ブレよろ 35
2004年12月29日真田分院。
本日の外来は1診が胸部内科トシキ先生、2診が消化器内科ハヤブサ先生。
外来開始9時、いっせいに怒涛のごとく患者・カルテが押し寄せる。
事務長は外来の進行状況を確認、事務室へ戻ってきた。
「1診は、今日はすごいな・・しかもブラックリストが1人いるぞ!」
廊下を覗くと、そのブラックリストの容疑者が1人。40代のヤクザだ。周囲には誰も寄せ付けず、
1人大声でふるまっている。
「どうなってんねんこの病院は!わしゃ受付して1時間やぞ1時間!」
犬山はズンズンと事務受付へ突進してきた。
「こらあ!どうなってんねん!」
品川事務長は冷静に対応した。
「みんな、待ってるんだよ。あなただけではない」
「こおら!わしは疲れてるから来てんねん!待たされて、よけい悪くなってもうたぞ!」
事務長は振り向いた。
「警察へ、1報入れとけ」
「呼んでも来ませんよ、彼ら」
若手が諦めたようにつぶやいた。
トシキ先生はマイペースで外来をこなしていた。
「薬が余っている?」
彼は鋭いまなざしで患者を遠目に見ている。
「どういうわけか・・」
50代の背の低い男性は気まずそうにうつむいていた。
「大前さん。この前もきちんと説明しましたが」
「ええ。つい忘れてまうんですね」
「仕事が忙しい、からですか?」
「そうなんですねん。食事も不規則やし」
「糖尿病の薬は、あくまでも食事の前後を見計らって飲みます。回数も守って
もらわないといけない」
「そうですよね。でもつい忘れて・・」
トシキ先生は結果伝票を差し出した。
「HbA1c 13.2%ですよ。どうなってもいいんですか?」
「先生、糖尿っちゅうのは治らないんでっか?」
「あなたが努力してないから、よくなるわけもない」
トシキ先生は以前からこの患者が気に入らなかった。
治療に対する理解のほか、主治医の教えをいっこうに守らない。
馬鹿にされたような気分だ。
「インスリンを導入する話もいっこうに聞こうとしないし」
「インスリンだけはやめてちょうだいな」
「じゃ、もう死んでもいいんですね」
「おい先生、そんな言い方はないやろ?おい!」
トシキ先生は身の危険を感じた。
「事務長!」
事務長が飛んできた。
「はいっ!」
「何とかしてくれ!」
トシキ先生は立ち上がり、手洗いをはじめた。
事務長はとりあえず、患者を取り押さえた。
「わしゃもう我慢ならん!」
患者は顔を真っ赤にして体をバタバタさせた。
事務長はかたくなに抑えた。
「出ましょう!さ!さ!おーい!手伝え!」
黒服の人間が2人走ってきた。患者は引きずられ、待合室の奥へ奥へと運ばれていった。
トシキ先生はタオルで手をふき、着席した。
「看護婦さん。伝えといて。あの患者はもう診ない」
「かしこまりました」
ハヤブサ先生が顔をひょこっと出してきた。
「ブラックリストの患者か?違うな」
トシキ先生は無視、次のカルテの確認にかかった。
「次、呼んでください」
ブラックリストだ。トシキ先生は頭を抱えた。
こういった患者に、もう何度頭を悩まされたか・・。
「おう、先生」
「どうぞ座ってください」
「入院させろや。入院」
「どうしてです?」
「そんなん、疲れとるからに決まってるやろうがあ、ボケ!」
こういった自分への保険金目当ての入院希望は珍しくない。
人間として最低の行為の1つだ。ただそれを組織ぐるみでやってるところもある。
「理由がない限り、許可できません」
「アホウ!もうそういう予定になってるんや!」
「なに?」
トシキ先生がカルテを見ると、なぜか≪入院予約≫のハンコが。
「誰が許可したんだ?」
ナースはカルテ表紙のメモを見た。
「シロー先生ですね」
「シローが?」
「一度外来をされたとき、電話対応で指示を出されたんです」
「俺が不在のときにか・・」
「患者さんを診ずに、≪そんなに疲れてるなら入院させとけ≫って」
「・・・外来を放棄したのか?」
「そうです。私たちはたまりません」
