ブレよろ 26
2004年12月29日「次の人!」
僕はペンをドアに指差し、島先生は次の患者を連れてきた。
「62歳男性の、狭心症・・・?」
ここは呼吸器外来ということになっている。隣の教授のとこが循環器外来だ。
めがねをかけたヨボヨボの老人は杖でゆっくりとトコトコ歩いてきた。
待つこと1分。
「フガフガ、ここでよろしいかいな?」
「え、ええ。カルテによると、ふだんは循環器・・」
「教授さんの外来な、かかったんやが。手術せいと言われてしつこくてな」
「は?何のお話・・」
「そこ、書いてるやろ!」
老人はカルテを指差した。
冠動脈が3本とも狭窄があり、血管拡張を繰り返してきた。で、いきなり内服を1年前から自己中止。1年ぶりに突然外来にやってきた。胸部不快があったからだ。
心電図は・・ジギタリス内服下なので評価はできない。
「1年ぶりに突然来たからっちゅうてな、教授さん怒りよったんや」
そりゃそうだよ・・・。
「どうにかしてくれんかいな」
「どうにかって・・」
「ここは呼吸器、って書いてるわな」
「ええ」
「呼吸器も循環器も、お互い親戚でっしゃろ?」
「おっしゃる通りです」
「じゃあ、あんた診てえな」
バサッ、と患者は上半身丸裸になった。
「カテーテル検査で再評価しないと・・」
「いや、もうあれは十分受けた」
「なっ?」
島先生は後ろから両肩を押した。
「すみませんが、ここは呼吸器外来ですので・・」
「おお、もっと押してくれ。そのツボんところ!」
「なっ?」
「薬をもういっぺんもろうて、それでも効かんかったらまた調節してもろうたら、それでええ」
「薬だけでは、治らないんですよ・・」
「島先生。説明は君はせずに!」
思わず注意してやった。島先生はムカッとしたのかプイッと振り向いた。
「わかりました。で、家族の方は・・」
こういう頑固な患者の場合は、作戦B・・・家族の説得からだ。
30代の長男が入ってきた。
「おはようございます・・」
気の小さそうなひょろっとした男性だ。
「本人さんは、カテーテル検査が嫌だと言ってましてね・・」
「ええ。薬だけが欲しいと言ってて」
「うーん。それは教授も怒るでしょうね・・」
「父はカテーテルでいろいろと苦しい思いをしまして、決心が固いのです」
「苦しい思い?どこで?」
「ここです」
「いいっ?」
医療ミスでもあったのか・・・。
「2年前です。カテーテル検査の際に、いきなり≪心筋生検≫を」
「心筋生検。ええ、時々やってますね」
「何の説明もなしに、いきなりされました」
「・・・・で?」
「血圧が急に下がって。タンポナーデになりまして」
「組織を取るのが深かったのか・・」
「そう説明してました。部長だった先生ですね。たしか・・」
「窪田先生ですね」
あのオカマか・・。でも僕のもとオーベンだ。
結局講師からよその病院へ飛ばされた。
「父は思ったそうです。ここで殺されてしまう」
「殺されるなんてそんな・・」
「教授先生は、相手にもしてくれません」
「・・・・・」
「ですからここでお願いいたします」
「・・・・・」
よくよく考えると、間違ってはいないな・・・。
「わかりました」
島先生が驚いて立ち上がった。
「ユウキ先生。教授へ一度連絡を・・」
「いいいい。するな」
「でも!」
「するなっての!」
長男も島先生をキッとにらんだ。
僕は念を押す必要があった。
「長男さん。今は飲み薬でいきましょう。内容を再確認して、再調整します」
「ああ、助かります」
「いえいえ。まだ何もしてないですよ」
「今の先生の一言。それだけでいいのです」
「?」
「その上での話なら、私たちは従います」
僕は薬の内容を確認した。
「バファリン81mgに、ニトロール、シグマート、ヘルベッサー、コバシルか・・」
島先生はパソコン画面で確認していた。
「ユウキ先生、もう足しようが・・」
「本人さん。胸が苦しいのは、いつから・・?」
「1ヶ月前かの。余ってた薬があったから、飲んだが・・よけい悪くなったわ」
「1年前の薬を飲んだわけですか・・」
「薬はおおかた、2年はもつんじゃろう?」
「さあ。メーカーもそれは教えてくれませんので・・」
話を進めないと。
「では、運動負荷試験を・・あ、そうか。杖歩行か・・」
「検査かな?軽い検査ならいいが・・」
「ではせめて超音波と安静時の心筋シンチを」
「?まあよう分からんが、任せようわい」
「そうだ。それと・・・」
「?」
「タバコはかなり吸われる?」
「ああ、一生やめれんな」
「島先生。胃カメラの予約を」
食道癌のルールアウトも必要だ。
胸が必ずしも肺・心臓とは限らない。
患者と長男は満足げに出て行った。
こういったカケヒキ式の診療が得意だった僕は、陰で「交渉人」と呼ばれることもあったが、一部では「濁し・エーター」とも叩かれていた。
