ブレよろ 41

2004年12月29日
そのまま僕は教授室を出た。これであとは、残った処理だ。だがコベンには申し訳ない気持ちだ。

廊下ではもう1人の研修医、沢村くんに会った。
「先生!応援します!」
「なにを?」
「先生、カンファのときカッコよかった!板垣先生にあそこまで!」
「そうかな?」
「あたしは先生の味方です!」
「そりゃよかった」
「でねでね、板垣先生またブロンコして生検しようとしたけど」
「うん」
「やっぱヒットしなかったって!ザマミロね!ははっ!」

彼女はすごく嬉しそうだ。
しかし、患者はたまらんよな。

「じゃあ、外科にVATSをお願いするか」
「そうですよね!」
「先生、彼女いるんですか?」

いきなりなんだ?

「いや、今は・・・」
「もう別れたんですよね?」
「なんだよ?誰と?」
「あたしが学生のときにあこがれてた、美人の先生!」
「ああ。彼女か。分かれるも何も。つきあったこともない」
「ウッソー。先生、あの先生の部屋に入ったって」
「そんなことまで?誰から?」
「ウッソー。絶対Hしてるわ」
「してないって!話しただけ」

彼女はよだれを垂らしながら、面白そうに笑っていた。

「あの先生に、この前空港で会いました」
「へえ・・・で?」
「幸せそうでしたよ」
「結婚したのは知ってる」
「ダンナが一緒だったから、ヒー!」

「ダンナね。オカマみたいなダンナだろ」
「は?」
「そうなってるはずなんだが・・」

彼女が結婚したのは、人事の話のついでに聞いていた。
相手はもちろん、あの男だろう。僕のもとオーベンの。

「先生。いったいいつの話をされてるんですか?」
「え?」
「講師の先生とはとっくに別れてますよ」
「あ、そう・・」

彼女は何かを感じたようだった。

「あ、うん。まあ・・」
「誰なんだ?その・・・ダンナは?」
「い、言っていいのかな・・」
「なんだよ?どういうことだ?」

誰に聞いても、みな「知らない」「忘れた」だ。

「す、すみません!」
彼女は早走りで去っていった。

ヘンなコだな・・。

残された僕は、ゆっくりと非常階段を降りていった。

いや、君が誰と結婚してようが、僕にはもう関係ないことなんだ。
時間も経って、僕は人を許すことを覚えてきた。よほどのこと以外、僕は決定的なダメージは受けない。

オカマじゃなければ、誰なんだ。やっぱり気になる。
結婚式の招待状さえ来なかった。年賀状もなし。
医局秘書も知らないという。みんな口を閉ざす。

そうだ。あいつなら教えてくれる。間違いない。

<ミッション・インポッシブルのテーマで>

そいつは真田病院からそう離れていない、老人保健施設で勤務している。

僕は車を駐車場へ止めた。聞きたいのは、グッチのことだけではない。

真田病院の評判もだ。僕の行動は、果たして正しいか。

「ユウキく・・・先生!」
間宮先生は昔と違い、派手派手の髪型で歩いてきた。メガネはコンタクト、
濃い化粧。腕にいくつもリング。これではまるで、マダムだ。

「今、いい?」
「こちらへ行きましょう」
彼女によって、僕は大広間へ通された。

「紅茶とコーヒー、どっち?」
「ここ、コーヒー」
「・・・・お願い」
彼女は出口を閉め、長いすにかけて僕と向かい合った。

「マミー・・・いや、間宮先生」
「いったいどうしたの?」
「いやその、出世したなあと」
「大学は暇?」
「よくわかったな。僕が大学にいると」
「そんなの、噂で聞くわよ」
「それにしても、女らしくなったなあ」

彼女は髪をずっといじっている。

「君は結婚を?」
「まだよ。もう売れ残りね」
「俺もだよ」
「入院患者の紹介でもしてくれるの?」
「いや。実は俺、ここの近くの真田病院へ行くんだ」
「え?あそこへ?」

彼女は気味悪いような反応をした。

「え?いけないか?」
「どうしてまた?」
「どうしてって・・・松田先生が紹介してくれてね」
「あの先生こそ、その病院へ行ってほら、クビにされたのに」
「でも今は立派な開業医さ」
「厳しいところよ」
彼女は目を伏せた。なかなか正面視しない。

「ああ。いいんだ。で・・・・大丈夫かな」
「あの分院は、買い取られた病院よ」
「もとは違う病院か」
「乗っ取られたの。乗っ取り屋の人間がね」
「業者?それ」
「暴力団か会社か分からないような組織が、大阪には多いの」
「ふーん・・」
「もともとの経営者は、うちの大学にも関係してた人間でね」
「あ、そう?」
「大学ではただの医師あっせん職業だと思われてたのに」
「ドクターバンクか?」
「でも正体が乗っ取り屋。病院を潰して、他の業者に売りつけるの」
グッチの話にしたいんだけど・・。

「間宮先生は、ずっとここに?」
「なんかもう、ここの居心地がよくなってきて・・」
「救急専門の病院に行ったのに?」
「先生。しょせん女は優遇されないものよ」
「そうかな」
「給料面での優遇に、妥協してしまう女医は多いのよ」
「君もかい?」
「あたしは違うな。なんかこう、意地はってたみたいで」

彼女は眉を伏せた。

「意地なんかはらなくていいだろ」
「あたしは負けず嫌い。それを捨てたら終わりだわ」
「負けず嫌いといえば、グッチだな」
「突然、なに?」

やっぱわざとらしすぎた。

「ユウキ先生。相変わらずね」
「芝居が下手かい?」
「うーん。じゃなくて。人の気持ちとかあまり・・」
「はあ?」
「まあいいや。彼女・・・あたしも結婚式以来、まともに会ってない」
「恥ずかしい話なんだが。うちには招待状すら来なかったんだ」
「うん・・」
「おかしな話だろ?」
「でしょうね」
「俺んとこだけみたいだよ?あんまりじゃないか?」

「この老健施設も、危ないのよね」
彼女はいきなり断線するように話題を転換した。
「危ないとは?」
「経営が成り立たず、経営者が引き上げかけてる」
「最近多いな。そういうの。不況だから?」
「そうね。銀行がお金を貸しにくくなってきたからね」
「そういう話、僕はよく知らないけど・・」
「そのうち数年もすれば外国の大型企業が市場を独占してくるわ」
「そ、そうなの?」
「そうなってくるんだって」

彼女は人事のように椅子をキーキー揺らしながら喋った。

「そのうち、会ったことのない経営者から命令を下されるときがやってくるわ」
「今は、その移行期みたいなものか・・」
「日本がまた外国に乗っ取られるかもね。今も似たようなものだけど」
「統治か」
「明るい未来ではないわね」
「独裁政治か・・・。独裁者以外はみな奴隷」
「そうね」
「黒い統治・・・統治は<reign>だ。つまり、もう1つのブラックレインだ」
「雨はまた降るわ」

具体的な話も聞けず、僕は駐車場でエンジンをかけた。

「マミー。がんばれよ・・・」
ハンドブレーキを手前に引き、マーク?は発進した。
「両舷全速!」

窓からまだ誰かが見てるような気がした。

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