。ヒヒ」
松田先生はすでに酔っていた。だがまだ毒舌演説ではなかった。
「ユウキ、どうだ?話は進んでるか?」
「真田病院の話に向けて、ですか。まだ教授とは何も相談してません」
「おいおい。あと4ヶ月だぞ」
「近いうち、なんとかします」
「おめえはいつもそうだよな。そのうち、そのうち、って・・昔の飲み屋の婆さんも言ってたな」
「しゃべりのオバサンでしたね・・」
ワイフが興味深そうに見ている。
「ユウキ先生。主人がいつもお世話になってて」
「いえ、そんな。自分は松田先生のおかげで将来・・」
「主人もクリニック勤めでかなり参ってて・・」
松田先生は不快な表情を見せた。
「オメーは黙ってろ!」
「主人、いつもこうなんで」
「誰のせいなんだよ?オラあ!」
「朝から夜診までぶっつづけで」
僕はそれに感心していた。
「松田先生、すごいですよね。パワーがあるというか・・」
「あのな、ユウキ。ひょっとして俺が儲けてるとでも思った?」
「患者さんも増えてきてると聞きましたし」
「ああそうだよ。リハビリはね。クソッ」
「?」
「国の制度が変わってな。今までリハビリ通院患者は来るたび病院の利益だったんだが」
「ああ、たしか月に2・3回くらいしか料金が取れないんですよね」
「そうだ!だからそれ以外はサービス!サービス!無料ってわけ!ボランティア!」
「利益に直接直結するのは・・・」
「何だと思う?」
「薬・・・点滴?」
「あんあん、そんなの金にならんならん」
「一般患者の受診回数・・」
「ノーノー」
「採血の数・・・検査の数」
「しれてるしれてる」
「うーん・・・」
「利益に直接反映するのはな・・・その月でいえば、レセプトの枚数なんだよ」
「つまり、その月に受診した患者の数ですか」
「ああ。それが頭打ちなんだよ」
「・・・・1人あたりの受診回数を増やすとか」
「そんなんして単価を増やしても、レセプトの枚数は増えないわけよ」
「でも利益は上がるかと」
「そう。俺もそれ、やってたんだ」
「・・・・・」
「すると単価が上がったんだ。そりゃそうだよな!」
ワイフは少し深刻そうな表情だ。
「おい聴け、ユウキ。そしたらな、とうとう・・監査が入った!」
「ええっと・・」
「国の機関に目をつけられたわけだよ!」
事情がよく分からない。
「するとなあ!今までの検査・治療内容がすべて厳しくチェックされるんだ!これからもな!」
「内容がですか?」
「過剰な検査!不必要な検査!治療!過剰病名!それまでまかり通ってたはずのものが、
通りにくくなる」
「厳しいですね・・」
「そうなりゃ、検査も治療も控えめになって、うちの利益も当然減るさ」
「そうなんですか・・」
「だからな、今はぜんぜんダメだ。利益になんねえ」
「・・・・・」
「そのくせ事務やナースのスタッフは、やれ給料上げろ、やれボーナス増やせ、だぜ」
松田先生、かなりのストレスを・・・。奥さんもかなり心を痛めたことだろう。
彼は食後の薬を内服した。SSRIだ。
「そこでな、俺、クリニックに全身全霊を注ぐのをやめようと思う」
「え?」
「夜の診療を交代するんだよ」
「交代・・だれに?」
「だから、オメエにこうやって来てもらったわけだよ」
そうだったのか・・。僕はふつうの食事会だと思ったのに。
「な、ユウキ。夜診だけとりあえずお願いできるかな。週3回で」
「僕の家から先生のクリニックは遠くて・・」
「いやいや、夕方だろ。大学から直接来ればいいしさ」
「ですね。しかし大学の業務は夕方では終了しませんし、コベンもいますし」
「どうせオイ、コベンは夜中まで働いてるだろ?夜遅くになって相談受けりゃいいだろ」
松田先生、あくまでも自分本位の話だよな・・。
松田ワイフはただただ頭を下げていた。
「ユウキ先生、すみません。ただでさえお忙しいのに・・」
「え?いやあ・・」
「できれば1回だけでも・・」
「うーん・・・」
お世話になった先輩の頼みだ。
「わかりました」
時給など詳しいことも聞かず、僕は返事した。
「ああよかった。あなた!」
ワイフは松田先生の腕を握った。
「おらあ、ユウキを信用してるから!最初からな!マジで!」
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