「シロー・・・」
「先生のほうから、きちんと指導しておいてください!」
トシキ先生は事務長を呼び出した。
「品川。この患者は入院させない」
「は?しかし・・」
「ダメだと伝えておけ」
「でもこの方は、あらかじめ入院の目的で準備も・・」
「いいのか?こんなのを入れても」
「ですが入院の指示が・・」
「検査にも異常がどうせない・・・」
とりあえずしておいた前回の血液検査の結果を見た。
肝機能が悪い。
「大酒飲みは、精査・加療の対象じゃない」
「先生。アルコール性肝障害という病名もあります。ここはいったん入院の上・・」
「診るのは俺たちだぞ!」
「主治医は石丸先生を・・」
「シロー。何を考えてるんだ・・・」
最近の石丸先生の行動に、トシキ先生は不安と怒りを感じ始めていた。
ひとりよがりな言動・指示が目立つ。
「ナース!次を」
84歳の女性。高血圧性の心肥大。
「どうです?」
「おかげさんで・・」
患者は厚着をゆっくり脱ぎにかかっていた。
「ナース!分厚い上着は脱がせておかないと!」
「はい・・・?」
さっきの主張が煮え切らないのか、ナースは棒立ちで答えた。
「次!」
74歳女性。大動脈弁置換術後。人工弁のため、ワーファリンコントロール中。
「採血の結果は・・?ナース?至急のトロンボテストの結果は?」
ナースはカルテを覗き込んだ。
「あれ・・?」
「あれ、じゃないだろ?確認したのか?」
「忘れたのかな・・」
「知るかよそんなの!」
トシキ先生は立ち上がり、出て行こうとした。
「先生!どこへ?」
「そこの貯まってるカルテも、ちゃんと確認しとけ!」
事務長が携帯片手に走ってきた。
「トシキ先生!また問題が?」
トシキ先生はヒソヒソ声で答えた。
「あのナースは代えてくれ。トロい」
「申し訳ありません。実は彼女、消化器でも・・」
「そんな奴を、俺の外来に回してくるな!」
「すみません・・・」
即刻、そのナースは担当を外された。
本日の外来は1診が胸部内科トシキ先生、2診が消化器内科ハヤブサ先生。
外来開始9時、いっせいに怒涛のごとく患者・カルテが押し寄せる。
事務長は外来の進行状況を確認、事務室へ戻ってきた。
「1診は、今日はすごいな・・しかもブラックリストが1人いるぞ!」
廊下を覗くと、そのブラックリストの容疑者が1人。40代のヤクザだ。周囲には誰も寄せ付けず、
1人大声でふるまっている。
「どうなってんねんこの病院は!わしゃ受付して1時間やぞ1時間!」
犬山はズンズンと事務受付へ突進してきた。
「こらあ!どうなってんねん!」
品川事務長は冷静に対応した。
「みんな、待ってるんだよ。あなただけではない」
「こおら!わしは疲れてるから来てんねん!待たされて、よけい悪くなってもうたぞ!」
事務長は振り向いた。
「警察へ、1報入れとけ」
「呼んでも来ませんよ、彼ら」
若手が諦めたようにつぶやいた。
トシキ先生はマイペースで外来をこなしていた。
「薬が余っている?」
彼は鋭いまなざしで患者を遠目に見ている。
「どういうわけか・・」
50代の背の低い男性は気まずそうにうつむいていた。
「大前さん。この前もきちんと説明しましたが」
「ええ。つい忘れてまうんですね」
「仕事が忙しい、からですか?」
「そうなんですねん。食事も不規則やし」
「糖尿病の薬は、あくまでも食事の前後を見計らって飲みます。回数も守って
もらわないといけない」
「そうですよね。でもつい忘れて・・」
トシキ先生は結果伝票を差し出した。
「HbA1c 13.2%ですよ。どうなってもいいんですか?」
「先生、糖尿っちゅうのは治らないんでっか?」
「あなたが努力してないから、よくなるわけもない」
トシキ先生は以前からこの患者が気に入らなかった。
治療に対する理解のほか、主治医の教えをいっこうに守らない。
馬鹿にされたような気分だ。
「インスリンを導入する話もいっこうに聞こうとしないし」
「インスリンだけはやめてちょうだいな」
