患者は妊娠反応陽性。脱水がひどく入院。
婦人科への紹介の予定とし、1日だけの入院となった。

うちは療養病棟で、老人が主体なんだが。
まあキレイな個室があったので、そこを空けた。
廊下ではウ〜ウ〜といううめき声が、朝晩問わず響き渡る。

彼女の横には「婚約者」がベッド柵ごしに見守っている。
僕は帰る前、覗きに現れた。

「では、家族の方にはどう話しましょうか・・」
焦って「婚約者」が出てきた。
「ちょちょ!ちょっと待って!」
「?」
「おお、親にはまだ連絡は・・」
「おめでたじゃないですか」
「ぼ、僕のほうではは、話はつけますから」
「・・・今から?」

夜の6時。正直、僕ももう帰りたい。
CSの「ファミリー劇場」のテレビ録画がある。

「いい、一時間、待ってください」
「1時間ね・・はいはい」

僕は婦人科は全く縁はないが、入院させた主治医として
家族には説明しておく必要があった。

だがこのケースは、彼女の両親の知らぬ間に起こったものだ。
かなり気を使う。もし自分に娘がいて、まだ会ったことのない
男によって妊娠していたと聞いたら・・。

僕はたぶんその男を殴るだろう。
さだまさしの歌のように。

とりあえず5分離れた官舎へ。
玄関のドアを開けようとしたとき、何か殺気を感じた。
振り向くと、向かいの家の2階のカーテンが・・サッと閉まった。

なんだよ。覗くなっての。

そうだ。思い出した。近くの駄菓子屋でお菓子を買おう。
ここに引っ越して数ヶ月、前から気になっていた。
駄菓子屋に寄っていろいろ買うのは久しぶりだ。

「ごめんください」
ワラぶきに近い家。入ると人間1人がやっと入れる通路。その両脇に
所狭しと菓子やおもちゃが置いてある。奥に小窓があり、その向こうに
おじいちゃんらしき禿げた頭が見える。

「何にしようかな・・」
≪よっちゃんイカ≫などコンビにでも手に入るものは対象外。
僕が求めているのは十円ヨーグルトとドーナツ、お金型チョコ、
それとカレーあられ(くじ付)だった。

しかし、どこを探してもない。粉の飲料水袋はあるが興味ない。
ポップコーンも対象外だ。

「しかたない。買うのはやめ・・おっと!」
振り向くと、知らない間におばあちゃんが入り口を塞いで立っていた。
しかも無言。レジは奥でなく、入り口のところだった。やられた。
彼女は早くもレジの引き出しを開けている。

これはもう「さあ、早く何か買え」ってことだ。

「うむむ・・」
目を移すと、大きな箱がありその上に棒のようなレバーがある。
そうだ。これを押すとガムが出てくるやつだ。10円。
「おば・・・さん。これを」

どうやら聞こえてないようだ。ばあさんは疲れきった表情でレジの金を
見つめていた。

「じゃあ・・・このコーラ飴と」http://www1.plala.or.jp/cappo/oyatsu6/colamoti.html
数珠つなぎになった10個のコーラ飴。100円。
しかしよく見ると、端の1個の袋が破れてなくなっている。
「おい!」
僕は戻した。どこかのガキが盗んだのか?

ばあさんの方に振り向くと、彼女は僕のすぐ真後ろにいた。
無言。

なんだ、この緊迫感は・・。

まずい。なんでもいい。買わなきゃ。
50円ポテトチップスを手に取った。3つ。
「じゃ、これで・・」

「それと?」
ばあさんは受け取り、初めて言葉を促した。
体は微動だにしない。

「今、仕事終わったんやね」
「は?」
「悪い患者さんがはいったんかの?」
「・・・」

やっぱ狭い田舎だ。僕が医者なのはバレていた。

「どんな患者さんかの?」
「ど、どんなって?」
「若いオナゴやろ。田所さんの息子がついてきとった」
「は、はあ・・」
「息子さんも、女遊びがたいてい好きじゃて」

恐るべし、田舎の人間。どこに張り巡らされているか分からない
情報網。それはインターネットを遥かに凌駕するほどの迅速性をもつ。

「で?」
ばあさんの催促とともに、奥のじいさんの部屋の電気がパッと消えた。
どうやら閉店だ。

「これなんかええよ」
ばあさんは戸棚の奥から≪チーズビット≫を出してきた。
このお菓子、まだ存在を?http://www.rakuten.co.jp/takaoka/469004/492192/492194/492263/
「あんた、好きそうやし」
「は?」
「飲みもんは?」
「飲みもん?そうだな。コーラ・・」
「お医者さんがコーラ。ええんかい?」
「な・・?」
「お医者さんはお茶お茶!」
彼女は威勢良く2リットルウーロン茶を出してきた。

「おば・・さん。2リットルは多すぎで」
「なんで?このほうがお得やろ?」
「そうや!小さいの何回も買ったら、不経済やで!」
そう叫んだのはおじいさんだった。
僕はこの2人に囲まれていた。

「うう・・じゃ、それで・・」
ばあさんはレジを再びチン、と開けた。と、いきなりソロバンを
取り出し、人差し指をヌッと舐めてパチパチはじき始めた。
「658円!・・655円にまけとくわ!」
「・・・」
変なまけ方だな。だが僕の財布には1万円しかなかった。
これはうかつだった。
「すみませんが、これで・・」
「え?ダメダメ!細かいの、ない?」
「すみません。持ってくるべきでした」
「家に取りに帰れるの?家、官舎やろ?」

何もかも、お見通しだ。

「ええ。じゃ、取りに帰りま・・」
「あ、もうええわ。今度で」
おばあさんは袋を差し出した。
なぜか表示が「○○米穀店」だ。

「すみません。じゃあ今度は必ず」
頭を深々と下げ、僕は家へ戻った。

詰所へ電話したが、「婚約者」はまだ戻っていない。
約束の時間はもう過ぎている。お目当ての番組も
もう終わってしまった。

仕方ない。ま、このお菓子でも食べて・・。
僕はポテトチップスの袋を開けた。表には「新じゃが」
とある。http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/info/01/archive/news/2005/06/09/20050609p0400a004003000c.html

袋を開けると、カチカチのチップスが現れた。
「か、かたっ?」
歯で噛めないほどの硬さだ。乾燥しきってるのか?
しかもこの味。表面の塩の味がない。

「なんだよ?」
袋の後ろを見ると、≪一見塩辛いかもしれませんがそれは
表面上のもので、実際の塩分は少ないです≫

なんだよおい。どうなってんだ?
袋の下を見ると・・。

≪賞味期限 1996. 11.12≫

これは丸々1年前の日付だ。

「バカヤロー!」
僕はそのままフテネした。
http://www.consumer.go.jp/info/kohyo/ishiki2/ishikigaiyo.html

「婚約者」から連絡がないまま、一夜が明けた。

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