プライベート・ナイやん 1-6 クリムゾン態度
2005年1月14日朝、病棟へ顔を出すと50代くらいのメガネおやじが立っていた。
まだ寝ている女性患者を上から心配そうに見下ろしている。
「お父さんですか?」
「うむ?」
アイフルのCM様のおやじは僕を正視した。頭の上から足のつま先まで。
「あんたか?主治医は?」
「ええ」
「こんなアンタ、老人の病院によう入院させたなあ」
「夜でしたし、どこも病院が見つからない状態で」
「そんなことあらへん!」
「・・・」
態度のでかいオヤジだ。
「オヤ・・お父さん」
ついこう呼んでしまうのがつらい。
「お父さんは、事情はご存知で?」
「ああ、聞いた」
「・・脱水はよくなってるようなので、今日にでも婦人科のほうへ」
「婦人科・・やっぱり、そうなのか?」
「そ、そうって・・」
「検査に間違いはないんだな?」
「あ、はい・・」
「うむ・・」
彼はなにか不服そうだった。
「では聞くが。何週目だ?」
「いいっ?そこまでは・・」
「もう取り返しがつかんのやな?」
「と、取り返しって・・」
「まったく。わしもぜんぜん知らなかった。まさか・・」
「・・・」
「どこの馬の骨かわからん女に」
「?女って・・・お父さんは一体?」
「わしは、そうや。この娘の親やない」
「ここ、婚約者の男性の」
「そうや!こういうもんや!」
彼はサッと名刺を出した。
≪村長≫
この男、村長なのか。尊重しないといけないか?
「わしの一言さえあればな、どこにだって入院できたんや」
「・・・」
「まだ他人とはいえ、息子の人生のパートナーになる人間やからな」
この男、患者の父でなく、はらませたほうの父親か。
息子の代わりに参ったわけか・・。
「この病院に関しては、わしらも少しはかかわっておる。予算の面でな」
「・・・政治はよく分かりません」
「お前らに分かってたまるかよ」
「では、紹介状を書きますので」
「しかし、汚い病院だな。ここを国営で閉じるかどうかで揉めたものだが」
「・・・」
「閉じるほうに1票投じればよかったな」
「見に来られたことなかったので?」
「わしは忙しい。今日も3件の約束を断って来たのだ」
偉そうに・・。でも村長は村のヒーローらしい。
「見にも来ず・・・話し合われたので?」
「なにい?」
彼の目が光った。
「お前・・名前を言ってみろ!」
「これです」
僕は自分の名札をかざした。
「・・・フン!」
彼はそのまま廊下へ出て行った。
間もなく副院長に呼び出された。
うちの病院では院長は名前としては存在するが、病院内での顔は見たことはない。
「入れ」
彼の占拠している院長室に呼ばれた。絵画などが飾ってある。学会誌なども山積みで、
ゴチャゴチャしてるがクラシックな雰囲気が大学医局のようだ。
「よいしょっと」
「待て!わしがいいというまで座るな!」
「?」
僕は反射的に飛び上がった。
「よし。座れ」
「はい」
「村長に君、何を言った?」
「は・・」
「村長をあんなに怒ったのを、わしは初めて見た」
「・・・」
「人生62年目にしてな」
「多少、言い過ぎました」
「君の態度がそもそもいかんのだ。ユウキ先生」
「・・・」
「人を見下した態度。目上の人間に対して失礼だぞ!」
「彼も彼で問題が」
「なに?」
「うちの病院に対して、失礼な発言を・・」
神谷先生は立ち上がった。
「うちの病院?わしの病院だ!」
彼は実質的にこの病院の院長だ。少し前まで彼は開業していた。
しかし大借金で破産。その後返済のためもあり、ここの病院の職員に立候補。
村の有力者でもあるため(借金してても?)か多大な支持を得ているらしい。
「わしらがこうやって給料もらってだな。のほほんと暮らしているのも!」
「?」
「あの方々のおかげなのだ。この病院が潰れずにすんだ!」
話が長いので、僕はポケベルを取り出した。
「すみません。呼ばれたので」
「?音は鳴ってないぞ」
「バイブです」
「ばいぶ?横文字は分からん」
