プライベート・ナイやん 1-4 タイム・ショック!
2005年1月11日患者の挑発通り、僕は表に出た。
広大な駐車場には車はほとんど停まっていない。
それだけ患者が来てないってことだ。
ヒュウゥ・・と風がなびいているだけ(冬)。
「先生よ!」
「なに?」
「タバコ吸うな吸うなって、あんたら言うけどもやな」
「?」
「これはなんじゃあ!」
玄関先に、自動販売機がある。彼はそれを指差した。
「病院の分際で、タバコの自販機置くとは何事じゃ!」
「・・・」
「中ではタバコ吸うな、言うといて外では勧めおって!」
「そ、それはものの言いようで・・」
患者は勝ち誇ったように院内へ入っていった。
しかし、この自販機がなかったら、院内の独歩できる喫煙患者は
どこまででも探しに歩くだろう。
気を取り直し、病棟へ。
「なんも・・ないですか?」
「・・転院してきた患者さんですけど」
「73歳の脳梗塞後遺症で、経鼻チューブが入ってる人?」
「下痢しっぱなしで」
「熱は?」
「ないです」
「流動食によるものかな・・」
この患者はとある一般病院で脳梗塞で入院、誤嚥繰り返すということで、
素早く経管栄養に切り替わった。その数日後にうちへ紹介。≪状態は
落ち着いています≫とのことだが、家族の話では転院直前まで抗生物質が
点滴されていたという。
そういや入院後抗生剤いってないが・・。
「さ。先生。どうするんですか?」
他人事のように中年ナースが顔をもたげた。
「どうするって・・?ひとまず流動食は中止だろう」
「内容を変えるとか、量を減らすとか」
「うーん。下痢がひどいんだろ・・中止だ」
「点滴を?」
「1日3本くらいでいこう・・今から指示を書く」
向こうで手洗いしていた神谷副院長が現れた。
「またか、ユウキ先生」
「あ、どうも」
「そうやって病院の負担を増やすような対応ばかりしてもらっても、
困るんだがな」
「点滴ですか」
「そうだとも。最近の若い医者は、もうちょっと経営のことも学ばないと
いかんぞ」
「?」
「胃チューブの位置を確かめるとか、あるいはサンプチューブで十二指腸
まで管の先を進めるとか!」
「うーん、それもありですね・・」
「君は安易にものを考えすぎなのだよ」
彼は後味を濁しつつ出て行った。彼の足音は次第に消えた。
「じゃ、点滴はこれで」
僕は医局へ入った。
3人の医局員はみな各々の机に座り、パソコンをいじっている。
誰も見ていないテレビがつけっぱなし。
民間医局の一般的な雰囲気だ。
これで隅にMRとかいれば最強だな。
「おいユウキ」
「はい」
声をかけてきたのは30代の須川先生だ。
よその大学消化器医局からの派遣で最近やってきた。
「昨日な、来た腹痛の患者な」
「昨日・・はいはい。若年男性の」
「よそへすぐ紹介したらしいな」
「ええ」
「来た患者は診ないとな」
「診ましたが・・よく分かりませんでした」
1つ向こうの高橋先生(神経内科出身)が高笑いした。
「あはは。面白いこと、言うんだね」
彼は関東出身で、どこか冷めてる言い方だ。
「僕ら、いちおう比較的いい給料もらってるわけじゃん?」
「・・・」
「そしたらさ、勤務内はベスト、尽くさないとね」
「ベスト・・」
「でないと、せっかく来た患者さんに悪いっしょ」
「検査はしたかったのですが・・」
「何?」
「うちの血液検査は外注ですので」
自分としては、採血は緊急でないと意味がなかった。
外注だと、結果は3−4日後になる。
「血液が間に合わなくてもさ、写真ぐらいは撮れるっしょ?」
「なかなか起き上がれないし・・写真そのものがどうも・・」
当院のレントゲンはポータブル用のものしかなく、ガス像が
曖昧に映ることも多く、誤診のもとだった。
「腹部エコーは?」
「まだ修行中でして・・」
「ほかのドクター呼んだらいいのに」
「みんな帰ってました」
「・・・腹部CTもあるでしょ?」
「電源入れて、動くまで1時間と言われましたし」
「それまで点滴とかしてさ、待たせたらよかったんじゃないの?」
彼はパソコンのゲームを前に歯を食いしばっていた。
「あーあ。やられた。ユウキのせいだよ。須川、君何点?」
「14万点」
こいつら、なんの会話を・・。
僕は机に座った。朝の11時。今日も早く時間が過ぎますように・・。
内線呼び出しが鳴った。
「外来に1人?行きます」
降りると、20代の女性が疲れた表情でベッドに寝かされている。
「ううう・・」
脱水がひどいようだ。脈は120台。熱はなし。
心配そうに男性が付き添っている。
「先生、先生・・」
「すみませんが、出てください」
腹部は軟。膨隆なし。圧痛なし。
「看護婦さん。とりあえず、ポタコールRで輸液を開始」
「検査は?」
「採血はまあ、ついでにしといてもらおうか・・」
若い女性だし、レントゲンの被爆とかは最小限避けたいな・・。
僕は内線を押した。
「須川です」
「先生。自分です。腹痛の患者さんが来まして」
「嘔吐は?熱は?」
「ありません。できれば腹部エコーを」
「腹部の触診は?」
「特には・・」
うちの医局員はスタンドプレーが基本のようだ。
「腹部のオペ歴は?」
「ない・・と思います」
「かかりつけの医者は?」
「ありません」
「症状はいつから?」
「昨日」
「家族は?」
「家族かどうかは・・・」
タイムショックかよ?
