朝、病棟へ顔を出すと50代くらいのメガネおやじが立っていた。
まだ寝ている女性患者を上から心配そうに見下ろしている。

「お父さんですか?」
「うむ?」
アイフルのCM様のおやじは僕を正視した。頭の上から足のつま先まで。
「あんたか?主治医は?」
「ええ」
「こんなアンタ、老人の病院によう入院させたなあ」
「夜でしたし、どこも病院が見つからない状態で」
「そんなことあらへん!」
「・・・」

態度のでかいオヤジだ。

「オヤ・・お父さん」
ついこう呼んでしまうのがつらい。
「お父さんは、事情はご存知で?」
「ああ、聞いた」
「・・脱水はよくなってるようなので、今日にでも婦人科のほうへ」
「婦人科・・やっぱり、そうなのか?」
「そ、そうって・・」
「検査に間違いはないんだな?」
「あ、はい・・」
「うむ・・」
彼はなにか不服そうだった。
「では聞くが。何週目だ?」
「いいっ?そこまでは・・」
「もう取り返しがつかんのやな?」
「と、取り返しって・・」
「まったく。わしもぜんぜん知らなかった。まさか・・」
「・・・」
「どこの馬の骨かわからん女に」
「?女って・・・お父さんは一体?」
「わしは、そうや。この娘の親やない」
「ここ、婚約者の男性の」
「そうや!こういうもんや!」

彼はサッと名刺を出した。
≪村長≫

この男、村長なのか。尊重しないといけないか?

「わしの一言さえあればな、どこにだって入院できたんや」
「・・・」
「まだ他人とはいえ、息子の人生のパートナーになる人間やからな」

この男、患者の父でなく、はらませたほうの父親か。

息子の代わりに参ったわけか・・。

「この病院に関しては、わしらも少しはかかわっておる。予算の面でな」
「・・・政治はよく分かりません」
「お前らに分かってたまるかよ」
「では、紹介状を書きますので」
「しかし、汚い病院だな。ここを国営で閉じるかどうかで揉めたものだが」
「・・・」
「閉じるほうに1票投じればよかったな」
「見に来られたことなかったので?」
「わしは忙しい。今日も3件の約束を断って来たのだ」

偉そうに・・。でも村長は村のヒーローらしい。

「見にも来ず・・・話し合われたので?」
「なにい?」
彼の目が光った。
「お前・・名前を言ってみろ!」
「これです」
僕は自分の名札をかざした。

「・・・フン!」
彼はそのまま廊下へ出て行った。

間もなく副院長に呼び出された。
うちの病院では院長は名前としては存在するが、病院内での顔は見たことはない。

「入れ」
彼の占拠している院長室に呼ばれた。絵画などが飾ってある。学会誌なども山積みで、
ゴチャゴチャしてるがクラシックな雰囲気が大学医局のようだ。
「よいしょっと」
「待て!わしがいいというまで座るな!」
「?」
僕は反射的に飛び上がった。

「よし。座れ」
「はい」
「村長に君、何を言った?」
「は・・」
「村長をあんなに怒ったのを、わしは初めて見た」
「・・・」
「人生62年目にしてな」
「多少、言い過ぎました」
「君の態度がそもそもいかんのだ。ユウキ先生」
「・・・」
「人を見下した態度。目上の人間に対して失礼だぞ!」
「彼も彼で問題が」
「なに?」
「うちの病院に対して、失礼な発言を・・」

神谷先生は立ち上がった。

「うちの病院?わしの病院だ!」
彼は実質的にこの病院の院長だ。少し前まで彼は開業していた。
しかし大借金で破産。その後返済のためもあり、ここの病院の職員に立候補。
村の有力者でもあるため(借金してても?)か多大な支持を得ているらしい。

「わしらがこうやって給料もらってだな。のほほんと暮らしているのも!」
「?」
「あの方々のおかげなのだ。この病院が潰れずにすんだ!」

話が長いので、僕はポケベルを取り出した。
「すみません。呼ばれたので」
「?音は鳴ってないぞ」
「バイブです」
「ばいぶ?横文字は分からん」

嘘を通したまま、僕は外来まで降りた。

すると・・・ホントに人が来て、ソファーで寝ている。
ぐったりしてる。頻呼吸だ。

「おい・・・おい!」
僕は近くの窓口の受付嬢(自称29、推定35)を呼んだ。
「先生、おはようございます」
「あのさ。あそこで寝てる人いるけど」
「え?ああ、そうですね。寝てます」
「いやいや。外来に来たのでは?」
「・・・受付はまだしてないので」
「いやいや。たぶん苦しくて来てるんだよ!」
「でも受付は・・」

こりゃだめだ。僕は外来のスタッフを呼んで患者を抱えた。
やっとのこと、外来のベッドへ。30代の男性。過換気様だ。
大汗で低血糖発作みたいだが、これだけではわけがわからん。

「ほう、ホントに患者が来とるな」
神谷先生が現れた。
「過換気か。わしの専門ではない」
彼は去っていった。

「SpO2 99%、と・・」
横に突っ立っているナースは放心状態。
「おい!何かしてくれよ!」
「は、はい?」
「バイタルを!」
「バイタル・・」
「血圧!脈!熱!」
「は、はい」
ぼけぼけの中年ナースはドスドスと血圧計を取りに行った。
戻ってくるなり、その巨体は僕と患者をベッドごと蹴飛ばした。

「いてぇ!」
僕は動脈血ガスの採取中だった。針がずれ、もう一方の自分の手に一瞬刺さったのだ。
「ててて・・何すんだ!」
手の甲から少しだけ出血した。幸い、患者に針を刺す直前だった。
ナースは見て見ぬふりをしたまま、血圧を測定した。

「呼吸音は・・明らかなものはなし、と」
僕は心配な所見からとりはじめる癖がある。
「脈はレギュラーだが頻脈、と。アネミー(貧血)はなし、と」
↑手首、眼瞼結膜を確認。脈拍数は15秒間の数を4倍。
モニターがあればそれを見てでいいのだが、あいにくうちの外来にはない。

国が持っていった。

「熱は37℃ジャスト」
ぼけぼけナースは鳴ってもない体温計を取り出した。
「あのな・・ま、いいわ。心電図を。レントゲンは・・」
「言ってきます」
声かけにまたナースはドスドス走っていった。

「はい、動かないで」
それには無理があった。

頻呼吸なので心電図の基線がかなり揺れる。サイナスで頻脈、ということしか
分からない。つまり虚血(狭心症・心筋梗塞)の判定ができない。

別のナースが現れた。二十歳そこそこのナースだ。小太りで可愛い
(?)と評判で、神谷ドクターのお気に入りだ。
療養中心の病院にしては珍しい。だが彼女も天然キャラだった。
「病名は何なんですかあ?」
「は?それはまだ分からんよ」
彼女は患者の手を握った。
「苦しいですかあ?」

当たり前だろが・・。

だが・・

これも若さか。

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