ブレよろ 56

2004年12月29日
本院の病棟では、ドクター数人が格闘している。

循環器ドクターの槙原は、重症部屋の透析患者を見守っている。人工呼吸器までついている男性はまだ若い。

「急性腎不全も、これまでか・・」
九州男児ドクターの循環器医が走ってきた。
「やっぱダメとよ!どっこも空いてないとよ!」
「嘘だろ?1床ぐらい・・」

彼はゆっくり外の景色を見下ろした。
玄関先では数え切れないほどの車両がある。救急車、患者家族の車に、マスコミの中継車。

しっかりしたガラスに防御されているせいか、下界の音は聞こえない。

患者の右鎖骨下には、先日挿入したばかりのダブル・ルーメンカテーテルが入ってる。

急性腎不全による肺水腫状態で入院、連日透析により循環動態とにらめっこしていた。

ところがいきなり病院が閉鎖。医療機器の引き上げも時間の問題だ。マスコミの影響で、この患者の転院先は見つからない。マーブルには分かっていた。

これだけテレビなどで報道されてしまったら、受ける病院も受けられない。

数時間後には、真珠会の奴らが乗っ取りにやってくる。業務は強制的に停止だ。

分院は満床。この患者だけが逃げ遅れたことになる。

槙原は途方に暮れていた。家族は遠方で、仕事仕事で連絡もつながらない。

「俺ら、どうなるとよ・・?」
緒方ドクターは小刻みに震えながら窓の外を無気力に見渡した。
「ドクターバンクのお世話になるとよ?」
「・・・・・」

玄関では、体育会系の女医が他のスタッフとともに患者を移動していた。
「おおお!」
バスケスは1人で大型のベッドから患者をストレッチャーへ移動。雪が降り出し、手がかじかんだ。
「うう・・」
「バスケス。もう休め」
同僚の塩見が手を差し出した。
彼らはマスコミ対策のため、マスク・オペ室の帽子で顔を隠した状態だ。

「腹が減ったな・・」
「食えるのか?さっきも吐いて・・」

塩見は綿棒の長いのを差し出した。
「調べろって」
「うるさい!」
彼女はその綿棒を突き飛ばした。インフルエンザ抗原の迅速キットだ。
彼女の顔は青ざめている。
「バスケス。せめて診断をつけないと」
「でも薬がないだろ?業者が引き上げた」

卸の業者はとっくに薬局の薬を全部引き上げ、回収していた。

「リレンザ吸入が、医局にあったよ。これだ」
インフルエンザの吸入薬を彼は差し出した。
「吸えよ」
「ああ」

彼女はプープーと潰した薬剤を吸い込んだ。
雪は風をともなってきた。

患者を運び入れた救急車の中。救急隊員は気の毒そうに後部座席を眺めた。
「先生たち。ごくろうさんです」
「分院へ到着してからの指示は、これ」
バスケスはメモ用紙を渡した。
救急隊員は涙目で確認した。
ラジオは相変わらず病院の模様をスクープし続けていた。

頭上に2機のヘリが旋回している。

『脱税容疑で逮捕されたのは、真田理事長。彼はこの3年前に関西の各病院を吸収・合併、
本院・分院の長として経営を続けてきました。最近になり分院が独立』
「こりゃ、全国版だな」
塩見は首の聴診器で手遊びしていた。
『今回、真田容疑者の一連の事件で本院は閉鎖。分院は法人化のまま経営を続行』
「履歴書に書きたくねえよな」
彼は頭上を見上げた。病棟のガラス窓に、マーブルと九州男児が映った。

屋上スレスレにヘリが飛んでいる。

塩見はただ皮肉っぽく首を振るしかなかった。

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