「うーん・・・うーん」
須川先生はプローブをゆっくり腹部になぞらせていた。
「うーん・・」
さきほどの男性が、中に入ってきた。
「どど、どうなんでしょうか?」
「ちょっと、出て!」
須川先生は手で彼の体をどかした。
「liverはSOLはなし・・フンフン。アサイティスも、フンフン」
彼はいつものように独語を語りだした。
「パンクは・・ガスってて見えねえな・・ヘッドはかろうじてなんとか」
患者は顔を少ししかめているままだ。だが来た時よりはマシのよう。
「ユウキ。たぶん問題ない」
「そうですか」
「でも、胃かもな。超音波では消化管は見えないしな」
「胃潰瘍とか・・?」
「ま、今日は点滴終わったら胃薬の処方で」
「え、ええ」
須川先生は去った。
僕は男性を中に入れた。
「・・ご家族の方ですよね?」
「いえ。彼氏です」
「かれし?」
自分から「彼氏」というのも変わってるな・・。
「では家族ではないと・・」
「そ、そうですけど。婚約中なのです」
「そうですか。それはおめでとうござい・・」
「ありがとうございます」
「?で、今日は胃薬を出しておきますので・・」
「あ。胃なのか。よかった・・」
「いえいえ、胃と決め付けたわけでは」
「じゃ、それで今日は様子を・・」
僕は本人にも説明した。
「今日は、胃の薬を出しますね」
「はい」
「おっと、そうだ・・。問診表のここ、書いてないですね。
いちおう聞きますが。妊娠の可能性はないです、よね」
「はい!」
男性が答えた。
「あんたじゃないって。この人に聞いてる!」
彼女は少し、うつむいた。
「それが、その・・・」
な、なにい?
ちょっとタイム!
というかその・・タイム、ショック!
広大な駐車場には車はほとんど停まっていない。
それだけ患者が来てないってことだ。
ヒュウゥ・・と風がなびいているだけ(冬)。
「先生よ!」
「なに?」
「タバコ吸うな吸うなって、あんたら言うけどもやな」
「?」
「これはなんじゃあ!」
玄関先に、自動販売機がある。彼はそれを指差した。
「病院の分際で、タバコの自販機置くとは何事じゃ!」
「・・・」
「中ではタバコ吸うな、言うといて外では勧めおって!」
「そ、それはものの言いようで・・」
患者は勝ち誇ったように院内へ入っていった。
しかし、この自販機がなかったら、院内の独歩できる喫煙患者は
どこまででも探しに歩くだろう。
気を取り直し、病棟へ。
「なんも・・ないですか?」
「・・転院してきた患者さんですけど」
「73歳の脳梗塞後遺症で、経鼻チューブが入ってる人?」
「下痢しっぱなしで」
「熱は?」
「ないです」
「流動食によるものかな・・」
この患者はとある一般病院で脳梗塞で入院、誤嚥繰り返すということで、
素早く経管栄養に切り替わった。その数日後にうちへ紹介。≪状態は
落ち着いています≫とのことだが、家族の話では転院直前まで抗生物質が
点滴されていたという。
そういや入院後抗生剤いってないが・・。
「さ。先生。どうするんですか?」
他人事のように中年ナースが顔をもたげた。
「どうするって・・?ひとまず流動食は中止だろう」
「内容を変えるとか、量を減らすとか」
「うーん。下痢がひどいんだろ・・中止だ」
「点滴を?」
「1日3本くらいでいこう・・今から指示を書く」
向こうで手洗いしていた神谷副院長が現れた。
「またか、ユウキ先生」
「あ、どうも」
「そうやって病院の負担を増やすような対応ばかりしてもらっても、
困るんだがな」
「点滴ですか」
「そうだとも。最近の若い医者は、もうちょっと経営のことも学ばないと
いかんぞ」
「?」
「胃チューブの位置を確かめるとか、あるいはサンプチューブで十二指腸
まで管の先を進めるとか!」
「うーん、それもありですね・・」
「君は安易にものを考えすぎなのだよ」
彼は後味を濁しつつ出て行った。彼の足音は次第に消えた。
「じゃ、点滴はこれで」
僕は医局へ入った。
3人の医局員はみな各々の机に座り、パソコンをいじっている。
誰も見ていないテレビがつけっぱなし。
民間医局の一般的な雰囲気だ。
これで隅にMRとかいれば最強だな。
「おいユウキ」
「はい」
声をかけてきたのは30代の須川先生だ。
よその大学消化器医局からの派遣で最近やってきた。
「昨日な、来た腹痛の患者な」
「昨日・・はいはい。若年男性の」