嘘を通したまま、僕は外来まで降りた。
すると・・・ホントに人が来て、ソファーで寝ている。
ぐったりしてる。頻呼吸だ。
「おい・・・おい!」
僕は近くの窓口の受付嬢(自称29、推定35)を呼んだ。
「先生、おはようございます」
「あのさ。あそこで寝てる人いるけど」
「え?ああ、そうですね。寝てます」
「いやいや。外来に来たのでは?」
「・・・受付はまだしてないので」
「いやいや。たぶん苦しくて来てるんだよ!」
「でも受付は・・」
こりゃだめだ。僕は外来のスタッフを呼んで患者を抱えた。
やっとのこと、外来のベッドへ。30代の男性。過換気様だ。
大汗で低血糖発作みたいだが、これだけではわけがわからん。
「ほう、ホントに患者が来とるな」
神谷先生が現れた。
「過換気か。わしの専門ではない」
彼は去っていった。
「SpO2 99%、と・・」
横に突っ立っているナースは放心状態。
「おい!何かしてくれよ!」
「は、はい?」
「バイタルを!」
「バイタル・・」
「血圧!脈!熱!」
「は、はい」
ぼけぼけの中年ナースはドスドスと血圧計を取りに行った。
戻ってくるなり、その巨体は僕と患者をベッドごと蹴飛ばした。
「いてぇ!」
僕は動脈血ガスの採取中だった。針がずれ、もう一方の自分の手に一瞬刺さったのだ。
「ててて・・何すんだ!」
手の甲から少しだけ出血した。幸い、患者に針を刺す直前だった。
ナースは見て見ぬふりをしたまま、血圧を測定した。
「呼吸音は・・明らかなものはなし、と」
僕は心配な所見からとりはじめる癖がある。
「脈はレギュラーだが頻脈、と。アネミー(貧血)はなし、と」
↑手首、眼瞼結膜を確認。脈拍数は15秒間の数を4倍。
モニターがあればそれを見てでいいのだが、あいにくうちの外来にはない。
国が持っていった。
「熱は37℃ジャスト」
ぼけぼけナースは鳴ってもない体温計を取り出した。
「あのな・・ま、いいわ。心電図を。レントゲンは・・」
「言ってきます」
声かけにまたナースはドスドス走っていった。
「はい、動かないで」
それには無理があった。
頻呼吸なので心電図の基線がかなり揺れる。サイナスで頻脈、ということしか
分からない。つまり虚血(狭心症・心筋梗塞)の判定ができない。
別のナースが現れた。二十歳そこそこのナースだ。小太りで可愛い
(?)と評判で、神谷ドクターのお気に入りだ。
療養中心の病院にしては珍しい。だが彼女も天然キャラだった。
「病名は何なんですかあ?」
「は?それはまだ分からんよ」
彼女は患者の手を握った。
「苦しいですかあ?」
当たり前だろが・・。
だが・・
これも若さか。
まだ寝ている女性患者を上から心配そうに見下ろしている。
「お父さんですか?」
「うむ?」
アイフルのCM様のおやじは僕を正視した。頭の上から足のつま先まで。
「あんたか?主治医は?」
「ええ」
「こんなアンタ、老人の病院によう入院させたなあ」
「夜でしたし、どこも病院が見つからない状態で」
「そんなことあらへん!」
「・・・」
態度のでかいオヤジだ。
「オヤ・・お父さん」
ついこう呼んでしまうのがつらい。
「お父さんは、事情はご存知で?」
「ああ、聞いた」
「・・脱水はよくなってるようなので、今日にでも婦人科のほうへ」
「婦人科・・やっぱり、そうなのか?」
「そ、そうって・・」
「検査に間違いはないんだな?」
「あ、はい・・」
「うむ・・」
彼はなにか不服そうだった。
「では聞くが。何週目だ?」
「いいっ?そこまでは・・」
「もう取り返しがつかんのやな?」
「と、取り返しって・・」
「まったく。わしもぜんぜん知らなかった。まさか・・」
「・・・」
「どこの馬の骨かわからん女に」
「?女って・・・お父さんは一体?」
「わしは、そうや。この娘の親やない」
「ここ、婚約者の男性の」
「そうや!こういうもんや!」
彼はサッと名刺を出した。
≪村長≫
この男、村長なのか。尊重しないといけないか?
