ブレよろ 40

2004年12月29日
呼吸器カンファレンスは循環器ほど、ものものしいものではなかった。
板垣先生はゆったりと司会を進めていた。

「そうか。気管支鏡は届かなかったか・・」
胸部レントゲンでは右下肺末梢の腫瘤影を認める。

「この気管支鏡を担当したのは・・」
「僕です」
「ユウキ先生ですか。でもユウキ先生は循環器グループでカテーテルを・・」
「ええ。それもしてますが。呼吸器も人手不足なので」
「どっちかにしたまえ」
「?」
「グループを早く決めて。そうしないと不都合だ」
「不都合?なんの?」

板垣先生はムッと驚いた。

「医療が高度になるとともに、最近は専門化が叫ばれている。専門といっても、循環器や呼吸器とか
いうのではダメだ。じゃあ虚血性心疾患の専門?ダメ。そんな感覚でも通用しませんよ」
「先生、何の話を・・?」
「ハッキリ言わせてもらいましょう。広く浅い人間は、大学には必要ないのです」
「?」
「自分のポリシーを持ってる人間なら、何かこだわりを持たないと。これだけは絶対に人には負けない
、というような。でなきゃ、論文も出来上がらない」

なんだ。そんな話につなげるのか。

「ユウキ先生。君の取り柄は何なんだ?」

こいつ、聴衆の面前で・・。

「気管支鏡して、こんな病変もヒットさせずに平気な顔を?」
「ええ。それは僕のせいかもしれません・・」
「誰かに助けを求めたのか?」
「言いましたよ」
「で?」
「誰も来ませんでしたよ」

近くの院生・助手はみなうつむいた。

「それは君の頼み方がまずいのだ」
「はあ?」
「助けてもらうなら、前もって直接相談しておかないと」
「それもしてましたって」
「君はうちのグループには入らなくていい!ま、循環器は・・野中くんが
なんていうかな?」

こいつ、絶対はりまわしてやる・・・!

主治医として立っていたコベンは泣きかけだった。

「あの・・・ではどのように」
「私がする!」

板垣先生は顔を真っ赤にしていた。

僕は教授室へ入った。

「失礼します」
「うん?ああ、ユウキ先生か・・・どうだね?」
「オーベンというのは、自分には大役すぎます」
「何か、大事な用事か?」
「ええ」
「だがな。先生。アポっていうのは、相手の用事を聞いてから決めるものだぞ」
「・・・・・」
「自分の開いてる時間を述べて、そこから選ばせるのはいかんよ」
「・・・自分は、こ」
「もう3年くらい前かな。失礼な奴じゃった」

彼は窓の外に向かってイスを90度、まわした。

「今の君みたいに入ってきて、≪僕は辞めます≫だぞ。いきなり」
「・・・・・」
「そして≪しんどいです、ここではもう働けません≫ってな。そいつは大学を辞めた」
「・・・・・」

僕には関係ない話だ。

「そいつが行った病院には、圧力をかけてやった」
「圧力?」
「大学からの派遣を大幅に減らしてやったのさ」
「バイトをですか」
「ああ。その分、あそこの常勤医は大忙しだ。ざまをみろ、だ」

こいつも、なんて奴だ・・。

「で、君もまさか、そんなこと言ったりしてな、わっはは」
「そうです」
「なに?」

おかげで言う手間が省けた。

「あと1ヶ月で、ここを出ます」
「突然、なんだね?」
「これが辞表です」
「何が気にくわんのかね?」
「そうですね。今だから言えますが・・・自分への待遇と、この医局の雰囲気ですかね」
「待遇だと?何をえらそうに。ろくに研修も積まず」
「・・・まあ、ほかにもいろいろ」
「さっきの話の奴な。もう名前は忘れたが。あいつの場合は分かる」
「?」
「その男は、1人で病棟を守ってたんじゃ。他の誰が音を上げようとな」
「・・・・・」
「年末年始で人手が足りないときもな。彼は1人になるまでやってた」
「上の人間は?」
「上?」
「そうですよ。上の先生は何をしてました?ちゃんと手伝ってましたか?」
「わしに質問するのか」
「部下思いのフリして、結局自分のことだけ。それが許せません」
「君はみんなにそう訴えたか?」
「あのメンツにですか?無理でしょう」
「なぜだ?なぜ無理と分かる?最初に無理と決め付けるような考えでは、患者は助からんぞ!」
「顔に書いてます」

教授は思わずホッペを触った。

さ、もう後戻りはできない。

「で、君もひょっとしてあの・・・真田病院へ行くんじゃあるまいな?」

図星だ。なぜわかった?

「ま、それはさっきの奴の話だが」
さっきの話って・・真田病院へ行った人間か。でも松田先生のことではなさそうだし。誰だ?
「まあ、どこへ行こうとかまわん。だがな。覚えておけ」
「何をです?」
「新しい職場からは、必ず前の職場へ問い合わせが来る。そのときは、わしがコメントする」
「・・・・・」

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