「よそへすぐ紹介したらしいな」
「ええ」
「来た患者は診ないとな」
「診ましたが・・よく分かりませんでした」
1つ向こうの高橋先生(神経内科出身)が高笑いした。
「あはは。面白いこと、言うんだね」
彼は関東出身で、どこか冷めてる言い方だ。
「僕ら、いちおう比較的いい給料もらってるわけじゃん?」
「・・・」
「そしたらさ、勤務内はベスト、尽くさないとね」
「ベスト・・」
「でないと、せっかく来た患者さんに悪いっしょ」
「検査はしたかったのですが・・」
「何?」
「うちの血液検査は外注ですので」
自分としては、採血は緊急でないと意味がなかった。
外注だと、結果は3−4日後になる。
「血液が間に合わなくてもさ、写真ぐらいは撮れるっしょ?」
「なかなか起き上がれないし・・写真そのものがどうも・・」
当院のレントゲンはポータブル用のものしかなく、ガス像が
曖昧に映ることも多く、誤診のもとだった。
「腹部エコーは?」
「まだ修行中でして・・」
「ほかのドクター呼んだらいいのに」
「みんな帰ってました」
「・・・腹部CTもあるでしょ?」
「電源入れて、動くまで1時間と言われましたし」
「それまで点滴とかしてさ、待たせたらよかったんじゃないの?」
彼はパソコンのゲームを前に歯を食いしばっていた。
「あーあ。やられた。ユウキのせいだよ。須川、君何点?」
「14万点」
こいつら、なんの会話を・・。
僕は机に座った。朝の11時。今日も早く時間が過ぎますように・・。
内線呼び出しが鳴った。
「外来に1人?行きます」
降りると、20代の女性が疲れた表情でベッドに寝かされている。
「ううう・・」
脱水がひどいようだ。脈は120台。熱はなし。
心配そうに男性が付き添っている。
「先生、先生・・」
「すみませんが、出てください」
腹部は軟。膨隆なし。圧痛なし。
「看護婦さん。とりあえず、ポタコールRで輸液を開始」
「検査は?」
「採血はまあ、ついでにしといてもらおうか・・」
若い女性だし、レントゲンの被爆とかは最小限避けたいな・・。
僕は内線を押した。
「須川です」
「先生。自分です。腹痛の患者さんが来まして」
「嘔吐は?熱は?」
「ありません。できれば腹部エコーを」
「腹部の触診は?」
「特には・・」
うちの医局員はスタンドプレーが基本のようだ。
「腹部のオペ歴は?」
「ない・・と思います」
「かかりつけの医者は?」
「ありません」
「症状はいつから?」
「昨日」
「家族は?」
「家族かどうかは・・・」
タイムショックかよ?
「うーん・・・うーん」
須川先生はプローブをゆっくり腹部になぞらせていた。
「うーん・・」
さきほどの男性が、中に入ってきた。
「どど、どうなんでしょうか?」
「ちょっと、出て!」
須川先生は手で彼の体をどかした。
「liverはSOLはなし・・フンフン。アサイティスも、フンフン」
彼はいつものように独語を語りだした。
「パンクは・・ガスってて見えねえな・・ヘッドはかろうじてなんとか」
患者は顔を少ししかめているままだ。だが来た時よりはマシのよう。
「ユウキ。たぶん問題ない」
「そうですか」
「でも、胃かもな。超音波では消化管は見えないしな」
「胃潰瘍とか・・?」
「ま、今日は点滴終わったら胃薬の処方で」
「え、ええ」
須川先生は去った。
僕は男性を中に入れた。
「・・ご家族の方ですよね?」
「いえ。彼氏です」
「かれし?」
自分から「彼氏」というのも変わってるな・・。
「では家族ではないと・・」
「そ、そうですけど。婚約中なのです」
「そうですか。それはおめでとうござい・・」
「ありがとうございます」
「?で、今日は胃薬を出しておきますので・・」
「あ。胃なのか。よかった・・」
「いえいえ、胃と決め付けたわけでは」
「じゃ、それで今日は様子を・・」
僕は本人にも説明した。
「今日は、胃の薬を出しますね」
「はい」
「おっと、そうだ・・。問診表のここ、書いてないですね。
いちおう聞きますが。妊娠の可能性はないです、よね」
「はい!」
男性が答えた。
「あんたじゃないって。この人に聞いてる!」
彼女は少し、うつむいた。
「それが、その・・・」
な、なにい?
ちょっとタイム!
というかその・・タイム、ショック!
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