「じゃ、もう死んでもいいんですね」
「おい先生、そんな言い方はないやろ?おい!」
トシキ先生は身の危険を感じた。
「事務長!」
事務長が飛んできた。
「はいっ!」
「何とかしてくれ!」
トシキ先生は立ち上がり、手洗いをはじめた。
事務長はとりあえず、患者を取り押さえた。
「わしゃもう我慢ならん!」
患者は顔を真っ赤にして体をバタバタさせた。
事務長はかたくなに抑えた。
「出ましょう!さ!さ!おーい!手伝え!」
黒服の人間が2人走ってきた。患者は引きずられ、待合室の奥へ奥へと運ばれていった。
トシキ先生はタオルで手をふき、着席した。
「看護婦さん。伝えといて。あの患者はもう診ない」
「かしこまりました」
ハヤブサ先生が顔をひょこっと出してきた。
「ブラックリストの患者か?違うな」
トシキ先生は無視、次のカルテの確認にかかった。
「次、呼んでください」
ブラックリストだ。トシキ先生は頭を抱えた。
こういった患者に、もう何度頭を悩まされたか・・。
「おう、先生」
「どうぞ座ってください」
「入院させろや。入院」
「どうしてです?」
「そんなん、疲れとるからに決まってるやろうがあ、ボケ!」
こういった自分への保険金目当ての入院希望は珍しくない。
人間として最低の行為の1つだ。ただそれを組織ぐるみでやってるところもある。
「理由がない限り、許可できません」
「アホウ!もうそういう予定になってるんや!」
「なに?」
トシキ先生がカルテを見ると、なぜか≪入院予約≫のハンコが。
「誰が許可したんだ?」
ナースはカルテ表紙のメモを見た。
「シロー先生ですね」
「シローが?」
「一度外来をされたとき、電話対応で指示を出されたんです」
「俺が不在のときにか・・」
「患者さんを診ずに、≪そんなに疲れてるなら入院させとけ≫って」
「・・・外来を放棄したのか?」
「そうです。私たちはたまりません」
「シロー・・・」
「先生のほうから、きちんと指導しておいてください!」
トシキ先生は事務長を呼び出した。
「品川。この患者は入院させない」
「は?しかし・・」
「ダメだと伝えておけ」
「でもこの方は、あらかじめ入院の目的で準備も・・」
「いいのか?こんなのを入れても」
「ですが入院の指示が・・」
「検査にも異常がどうせない・・・」
とりあえずしておいた前回の血液検査の結果を見た。
肝機能が悪い。
「大酒飲みは、精査・加療の対象じゃない」
「先生。アルコール性肝障害という病名もあります。ここはいったん入院の上・・」
「診るのは俺たちだぞ!」
「主治医は石丸先生を・・」
「シロー。何を考えてるんだ・・・」
最近の石丸先生の行動に、トシキ先生は不安と怒りを感じ始めていた。
ひとりよがりな言動・指示が目立つ。
「ナース!次を」
84歳の女性。高血圧性の心肥大。
「どうです?」
「おかげさんで・・」
患者は厚着をゆっくり脱ぎにかかっていた。
「ナース!分厚い上着は脱がせておかないと!」
「はい・・・?」
さっきの主張が煮え切らないのか、ナースは棒立ちで答えた。
「次!」
74歳女性。大動脈弁置換術後。人工弁のため、ワーファリンコントロール中。
「採血の結果は・・?ナース?至急のトロンボテストの結果は?」
ナースはカルテを覗き込んだ。
「あれ・・?」
「あれ、じゃないだろ?確認したのか?」
「忘れたのかな・・」
「知るかよそんなの!」
トシキ先生は立ち上がり、出て行こうとした。
「先生!どこへ?」
「そこの貯まってるカルテも、ちゃんと確認しとけ!」
事務長が携帯片手に走ってきた。
「トシキ先生!また問題が?」
トシキ先生はヒソヒソ声で答えた。
「あのナースは代えてくれ。トロい」
「申し訳ありません。実は彼女、消化器でも・・」
「そんな奴を、俺の外来に回してくるな!」
「すみません・・・」
即刻、そのナースは担当を外された。
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