僕はペンをドアに指差し、島先生は次の患者を連れてきた。
「62歳男性の、狭心症・・・?」
ここは呼吸器外来ということになっている。隣の教授のとこが循環器外来だ。
めがねをかけたヨボヨボの老人は杖でゆっくりとトコトコ歩いてきた。
待つこと1分。
「フガフガ、ここでよろしいかいな?」
「え、ええ。カルテによると、ふだんは循環器・・」
「教授さんの外来な、かかったんやが。手術せいと言われてしつこくてな」
「は?何のお話・・」
「そこ、書いてるやろ!」
老人はカルテを指差した。
冠動脈が3本とも狭窄があり、血管拡張を繰り返してきた。で、いきなり内服を1年前から自己中止。1年ぶりに突然外来にやってきた。胸部不快があったからだ。
心電図は・・ジギタリス内服下なので評価はできない。
「1年ぶりに突然来たからっちゅうてな、教授さん怒りよったんや」
そりゃそうだよ・・・。
「どうにかしてくれんかいな」
「どうにかって・・」
「ここは呼吸器、って書いてるわな」
「ええ」
「呼吸器も循環器も、お互い親戚でっしゃろ?」
「おっしゃる通りです」
「じゃあ、あんた診てえな」
バサッ、と患者は上半身丸裸になった。
「カテーテル検査で再評価しないと・・」
「いや、もうあれは十分受けた」
「なっ?」
島先生は後ろから両肩を押した。
「すみませんが、ここは呼吸器外来ですので・・」
「おお、もっと押してくれ。そのツボんところ!」
「なっ?」
「薬をもういっぺんもろうて、それでも効かんかったらまた調節してもろうたら、それでええ」
「薬だけでは、治らないんですよ・・」
「島先生。説明は君はせずに!」
思わず注意してやった。島先生はムカッとしたのかプイッと振り向いた。
「わかりました。で、家族の方は・・」
こういう頑固な患者の場合は、作戦B・・・家族の説得からだ。
30代の長男が入ってきた。
「おはようございます・・」
気の小さそうなひょろっとした男性だ。
「本人さんは、カテーテル検査が嫌だと言ってましてね・・」
「ええ。薬だけが欲しいと言ってて」
「うーん。それは教授も怒るでしょうね・・」
「父はカテーテルでいろいろと苦しい思いをしまして、決心が固いのです」
「苦しい思い?どこで?」
「ここです」
「いいっ?」
医療ミスでもあったのか・・・。
「2年前です。カテーテル検査の際に、いきなり≪心筋生検≫を」
「心筋生検。ええ、時々やってますね」
「何の説明もなしに、いきなりされました」
「・・・・で?」
「血圧が急に下がって。タンポナーデになりまして」
「組織を取るのが深かったのか・・」
「そう説明してました。部長だった先生ですね。たしか・・」
「窪田先生ですね」
あのオカマか・・。でも僕のもとオーベンだ。
結局講師からよその病院へ飛ばされた。
「父は思ったそうです。ここで殺されてしまう」
「殺されるなんてそんな・・」
「教授先生は、相手にもしてくれません」
「・・・・・」
「ですからここでお願いいたします」
「・・・・・」
よくよく考えると、間違ってはいないな・・・。
「わかりました」
島先生が驚いて立ち上がった。
「ユウキ先生。教授へ一度連絡を・・」
「いいいい。するな」
「でも!」
「するなっての!」
長男も島先生をキッとにらんだ。
僕は念を押す必要があった。
「長男さん。今は飲み薬でいきましょう。内容を再確認して、再調整します」
「ああ、助かります」
「いえいえ。まだ何もしてないですよ」
「今の先生の一言。それだけでいいのです」
「?」
「その上での話なら、私たちは従います」
僕は薬の内容を確認した。
「バファリン81mgに、ニトロール、シグマート、ヘルベッサー、コバシルか・・」
島先生はパソコン画面で確認していた。
「ユウキ先生、もう足しようが・・」
「本人さん。胸が苦しいのは、いつから・・?」
「1ヶ月前かの。余ってた薬があったから、飲んだが・・よけい悪くなったわ」
「1年前の薬を飲んだわけですか・・」
「薬はおおかた、2年はもつんじゃろう?」
「さあ。メーカーもそれは教えてくれませんので・・」
話を進めないと。
「では、運動負荷試験を・・あ、そうか。杖歩行か・・」
「検査かな?軽い検査ならいいが・・」
「ではせめて超音波と安静時の心筋シンチを」
「?まあよう分からんが、任せようわい」
「そうだ。それと・・・」
「?」
「タバコはかなり吸われる?」
「ああ、一生やめれんな」
「島先生。胃カメラの予約を」
食道癌のルールアウトも必要だ。
胸が必ずしも肺・心臓とは限らない。
患者と長男は満足げに出て行った。
こういったカケヒキ式の診療が得意だった僕は、陰で「交渉人」と呼ばれることもあったが、一部では「濁し・エーター」とも叩かれていた。
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