「わしの一言さえあればな、どこにだって入院できたんや」
「・・・」
「まだ他人とはいえ、息子の人生のパートナーになる人間やからな」
この男、患者の父でなく、はらませたほうの父親か。
息子の代わりに参ったわけか・・。
「この病院に関しては、わしらも少しはかかわっておる。予算の面でな」
「・・・政治はよく分かりません」
「お前らに分かってたまるかよ」
「では、紹介状を書きますので」
「しかし、汚い病院だな。ここを国営で閉じるかどうかで揉めたものだが」
「・・・」
「閉じるほうに1票投じればよかったな」
「見に来られたことなかったので?」
「わしは忙しい。今日も3件の約束を断って来たのだ」
偉そうに・・。でも村長は村のヒーローらしい。
「見にも来ず・・・話し合われたので?」
「なにい?」
彼の目が光った。
「お前・・名前を言ってみろ!」
「これです」
僕は自分の名札をかざした。
「・・・フン!」
彼はそのまま廊下へ出て行った。
間もなく副院長に呼び出された。
うちの病院では院長は名前としては存在するが、病院内での顔は見たことはない。
「入れ」
彼の占拠している院長室に呼ばれた。絵画などが飾ってある。学会誌なども山積みで、
ゴチャゴチャしてるがクラシックな雰囲気が大学医局のようだ。
「よいしょっと」
「待て!わしがいいというまで座るな!」
「?」
僕は反射的に飛び上がった。
「よし。座れ」
「はい」
「村長に君、何を言った?」
「は・・」
「村長をあんなに怒ったのを、わしは初めて見た」
「・・・」
「人生62年目にしてな」
「多少、言い過ぎました」
「君の態度がそもそもいかんのだ。ユウキ先生」
「・・・」
「人を見下した態度。目上の人間に対して失礼だぞ!」
「彼も彼で問題が」
「なに?」
「うちの病院に対して、失礼な発言を・・」
神谷先生は立ち上がった。
「うちの病院?わしの病院だ!」
彼は実質的にこの病院の院長だ。少し前まで彼は開業していた。
しかし大借金で破産。その後返済のためもあり、ここの病院の職員に立候補。
村の有力者でもあるため(借金してても?)か多大な支持を得ているらしい。
「わしらがこうやって給料もらってだな。のほほんと暮らしているのも!」
「?」
「あの方々のおかげなのだ。この病院が潰れずにすんだ!」
話が長いので、僕はポケベルを取り出した。
「すみません。呼ばれたので」
「?音は鳴ってないぞ」
「バイブです」
「ばいぶ?横文字は分からん」
嘘を通したまま、僕は外来まで降りた。
すると・・・ホントに人が来て、ソファーで寝ている。
ぐったりしてる。頻呼吸だ。
「おい・・・おい!」
僕は近くの窓口の受付嬢(自称29、推定35)を呼んだ。
「先生、おはようございます」
「あのさ。あそこで寝てる人いるけど」
「え?ああ、そうですね。寝てます」
「いやいや。外来に来たのでは?」
「・・・受付はまだしてないので」
「いやいや。たぶん苦しくて来てるんだよ!」
「でも受付は・・」
こりゃだめだ。僕は外来のスタッフを呼んで患者を抱えた。
やっとのこと、外来のベッドへ。30代の男性。過換気様だ。
大汗で低血糖発作みたいだが、これだけではわけがわからん。
「ほう、ホントに患者が来とるな」
神谷先生が現れた。
「過換気か。わしの専門ではない」
彼は去っていった。
「SpO2 99%、と・・」
横に突っ立っているナースは放心状態。
「おい!何かしてくれよ!」
「は、はい?」
「バイタルを!」
「バイタル・・」
「血圧!脈!熱!」
「は、はい」
ぼけぼけの中年ナースはドスドスと血圧計を取りに行った。
戻ってくるなり、その巨体は僕と患者をベッドごと蹴飛ばした。
「いてぇ!」
僕は動脈血ガスの採取中だった。針がずれ、もう一方の自分の手に一瞬刺さったのだ。
「ててて・・何すんだ!」
手の甲から少しだけ出血した。幸い、患者に針を刺す直前だった。
ナースは見て見ぬふりをしたまま、血圧を測定した。
「呼吸音は・・明らかなものはなし、と」
僕は心配な所見からとりはじめる癖がある。
「脈はレギュラーだが頻脈、と。アネミー(貧血)はなし、と」
↑手首、眼瞼結膜を確認。脈拍数は15秒間の数を4倍。
モニターがあればそれを見てでいいのだが、あいにくうちの外来にはない。
国が持っていった。
「熱は37℃ジャスト」
ぼけぼけナースは鳴ってもない体温計を取り出した。
「あのな・・ま、いいわ。心電図を。レントゲンは・・」
「言ってきます」
声かけにまたナースはドスドス走っていった。
「はい、動かないで」
それには無理があった。
頻呼吸なので心電図の基線がかなり揺れる。サイナスで頻脈、ということしか
分からない。つまり虚血(狭心症・心筋梗塞)の判定ができない。
別のナースが現れた。二十歳そこそこのナースだ。小太りで可愛い
(?)と評判で、神谷ドクターのお気に入りだ。
療養中心の病院にしては珍しい。だが彼女も天然キャラだった。
「病名は何なんですかあ?」
「は?それはまだ分からんよ」
彼女は患者の手を握った。
「苦しいですかあ?」
当たり前だろが・・。
だが・・
これも若さか。
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