ブレよろ 50

2004年12月29日
僕は出勤最終日、病棟でコベンを諭していた。

「半年くらいの勤務で、ホントにすまなかった」
「いいえ・・」
コベンはいつものような天然スマイルで暖かく寛大だった。

「ユウキ先生。あたしもここが嫌になったら行きますから」
「ああ。そうしてよ」
「メールください」
「いや、まだインターネットしたことないんだよ」
「え?マジ?」

「行くぞ、ユウキ」
野中がやってきた。私服だ。
「ああ。じゃあ、さよなら・・」

あっけないものだ。劇的でも何でもない。
映画のように音楽もクレジットもない。

僕は野中の車に乗り込んだ。

どっかで嗅いだような匂いだな・・。

「土足禁止だからな」
彼はエンジンをふかした。
「野中。場所はだいたい知ってるぜ」
「ああ。それでも」
「ホントに医局長の命令なのか?」

車は、もはや2度と来ることのない大学病院を出た。

「ユウキ。到着したらオリエンテーションか?」
「ああそうだ。今日はゆっくり説明を聞いて、明日から外来」
「売り上げナンバーワンを目指せよ」
「売り上げ?」
「時代は変わったと俺も思う」
「そういや、厳しくなったよな。どこも・・・」

車は僕が以前研修した病院を通り過ぎて行った。

「野中、内科認定医と循環器専門医、取ったんだって?」
「それと老年病な。次は呼吸器専門医、内科専門医だ」
「メリットあるのか?」
「お前が嫌いな<資格>だな。こういうのを取る意味は?ってことだな?」
「ああ。会費で金がかかるだけだろう?」
「前にもお前にそういうことを聞かれて、俺は答えられなかった」

彼はサングラスをかけた。

「ユウキ。こういう世界に生きる以上、常に向上することを目指さねばならん」
「向上?」
「そうだ。自分が成長していることの、証が必要だ」
「証?そんなものが・・いるのか?」
「じゃあお前は、何のために生きてる?」

この男、いつから哲学者に・・。

「オレか?オレは・・・楽しく生きたいな」
「なに?それだけか?」
「まあ誰かと結婚して、その誰かや子供のために生きれたらな」
「・・・それでお前の役目はおしまいなのか?」

何が言いたいんだ・・?

「ユウキ。オレも結婚して、今は守るものがある」
「ああ。それはおめでとさんだったな」
「彼女、そして子供ができたら家・財産を残したい」
「後世にか?」
「ああ。だが家族のために生きて、自分が相変わらずなのはむなしい」
「いいじゃないか、別に。おい!前!」

車は急ブレーキ、飛び出てきた自転車は間一髪でよけた。

「野中。もういい、話すなよ」
「いや、まだだ」
「もういいって!家族のために生きるのもいいが、今ので他の家族を死なすなよ!」
「低レベルな話を・・」

車はまた走り出した。

「野中。オレはこういう説教はもう嫌なんだ」
「それで大学を出るわけか」
「ま、よくわかったよ。自分を絶えず向上させることで、自己満足したいんだな」
「満足して悪いか?」
「満足すりゃいいじゃないか。オレだって満足してる」
「お前と一緒にするな。俺は積み重ねから得る満足、お前はその日その場しのぎの満足だ!」

このシナリオ、ずっと準備してたような文章に思える。

「今日で、ユウキと会うのも最後だろうが」
「ああ。かもな」
「ワイフがよろしくと」
「ワイフ?なれなれしいワイフだな。誰?」
「冗談はよせ」
「何がだよ。招待状はともかく、≪結婚しました≫ハガキくらい送れよ!」

野中は携帯を取り出した。

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